先住民族関連ニュース

先住民族関連のニュース

札幌でアイヌ文化にふれるイベント(動画)

2017-09-19 | アイヌ民族関連
HBC北海道放送 9/18(月) 19:45配信
札幌の地下歩行空間でアイヌ文化にふれるイベントが開かれています。
アイヌの伝統文化を紹介するこのイベント、初日の18日は台風の影響で古式舞踊などのプログラムが中止となりましたが、訪れた人は、アイヌ文様(もんよう)の織物(おりもの)や民族楽器の展示などに興味深く見入っていました。
イベントは20日までで、19日午前中にはアイヌ古式舞踊も披露される予定です。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170918-00000005-hbcv-hok

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

アイヌ遺骨 北大から紋別へ(動画)

2017-09-18 | アイヌ民族関連
NHK 09月17日 10時16分
昭和初期に紋別市で見つかり、北海道大学に保管されていたアイヌ民族の4体の遺骨が、地元のアイヌ協会に引き渡されました。
4体の遺骨は16日、紋別市内の墓地で北海道大学から地元のアイヌ協会に引き渡され、納骨堂に納められました。
これらの遺骨は、昭和初期に紋別市内で見つかり、北海道大学が保管してきました。
大学に渡ったいきさつは明らかになっていませんが、紋別アイヌ協会がふるさとへ遺骨の返還を求め、去年、裁判で和解が成立したことを受け返還されました。
遺骨の返還を受けて、アイヌ教会の人たちがかつてアイヌ民族の集落があった場所で先祖や神々への祈りをささげる伝統的な儀式を執り行いました。
紋別アイヌ協会の畠山敏会長(75)は、「帰ってきた先祖たちは喜んでいると思う」と話していました。
アイヌ民族の遺骨はおもに明治時代から戦後にかけて研究などのために収集されましたが、最近になって、一部は、裁判での和解を受けて地元への返還が始まっています。
しかし、いまも1700体以上が各地の研究機関などに保管されており、国は、身元などがわかっていない遺骨については、3年後に白老町に完成する予定の慰霊施設に納めたいとしています。
http://www3.nhk.or.jp/sapporo-news/20170917/3987171.html

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

マサイ族を知って 10月24日紹介イベント

2017-09-18 | 先住民族関連
岐阜新聞2017年09月17日 10:16

来日中のジャクソンさん(右から2人目)と早川千晶さん(同3人目)ら
 ケニア南部に住む先住民マサイ族の暮らしを紹介するイベント「ジャンボ!アフリカ!トーク&ライブin岐阜 ケニアからマサイがやってくる」が10月24日、岐阜市司町のみんなの森ぎふメディアコスモスで開かれる。マサイの生活状況を、来日中のマサイ族の男性らが映像を交えて報告する。
 県国際交流団体協議会主催。出演するのは、マサイ族青年リーダーのジャクソン・オレナレイヨ・セイヨさん(42)、妻の永松真紀さん(50)、ケニア・ナイロビ在住でスラム街の子どもたちの学校を運営する早川千晶さん(51)、ミュージシャンの大西匡哉さん(43)の4人。ジャクソンさんは来日ツアーとして、今月から11月まで全国でイベントを開く。
 イベントでは、マサイ族の暮らしやスラムでの活動について紹介する。大西さんによるアフリカンギターと歌のミニライブもある。
 午後6時開場。参加無料。問い合わせは同協議会、電話058(214)7703。
http://www.gifu-np.co.jp/hot/20170917/201709171016_11531.shtml


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

経済危機で難民申請増加

2017-09-18 | 先住民族関連
毎日新聞 2017年9月17日 17時23分(最終更新 9月17日 18時02分)
 【サンパウロ山本太一】経済危機に見舞われている南米ベネズエラから他国に逃れ、難民申請する人が増えている。隣国コロンビアは避難者への滞在許可を緩和したり、国際機関は緊急支援をしたりして対応。周辺国も巻き込んだ人道危機が広がっている。
 国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、難民申請をしたベネズエラ人は2016年の1年間で約2万7000人。今年は1~7月だけでこの2倍近い約5万人だった。申請先は、米国の約1万8300人をはじめ、ブラジル約1万3000人、ペルー約4500人、スペイン約4300人と続く。反政府活動に携わったため、迫害される恐れがあるとして、申請するケースなどがある。
 難民申請自体は多くないものの、最大の避難先となっているのがコロンビア。UNHCRは約30万人が流入したとみる。コロンビア政府は7月末、合法的に入国したものの、ビザの期限が切れて不法滞在の状態になっている人を対象に2年以内の滞在を認める特別許可制度を設けた。すでに約5万5000人が申請しており、約23万人が許可を得る可能性がある。エクアドル政府も17年、約1万3000人に特別滞在許可を出した。
 南隣のブラジルへも流入が続く。国境を接する北部には、ベネズエラ北東部から避難してきた先住民族ワラオの数百人が滞在している。ロライマ州政府がスポーツ施設を避難所として開放したが、収容人数に限りがあるため、路上生活を強いられる人もいる。子どもも多く、食料支給や健康状態の維持が課題だ。UNHCRによると、避難者は治安悪化や食料・医薬品の不足などを理由に出国したと説明しているという。
 ベネズエラ人はワラオを含めブラジルに2万~3万人、トリニダード・トバゴに4万人以上、オランダ領のアルバ、キュラソー両島に約2万5000人が滞在しているとされる。
https://mainichi.jp/articles/20170918/k00/00m/030/014000c

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「豊年祭」が結ぶ台湾と沖縄・八重山の絆

2017-09-18 | 先住民族関連
nippon.com [2017.09.17] 松田 良孝
「豊年祭」(収穫祭)という祭りが沖縄県八重山地方と台湾にある。どちらも7~8月に行われる夏の風物詩で、豊かな実りを感謝・祈願する伝統的な祭祀(さいし)だ。呼び名もそっくりで、奉納する収穫物にも共通項があるが、その関係性については解明されていない。黒潮を挟んで向かい合う二つのエリアに足を運び、祭りを見ながらつながりの痕跡を探してみた。キーワードは「穀物」である。
キーワードはアワ
台湾東部の台東県太麻里郷にあるルパカジ地区。パイワン族の収穫祭(豊年祭)が開かれ、女性たちが二つのグループに分かれてゲームをしている。ざるを頭に載せたまま歩いていき、戻ってきたら次の人にバトンタッチ。ざるには、ふっくらと盛り上がったアワの束が入っている。アワの穂先には黄金色の小さな実がたっぷり。ざるを手で支えてはいけないルールだが、厳密にのっとってはいない。ゲームは「伝統競技」というプログラムで「頂上功夫」と呼ばれるものだ。
出場者がドジを踏むたびに歓声が沸き起こる。一種の遊びには違いない。ただ、伝統的な衣装を身に着けた若者たちがゲームを見守るように手をつないで列を作り、おだやかなリズムで体を揺らしながら、低い声で歌を歌っており、落ち着いた気配も漂う。
この前夜、アワ束をくくりつけた竹竿(たけざお)の下で、同じ若者たちが広場で踊りを繰り返したり、大人の仲間入りをする儀式を行ったりした。パイワン族の別の村から大勢の若者たちが次々にやってきて、踊りを披露したりして敬意を表す場面もあった。
原住民(台湾の先住民族)の豊年祭・収穫祭を取り上げた「収穫祭」(黄国恩、2004年)という本がある。説明は「小米与原住民」(アワと原住民)という小文で始まる。「小米」は「アワ」のことで、「アワは、原住民の伝統的な社会の中で、食糧作物として大切にされているだけでなく、暮らしと祭祀のさまざまな場面で重要な役割を演じている。(中略)アワは、ただの食べ物ではなく、そこには神聖な力が宿っている」とあった。
アワで造った酒「小米酒」にもページを割き、「小米酒は原住民の祭祀に欠かせない。冠婚葬祭にはほぼこの酒が登場する」と述べる。

パイワン族の収穫祭で、竹竿(たけざお)にアワ束をくくりつける若者たち、台湾・台東県太麻里郷、2017年(撮影:松田 良孝)
これほどの作物だけあって、刈り取る時にくしゃみをしてはいけないとか、収穫は畑の右から左に向かって行うといった決まりごとがある。「守らなければ、せっかく育てた小米が小鳥のように去っていってしまう」という。日本統治期に作成された資料には、別の禁忌が取り上げられており、台湾総督府が進めようとしていた政策と密接に関わっていた。
稲作の普及がもたらした影響
日本統治期の台湾では原住民に対する調査が数多く行われており、中には迷信を調べたものもある。1938年の調査報告によると、パイワン族では「アワ播種の時、平地より購入せる米、魚類を食するを忌む。神の怒りに触れ、発芽せず」と信じられており、太麻里のパイワン族は「農事中は米食せず。食せば神の怒りに触れ、収穫減少す」と考えていた。むやみに米に手を出せないのである。
アワを重んじ、米を忌避しているともいえるこの暮らしの中に、台湾総督府は水稲栽培を普及させようと試みている。獨協大学の松岡格准教授(文化人類学)は「焼き畑農業や狩猟採集を中心に生活してきた原住民の生業構造を改変すること」とみなし、稲作によって定住化を進めようとしたところに政策的な意図を見いだしている。旧台東庁の原住民地域における1940年の農業生産を5年前と比べると、水稲では面積、収量、価格が増加したのに対し、アワは、価格以外は面積6.37%、収量14.90%がそれぞれ減少した。統計をまとめた台湾総督府警務局は、水稲普及策の成果と位置付けている。
松岡准教授は、台東地域に限って分析しているわけではないが、水稲普及のインパクトとして「稲作普及がけん引する農業の単純化が食糧増産に貢献したことは、間違いないのではないか」とする一方、「このような米普及は同時に、他の施策と結び付くことによって、文化の単純化を推し進めた。(中略)焼き畑農耕を背景とするアワ文化を抑圧・駆逐していった」と指摘している。
八重山地方の豊年祭
ルパカジ地区を訪ねてから10日ほどたって、豊年祭シーズン真っただ中の石垣島へ行った。7月下旬のことである。
石垣島など八重山地方の豊年祭は、「オン」(御嶽)と呼ばれる村の聖地を中心に行う。「シカ」と呼ばれる石垣島中心部で行われる最大の豊年祭では、オンごとに祈願する「オンプール」を初日に、村全体の「ムラプール」を2日目に行い、これと同じパターンで豊年祭を行う村はほかにもある。今回訪ねたのは、島の東部に位置する白保(しらほ)地区。午後10時過ぎの多原(タバル)オンでは、集まっていた人たちが小さな輪を作ると、太鼓と銅鑼(どら)を手にした男が重々しいペースを打ち出し、小さな踊りの輪をじわりじわりと回転させていく。オンの境内にある木々につるした赤いちょうちんのかすかな灯の中で人々はゆっくりと踊り続けるのである。
翌日のムラプールでは、五穀豊穣(ほうじょう)をもたらすとされる神「ミルク」が登場し、伝統的な踊りや綱引きが繰り広げられる。その主会場では、「祝 豊年」と飾り付けられた鳥居の上部にアワの穂が稲穂とともに垂れ下がっていた。
石垣島白保地区の豊年祭で、稲束とともに飾られたアワ束、飾墓オン、2017年(撮影:松田 良孝)
八重山の豊年祭で人々が神に祈るのは「五穀豊穣」。石垣市教育委員会の調査によると、シカの豊年祭で供物としてささげる五穀はアワのほかに、稲と麦、コウリャン、芋。ただ、アワなどは次第に栽培する人が減り、祭祀のために作付けて準備するようになった。しかし、この方法も行われなくなり、調査をした1999年はシカとは異なる地域の人から提供を受けたアワを使った。
八重山の農業を記録した資料としては、1477年に与那国島に漂着した済州島民からの口述記録がある。与那国に流れ着いた後、人々は南西諸島を島伝いに北上して首里王府に送り届けられ、朝鮮へ送還される。立ち寄った島々の様子が記されている口述記録によると、与那国と西表には米とアワがあり、波照間(はてるま)、新城(あらぐすく)、宮古地方の宮古と伊良部(いらぶ)にはアワに関する記述がある。
八重山ではその後、米の栽培が徐々に広がり、日本統治期の台湾から導入された蓬萊(ほうらい)米も根付いた。アワは米に取って代わられるのである。
「東台湾海」という考え方
原住民がアワを特別な農作物として大切に扱っている台湾と、毎年夏に五穀を供える八重山との間に、どのようなつながりを見いだすべきなのか。
「東台湾海」という考え方がある。台湾にある中央研究院民族学研究所の黄智慧氏が提唱しているもので、原住民が多く暮らす台湾の東海岸や、南西諸島の八重山地方や宮古地方、ルソン海峡以北のバタン諸島やバブヤン諸島を包含するエリアで「島際関係論」を深めようというコンセプトである。国「際」ならぬ島「際」だ。今回取材したアワや五穀も、もちろん黄氏の視野に入っている。
ルパカジ地区の収穫祭には、アワを脱穀する手際を競う「搗篩小米」という伝統競技もあった。臼ときねで搗(つ)いたアワをざるに広げ、揺り動かしたり、強く息を吹きかけたりしながら殻とえり分けていく。八重山の豊年祭でも穀物の栽培や収穫を題材にした踊りが数多く登場する。台湾と八重山に共通する豊年祭の背後にあるものも「東台湾海」という呼び名を与えることによって初めて見えてくるのかもしれない。
参考文献
『収穫祭』黄国恩、国立台湾史前文化博物館、2004年
『台湾原住民社会の地方化―マイノリティの20世紀』松岡格、2012年
「環「東台湾海」文化圏における島際関係史―与那国島を中心に―」黄智慧、2007年
バナー写真=収穫祭で踊るパイワン族の若者たち、台湾・台東県太麻里郷、2017年(撮影:松田 良孝)
松田 良孝  MATSUDA Yoshitaka
[ 署名記事数: 1 最終更新日: 2017.09.17 ]
石垣島など沖縄と台湾の関係を中心に取材を続ける。1969年生まれ。北海道大学農学部農業経済学科卒。十勝毎日新聞、八重山毎日新聞を経て、2016年7月からフリー。著書に『八重山の台湾人』、『台湾疎開』、『与那国台湾往来記』(いずれも南山舎)、共著に『石垣島で台湾を歩く:もうひとつの沖縄ガイド』(沖縄タイムス社)。第40回新沖縄文学賞受賞作の小説『インターフォン』(同)もある。さいたま市出身。ブログ「台湾沖縄透かし彫り」
http://www.nippon.com/ja/column/g00428/

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「チャレンジ」を支える=藤渕志保 /北海道

2017-09-18 | アイヌ民族関連
毎日新聞2017年9月17日 地方版
海外で留学や研修に挑戦する若者を応援しようと、道と民間企業などが出資して「ほっかいどう未来チャレンジ基金」を設立した。上限はあるが滞在費や往復渡航費、授業料などを助成する基金で、今夏から1期生10人が各国へ旅立っている。
 障害者スポーツの普及を目指す斉藤雄大さん(28)は社会人を経て米国留学を決意。「金銭面での負担が軽減されると勉強に集中でき心強い。後押ししてもらう分、帰国後は恩返ししたい」と目を輝かせて向かった。
 そのほかアイヌ文様をファッションに取り入れようと英国に行く大学生や、道内では珍しいイタリア式のワイン製造技術を学ぶ大学院生、フランス料理の腕を磨く社会人もいる。自分の知見を深めるだけではなく、将来の北海道の活性化を見据え行動する同世代の姿に刺激を受けた。
 私も大学時代に長期留学を検討したが、減免制度を利用しても費用が高額で断念したことがある。それだけに基金の試みを継続取材し、若者を育てる意義を伝えたい。そして何より彼ら、彼女らの経験が今後どのように地域に還元されるのか、大いに期待している。
https://mainichi.jp/articles/20170917/ddl/k01/070/066000c

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

紋別アイヌ協会に北大から4体のアイヌの遺骨返還

2017-09-17 | アイヌ民族関連
HTB 2017/09/16(土) 22:55

 オホーツクの紋別市のアイヌ民族に16日、北海道大学から4体分のアイヌの遺骨が返還され、慰霊の儀式が営まれました。
 返還されたのは、1941年に紋別から北大に研究のため持ち出されたアイヌの頭の骨、4体分です。返還を求める裁判が和解したことを受け、16日午後、紋別アイヌ協会に返還されました。
 夕方には紋別アイヌ協会主催の慰霊の儀式が市内で営まれ、地元だけでなく日高や札幌のアイヌらおよそ30人が参列して先祖の魂に祈りを捧げました。
 儀式は17日も続きます。
 紋別アイヌ協会の畠山敏会長は、「(北大で遺骨が)たなざらしになっていいわけがない。(故郷に戻り)先祖も喜んでいると思う」と話していました。
http://www.htb.co.jp/news/#article01


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

アイヌの遺骨がふるさと紋別へ

2017-09-17 | アイヌ民族関連
HTB 2017/09/16(土) 12:11

 オホーツクの紋別市のアイヌ民族に北海道大学からアイヌの遺骨が返還されます。16日朝、北大の納骨堂から4体分が運び出されました。
 返還される遺骨は1941年に紋別市内から持ち出されたアイヌの頭の骨、4体分です。これらの遺骨は、紋別アイヌ協会が北大を相手に返還を求める訴えを起こし、去年11月に和解が成立して返還が決まったものです。16日朝、北大のアイヌ納骨堂から運び出された遺骨は、16日午後に紋別市内に到着し、引き渡されます。紋別アイヌ協会は返還された遺骨を市内の納骨堂に安置し、先祖への慰霊の儀式「イチャルパ」を営むことにしています。
http://www.htb.co.jp/news/#article05

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

チビチリガマ荒らし 逮捕の少年「棒で荒らした」

2017-09-17 | ウチナー・沖縄
NHK9月16日 19時06分
沖縄戦で住民が集団自決に追い込まれた沖縄県読谷村にある「チビチリガマ」が荒らされ、少年4人が逮捕された事件で、警察によりますと、逮捕された一部の少年は「心霊スポットとして肝試しに行った」、「棒などを使って荒らした」という趣旨の供述をしているということで、警察が詳しいいきさつを調べています。
沖縄県読谷村にある「チビチリガマ」は、72年前の沖縄戦で住民83人が集団自決に追い込まれて犠牲になった自然洞穴で、戦争の悲惨な記憶を今に伝える象徴的な場所です。
今月12日、千羽鶴が引きちぎられたり、遺品が壊されたりしているのが見つかり、警察は15日、沖縄本島中部に住む16歳から19歳の少年4人を、千羽鶴を引きちぎったなどの器物損壊の疑いで逮捕しました。
警察によりますと、4人は調べに対して、「間違いありません」などと容疑を認めているということです。また調べに対して、逮捕された一部の少年は「心霊スポットとして肝試しに行った」、「今月10日に現場に行き棒などを使って荒らした」という趣旨の供述をしているということで、警察が詳しいいきさつを調べています。
遺族会「大きなショックを受けている」
「チビチリガマ」で亡くなった住民の遺族で作る遺族会の與那覇徳雄会長は、「平和教育を受けたはずの沖縄に住む少年が逮捕されたことに、大きなショックを受けています。ここは犠牲者の魂に安らかに眠ってほしいという場所であり、肝試しだとすれば、さらにショックで納得できず許せません。詳しい動機が知りたいです」と話していました。そのうえで、「こうしたことが起きても、教育関係者の人たちには今後も変わらず、平和教育を続けてほしい」と話していました。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170916/k10011142411000.html


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

琉球人遺骨、京大が保管認める 目録は作成せず

2017-09-17 | ウチナー・沖縄
琉球新報2017年9月16日 06:30
 1928~29年に今帰仁村の百按司(むむじゃな)墓から持ち出された琉球人の遺骨について、京都大学は15日、同大学総合博物館の収蔵室で保管していることを認めた。同大学が人骨標本としての目録を作成しておらず、遺骨を使った論文などの研究成果も把握していないことも分かった。アイヌ民族遺骨問題の際に同大がワーキングチームを設立して調査したことに関して「(琉球人遺骨の調査は)現時点では予定していない」とした。一方で文科省は、京大に保管されていること自体を「把握していなかった」としている。照屋寛徳衆院議員の国政調査権に基づく照会に答えた。照屋氏は遺骨の返還を京都大に求める考えだ。
 京都大は遺骨の保管状況を「プラスチック製の直方体の箱に収納している」「温湿度を一定に保ち、学術研究に支障のないよう、適切に保管している」と説明。研究成果(論文などのリスト)の有無は「本学の研究者および学生の学術論文等を網羅的に把握することはしておらず、リストなどはない」とした。
 目録は「作成していない」と答えた上で「総合博物館は本学の研究者が個別に収集し、研究室単位で保管してきた各種の学術資料を移管した施設であるという事情から現在、所蔵品の調査を進めている」とした。
 琉球新報などの報道機関に対し、遺骨の有無を明らかにしなかったことについては「所蔵品の把握はなお途上にあり、人員も限られた状況にあることなどから、収蔵状況などの問い合わせに応じることが難しい」と説明した。
https://ryukyushimpo.jp/news/entry-576368.html

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

亀山高生 アイヌの食文化学ぶ 伝統料理2品調理 三重

2017-09-17 | アイヌ民族関連
伊勢新聞 2017-09-16 北勢, 地域

【アイヌの伝統料理「オハウ」の調理指導をする藤戸さん(中央)=三重県亀山市本町1丁目の県立亀山高校で】
【亀山】今月27―29日にかけ、北海道の札幌や小樽市などに行く修学旅行を目前に控えた、三重県立亀山高校2年生(275人)のうち、総合生活科生徒39人は15日、亀山市本町一丁目の同校で「北海道郷土料理講習会」を開いた。アイヌ文化アドバイザーの藤戸裕子さん(41)=大阪府羽曳野市=を講師に北海道の食文化について学んだ。
この日生徒らは、アイヌの伝統料理「オハウ」と「シト」の2品目を調理した。オハウは、三平汁のルーツともいわれ、時季に採れる野菜や魚を一口大に切り、昆布だしで煮ながら塩で味付けした吸い物。シトとは団子の意味で、煮たジャガイモやカボチャをつぶし、団子状にして焼いたり、みそ汁に入れて食べる保存食。
藤戸さんは「自然の恵みに感謝し、材料本来の味を引き出すのがアイヌ料理。機会があれば、本場の料理も味わって」と語った。岡村栞茄さん(16)は「初めての北海道でわくわくしています。これからは、食材にありがとうの気持ちで食べます」と話していた。
http://www.isenp.co.jp/2017/09/16/7603/

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【積丹ブルー】義経の悲恋伝説が伝わる、女人禁制の神威岬

2017-09-17 | アイヌ民族関連
ガジェット通信:2017.09.16 20:00 TABIZINE

北海道積丹半島にある「神威岬(かむいみさき)」は積丹ブルーと呼ばれ、その青さは見る者の心を捉える絶景です。エーゲ海やカリブ海にひけを取らない美しさと言えるでしょう。神威(かむい)の名称は、アイヌの神(アイヌ語でカムイ)を意味しています。
[名勝に関する総合調査 – 文化庁]
北海道遺産に認定される積丹半島と神威岬
積丹町の海岸はおよそ42km、北海道で唯一、海中公園に指定されている積丹の海。平成16年には「積丹半島と神威岬」が北海道遺産52件の内の1件に認定されています。
[北海道遺産]
神威岩伝説
真っ青な積丹ブルーに立ち尽くす神威岩は、恋に焦がれた乙女の化身と言われています。恋に焦がれた乙女チャレンカの「神威岩伝説」とは。
平泉で自害したとされる源義経は、実は生き延びて北へ逃れ、津軽から蝦夷地(北海道)に渡ったという伝説があります。
アイヌの長の許に身を寄せた源義経は、その長の娘であるチャレンカと恋に落ちました。しかし義経が生きていることを知った源頼朝の追手は、執拗に義経に追い迫ってきます。そこで義経はチャレンカに黙って、再び逃走の旅に出て行きました。チャレンカは義経が去ったことに気付き、その後を夢中で追いかけます。そしてようやく積丹半島の神威岬にまでたどり着くと、義経一行の船はそこから旅立った後で、沖の彼方へ遠ざかり、船影は小さくなり見えなくなってしまいました。義経を失った悲しみにチャレンカは泣き崩れ、神威岬の突端から身を投げました。すると、その身体は石に変わり、神威岩となったと言われています。チャレンカは積丹ブルーの海に佇み、今もなお恋しい人を想っているのかもしれません。
<参考記事>
北海道積丹観光Website
神威岩伝説 日本伝承大鑑
義経伝説 チャレンカ姫(神威岩)積丹ユースホステル

神威岬への道のり
国道229号線から入って神威岬入り口の駐車場から、神威岬までの先端までは約770m。神威岬の先端までは、伝説のアイヌの首長の娘の名前がついた「チャレンカの小道」を辿っていきます。駐車場から先は、トイレも自動販売機もありません。神威岬に向かう際は、トイレを済ませ、水分補給できる飲み物を持って行くことをお勧めします。北海道遺産に認定されている神威岬は禁煙です。ゴミなどは持ち帰り、自然遺産に敬意を払いましょう。
また、入り口の「女人禁制の門」は開閉時間があります。写真を撮ったり休んだりすることを考え、往復1時間から1時間半の余裕を見て、閉門時間に間に合うよう出発しましょう。強風や悪天候の際には、終日閉鎖している場合もあります。
「女人禁制の門」及び入口ゲートの開閉時間
4月 8:00~17:30
5月 8:00~18:00
6月 8:00~18:30
7月 8:00~18:00
8月~10月 8:00~17:30
11月 8:00~16:30
12月~3月 10:00~15:00
注:天候(雨・風)の状況により変更となる場合がありますのでご了承ください。
[北海道積丹観光]

なぜ女性は神威岬へ行くことを禁じられたのか
「女人禁制の門」は、1850年代(1855年と1856年説あり)まで女人禁制だったことを意味しています。先へは、ニシン漁に向かう男衆しか進めなかったのです。チャレンカの嫉妬心が女を乗せた船を転覆させたことから、岬一帯が女人禁制の地になったということが通説ですが、実際には当時松前藩が和人(日本人)の定住を禁じたからのようです。
現在は女性でも先へ行けますので、ご安心くださいね。
参考 北海道小樽観光タクシー

両側には日本海が広がる
「チャレンカの小道」の両側には、雄大な日本海が広がります。アップダウンが激しく、滑りやすい場所もあるので、スニーカーなど歩きやすい靴が向いています。ヒールのあるサンダルなどは不向きです。
険しいこの道を走り、チャレンカが泣きながら義経を追いかけたのかと想像すると、ロマンティックですね。女性は、すっかりチャレンカ気分に浸るかもしれません。

積丹ブルーの青さ
ハワイでも、エーゲ海でも、カリブ海でもない、積丹ブルー。
水中展望船 ニューしゃこたん号で、海上散歩をすることもできます。
ニューしゃこたん号 
乗船時間:約40分
利用料金:大人 1,400円 (2017年7月現在)
営業時間:8:30~16:30(時期により変更あり 要問合せ)
公式サイト: http://www.tabi-hokkaido.co.jp/~glassboat/cruising.html
北海道で生き延びていたという義経の悲恋伝説。青い青い積丹ブルーに秘められたロマンを紐解きに、北海道へ足を伸ばしてみたくなりますね。
[北海道 積丹観光]
http://getnews.jp/archives/1903351


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

伯に移ったベネズエラ人 低い収入、言語の壁も=ロライマ州

2017-09-16 | 先住民族関連
サンパウロ新聞2017年9月15日
 国家移住審議会(CNIg)が実施した調査で、政治的・経済的な困難にある自国からブラジルへ移ってきた先住民以外のベネズエラ人のうち、中等教育(日本の高校に相当)を修了した割合は約80%となっているが、収入が1最低賃金に満たない割合がその半分以上を占めるという結果が示された。アジェンシア・ブラジルが12日付で伝えた。
 この調査はベネズエラ人移住者の社会人口・労働に関するもので、過去数年間に、特にロライマ州に移住するベネズエラ人が急増している状況を受けて国連難民高等弁務官事務所(Acnur)の協力により実施された、ブラジルには、最近1万6000人以上のベネズエラ人が移住していると推定されており、2017年だけで8000人が国境を越えているという。
 この調査結果は、12日に労働雇用省により発表された。調査の実施に際し、国際移住観測所(OBMigra)とロライマ州連邦大学のセルジオ・ビエイラ・デ・メロ教授の協力があったという。
 分析にあたり、ベネズエラ人移住者はワラオ先住民族と先住民以外のグループに分けられた。ワラオ先住民族は、ロライマの州都ボア・ビスタとパカライマ市での民族学的研究により調査されている。同調査の対象となった先住民でない650人のベネズエラ人(18歳以上)は、ボア・ビスタ市内の33地区で居住している。
 同調査によると、ブラジルに移住した先住民以外のベネズエラ人の78%が中等教育を、32%は高等教育(大学)あるいは大学院を修了しているという。このうち、60%が収入のある労働に従事しており、28%は正規雇用されている。
 収入をみると、就労者のうち51%が1最低賃金以下で、44%が1~2最低賃金、5%がそれ以上だという。主な職種は、商業(37%)、食品サービス(21%)、建設(13%)など。全体の52%が週40時間以上就労しているという。
 CNIgのウーゴ・ガーロ会長は、この調査が、これらベネズエラからの流入と関連した行動と移住政策への助けとなることに期待を表している。
 回答者の77%が、政治および経済危機により自国を離れたとの結果が確認されたという。これにより、このグループのかなりの部分が、今後数年間はブラジルに滞在する事になるとみられるという。
 25%は、ベネズエラに帰国すると述べており、27%はいつ戻るかわからない、そして47%は「すぐには」戻らないつもりだと答えている。
 帰国を妨げる主な要因として指摘されたのは暴力だった。52%はベネズエラ政府によってなされる行為、16%は犯罪者による行為に恐れを抱いているという。
 ブラジルへ移ったベネズエラ人のうち、先住民でも先住民以外でも男性が多数を占めている。
 先住民以外のグループでは、72%は29~39歳の年齢層、54%が独身となっている。71%は賃貸の物件に居住しており、多くの場合2~4人で共同で住んでいるという。
 言語の壁が現地社会に溶け込むことを困難にしていると指摘されている。一般的に、ロライマ州に滞在するベネズエラ人のポルトガル語の知識は少なく、多くはポルトガル語を学んでいないという。また、調査対象者の3分の1が、職場以外で偏見を感じたことがあると答えている。
http://saopauloshimbun.com/%E4%BC%AF%E3%81%AB%E7%A7%BB%E3%81%A3%E3%81%9F%E3%83%99%E3%83%8D%E3%82%BA%E3%82%A8%E3%83%A9%E4%BA%BA%E3%80%80%E4%BD%8E%E3%81%84%E5%8F%8E%E5%85%A5%E3%80%81%E8%A8%80%E8%AA%9E%E3%81%AE%E5%A3%81%E3%82%82/

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

仏の気鋭女性監督が綴る『あさがくるまえに』ほか9月第三週のコレ観なきゃウィークエンド(一部)

2017-09-16 | 先住民族関連
ELLE ONLINE(エル・オンライン) 2017/9/15(金)

毎週たくさんの新作映画が劇場公開されるなかで、私たちが本当に観るべきものって? 女性の知的好奇心を満たす、いま観るべき作品をエルが週替わりでセレクトし、ご紹介。今週はヨーロッパ発の秀作が続々と登場。大根監督節炸裂の新作も見逃せない!
https://www.youtube.com/watch?time_continue=7&v=9R5AasNNRUs
9月16日(土)公開 『サーミの血』
30年代、スウェーデン北部のラップランドでは、先住民族、サーミ人が差別的な扱いを受けていた。寄宿学校に通う少女エレ・マリャは成績優秀で進学を望むが、教師から「あなたたちの脳は文明に適応できない」と告げられる。スウェーデン人の暮らしに憧れるエレ・マリャは夏祭りに潜り込み、知り合った男の子を頼って、家出するが……。謂れのない差別と迫害に歯を食いしばり、自分の手でたくましく道を切り開こうとする少女の姿に心、奪われる。東京国際映画祭では審査委員特別賞と最優秀女優賞をW受賞。主演のレーネ=セシリア・スパルロクは、今もノルウェーでトナカイを飼い暮らしているサーミ人。本作が長編映画デビュー作となる監督のアマンダ・シェーネルもまた、サーミ人の血を引いている。
監督・脚本/アマンダ・ケンネル
キャスト/レーネ=セシリア・スパルロク、ミーア=エリーカ・スパルロク、マイ=ドリス・リンピ、ユリウス・フレイシャンデル、オッレ・サッリほか
9月16日公開 http://www.uplink.co.jp/sami/
http://www.elle.co.jp/culture/news/cweek_17_0915


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

シネマの週末・トピックス

2017-09-16 | 先住民族関連
毎日新聞2017年9月15日 東京夕刊
1930年代、スウェーデン北部の田舎でトナカイを飼って暮らす先住民族サーミ人の少女エレ・マリャが、夏祭りで出会ったスウェーデン人の少年に恋心を抱く。日ごろからサーミ人を取り巻く理不尽な現実に苛立(いらだ)っていたエレは、すべてをなげうって列車に乗り、都会での新たな生活を始めようとする。
 現代を生きる老女の回想により、劣等民族として迫害を受けたサーミ人の歴史を描き、昨年の東京国際映画祭…
https://mainichi.jp/articles/20170915/dde/012/070/006000c

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする