先住民族関連ニュース

先住民族関連のニュース

観光パンフ:ロケ地誘致目指し、小林多喜二、知里幸恵らを紹介

2009-04-10 | 日記
(毎日新聞 2009年4月10日 0時30分)
観光パンフ:ロケ地誘致目指し、小林多喜二、知里幸恵らを紹介 北海道にゆかりがあることが全国的にあまり知られていない歴史上の人物を紹介する「北海道ヒューマンストーリー」ができた。映画やテレビのロケ地を誘致しようと、道が作成した。
 小樽に約20年間過ごした作家の小林多喜二▽アイヌの口承文学を文字にした「アイヌ神謡集」の著者、知里幸恵▽択捉島を日本領と確認した江戸時代の探検家の近藤重蔵▽初の官営ビール醸造所を札幌に造った開拓使官吏の村橋久成--ら6人。
 北海道観光は、不況と円高で国内外の観光客が減る逆風状態。ロケ地の誘致に成功し、映画がヒットして危機脱出--となるか。【鈴木勝一】
http://mainichi.jp/hokkaido/news/20090410hog00m040003000c.html

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白老のポロト湖畔にアイヌ民族の住居チセが完成【室蘭民報ニュース2009年4月6日(月)朝刊】

2009-04-07 | 日記
 白老町のポロト湖畔でコタン再現を目的にしたアイヌ民族の住居・チセがこのほど完成した。18日に完成を祝うチセノミを行う。
 アイヌ文化振興・研究推進機構(札幌)がアイヌ民族博物館に委託した事業で、伝統的生活空間再生の「教育型イオル」の推進事業。
完成したチセは柱や垂木に町内産のナラやマツを使用、カヤ約2500束で屋根を作った。いろりは土間と隣接させ、かつてのチセ様式を再現。広さは約60平方メートル。建設費は約800万円。
 チセの近くには、薫製のサケや山菜などを貯蔵した食料庫「プ」と、子グマを飼うためのおり「ヘペレセッ」を建てた。
 周辺の環境整備や仮橋設置なども実施、今後もコタンを復元するためチセ建設を進める予定だ。
(富士雄志)
http://www.muromin.mnw.jp/murominn-web/back/2009/04/06/20090406m_07.html

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大雪と石狩の自然を守る会:旭川に戻そうとサケの稚魚放流 /北海道

2009-04-07 | 日記
 (毎日新聞 2009年4月6日 地方版)
 旭川にサケを呼び戻そうと、「大雪と石狩の自然を守る会」(寺島一男代表)が5日、旭川市の石狩川でサケの稚魚を放流した。市民に卵から育ててもらい放流する活動「さけゼミナール」を毎年続けており、今年で26回目。また、日本釣振興会道地区支部が育ててきたサクラマスの稚魚5万尾も放流された。
 秋月橋右岸広場であった「出発式」には親子連れら約300人が参加。旭川アイヌ協議会やチカップニアイヌ民族文化保存会のメンバーがサケの回帰を祈る儀式カムイチェップノミをした。ゼミナールの参加者を代表し、萩原海君(9)が「たくさんの危険に負けないで大きくなって旭川に戻ってきて」とあいさつした。【横田信行】
http://mainichi.jp/hokkaido/news/20090406ddlk01040148000c.html

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アイヌ民族博物館、入場者数が過去最少 白老(北海道新聞04/03 14:08)

2009-04-04 | 日記
 【白老】二〇〇八年度のアイヌ民族博物館の入場者数が二十一万四千二十六人で、〇五年度の二十三万人を下回り、一九八四年の開館以来最少となった。修学旅行シーズンが洞爺湖サミットと重なったことや、急激な円高による外国人客の大幅減が響き、同館は「運営の厳しさが増す」と危機感を募らせている。(門馬羊次)
 同館の入場者はバブル期の九〇年代初頭に八十万人を超えたがその後は減少が続いた。ここ数年はアジア各国で北海道観光の人気が上昇したことで外国人客が増え、〇七年度は全体の四割を占めたが、昨年秋から急激な円高が進行。外国人客は伸び悩び、〇八年度は前年比約一万九千人減の約八万二千人。特にウォンが急落した韓国人客は前年より約一万六千人減った。
 本州方面からの修学旅行客もシーズン最盛期がサミットと重なり胆振管内の宿泊施設が警備関係者などで埋まり、他地域に流れた。同館は「修学旅行の団体客は一万人以上減った」と説明する。
 同館の年間の運営費は約二億円で、〇八年度の入場料収入は約一億七千万円。国が進めるアイヌ民族の伝統的生活空間「イオル」再生事業の受託などで不足分を補う。だが、運営費には、チセ(家屋)の改修など減価償却費は含まれておらず、景気の低迷も続き今後の入場者の飛躍的な上昇も期待できない。
 同館では、今年九月にユネスコの無形文化遺産リストに民族の古式舞踊が記載されることからアピールの機会ととらえ、同館で披露する伝統舞踊に新たな演目を加える検討を進め、ムックリ製作などの体験イベントの充実も図るなど集客策を練る。牧野正典館長は「本年度予算の下方修正も必要な状況。何とか無形文化遺産を誘客につなげたい」と話している。
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/chiiki/156840.php

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ウタリ協会 再びアイヌ協会に(朝日新聞2009年04月02日)

2009-04-04 | 日記
■「民族理解進んだ」
 アイヌ民族最大の団体・北海道ウタリ協会が1日、団体設立時の「北海道アイヌ協会」に名称を戻した。「アイヌ」という言葉は「差別的な意味に使われ、会員勧誘の妨げになる」と団体名に使うのを避けてきたが、アイヌ文化を通じた民族理解が国民の間に進んできたとし、「誇りある民族名を名乗るべきだ」と判断した。
 この日午前10時半、札幌市中央区の協会入り口の看板が、「北海道ウタリ協会」から「北海道アイヌ協会」に掛け替えられた。
 加藤忠理事長は「半世紀かけて『アイヌ』に戻った。アイヌであったりウタリであったり、歴史に翻弄(ほんろう)されたことを物語っている。アイヌの歴史を誇りとし、道民も理解してほしい」と笑顔で話した。
 アイヌ協会は46年に設立。会員獲得は急務だったが、当時はアイヌ民族への差別が横行し、入会時の心理的抵抗を軽減する必要があるとして、61年に北海道ウタリ協会に改称していた。
 97年にアイヌ文化振興法が制定され、アイヌ民族の伝統・文化を継承するための施策が始まると、民族を取り巻く環境は変わった。「差別はなくなったとは言えないが民族理解は進んだ」(協会)との見方も広がった。
 協会は昨年5月に名称変更を決めた。アイヌ民族を先住民族と認める国会決議の実現に向けた追い風にしたい、との思惑もあった。
http://mytown.asahi.com/hokkaido/news.php?k_id=01000000904020003

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北海道ウタリ協会:アイヌの名称、48年ぶり復活 /北海道(毎日新聞 2009年4月2日 地方版)

2009-04-04 | 日記
 北海道ウタリ協会(加藤忠理事長、会員数約3500人)は48年ぶりに発足当初の「北海道アイヌ協会」に名称変更した。
 差別につながる「アイヌ」という民族呼称が避けられてきたが、会員の間で抵抗感が薄れたことから、昨年5月の総会で名称を戻すことを決定。政府の「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会」が今夏に新たな政策を打ち出す予定で、同協会は「名称変更を弾みにしたい」と話した。札幌市中央区の事務所では看板の掛け替えが行われ、職員は名称変更した新しい名刺や封筒を使い、思いを新たに仕事に取り組んだ。
http://mainichi.jp/hokkaido/news/20090402ddlk01040280000c.html

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