共 結 来 縁 ~ あるヴァイオリン&ヴィオラ講師の戯言 ~

山川異域、風月同天、寄諸仏子、共結来縁…山川の域異れど、風月は同天にあり、諸仏の縁に寄りたる者、来たれる縁を共に結ばむ

電車と城と車止め

2016年05月16日 23時40分25秒 | 日記
先日、知り合いから

「月曜日に小田原に行っているわりに、小田原感のある写真が無いではないか。」

という鬱陶しい…いや、有り難いクレーム…いや、御意見を賜りました。

はーへーそーですかそーですか…おっと、はい、かしこまりました!とばかりに撮ってみたのが上の写真です。

手前に写っているのは箱根湯本行きの電車です。その右上辺りに白っぽく光っているのは、今月公開が再開されたばかりの小田原城天守閣です。

そして、右隅に写っているのは小田急線の終着点を示す車止め標識です。この車止め標識と向かい合うもう一つの車止め標識があるのは、はるか遠くの新宿駅です。

さて、これで小田原感をお楽しみ頂けましたかどうか…。
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巨匠も認めた妙なる音色

2016年05月15日 23時35分41秒 | 日記
今日は昨日に引き続き成瀬でのライブがあり、その後みらいあいこさんと一緒に本厚木に移動して、次回のライブの打ち合わせがてら《Cafeあつめ木》にお邪魔しました。

今日お邪魔したら、メインエントランスのドアにドアチャイムが付けられていました。ドアが開くとシャラシャラ…と妙なる音色を立てて、スタッフさんに来客を知らせます。

実はこれは『明珍火箸風鈴』というもので、囲炉裏や火鉢で使う火箸を吊るして風鈴にしたものです。

兵庫県姫路市に明珍家という御家があります。この御家は代々甲冑師を務めていましたが、明治新政府の発布した廃刀令に伴って刀剣や甲冑を作ることが禁じられ、明珍家も職を失ってしまいました。そこで当時の明珍家御当主は、それまで培った錬鉄技術を活かして火箸や農機具といった鉄製品を作って家業を存続させる道を選びました。

戦後になって家庭内から火鉢が姿を消すと、火箸の需要も無くなっていきました。いよいよ御家存続如何ばかりか…と思われた時、思わぬところから需要が舞い込みました。

この火箸を打ち鳴らすと、独自の鋼の配合によって高く澄んだ音が響きます。その音色に着目したのが、実は先日他界された故冨田勲氏だったのです。冨田氏の新作に使われた明珍火箸は、その妙なる音色によって話題となり、国内外の作曲家の作品にも使われることになりました。それを応用して作られたのが、この明珍火箸風鈴です。

この明珍火箸風鈴は、昨年まで我が家の室内の窓際に吊るしていたものです。何しろ材料が材料なので、外に吊るして雨に当たったりすると錆びてしまうので、室内で使わざるを得なかったのです。それで、今回《Cafeあつめ木》がリニューアルオープンするにあたって、

『室内で使っていたものなのだから、もしかしたらお役に立つかも…』

と思い立って差し上げました。今日それが、こうしたかたちで活用されているのを拝見して安堵しました。どんな音がするのかは、実際に御来店の上お確かめ下さい。
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ほろ酔いライブ

2016年05月14日 22時34分22秒 | 日記
今日は愛川町在住のシンガソングライターみらいあいこさんのライブサポートで、JR横浜線成瀬駅近くのカフェ《イマジン》に来ました。ここは今までにも日曜日に何度か来たことがありますが、今日は土曜日の夜で主催者も違うため、いつもと若干様子が違います。

会場に到着した時には何人かは到着していて、その内の何人かは既に『出来上がって』いる状態でした(^^;。

予定より少し遅れてライブが始まりました。この土曜日ライブには参加者に課題が設けられていて、今回は『70年代歌謡』でした。それぞれに自分の思う『70年代歌謡曲』を披露していましたが、割合としてボブ・ディラン等の洋楽が多かったような気がします。

最後は参加者全員で『いとしのエリー』を大合唱して終わりました。私も適当にピアノで参加したのですが、とりあえず足を引っ張るようなことはなかったようで安堵しております…(^_^;A。
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今日の《cafe32゜F》

2016年05月13日 23時15分47秒 | 日記
今日も今日とて、神奈川県下では夏日になりました。

そんな中、本当は他の用事を済ませようと思っていました。ところが昨日帰宅したら、先月財布と共に紛失した通帳を今頃になって銀行が送ってきたという書留郵便の不在票がポストに入っていたので保管先の所轄郵便局まで取りに行かなければならなくなったため、急遽予定を変更して行ってきました。

この所轄郵便局というのが、自前の交通手段が無くてバスで行かなければいけない身では、一度いつも使っている系統のバスで駅前に出てから、更に違う系統のバスに乗り換えた上でなかなかの距離を移動しなければならないところにあります。我が家の前を通るバスだけで行ける近場にも郵便局があるにも関わらず、わざわざ川向こうにある郵便局を所轄にしたのはどういう嫌みかは知りませんが、御上が『取りに来い』と言うのですから仕方ありません。

あまり本数のないバスに乗って、三角形の二辺を行くような不毛な移動の後にやっとこさ郵便局に着くと、平日だというのに郵便物の受け渡し窓口はやたらと混んでいました。にも拘らず、窓口では局員のヲバチャンが一人でチンタラチンタラ受け渡し作業をしていました。

『この分だと、私の順番がまわってくるのは相当遅くなるな…』

と思いながらも大人しく静観していました。ところが、私の二人前に受け付けしたヲバアチャンが何ともワカランチンな人で、人に頼まれて郵便物を取りに来たヲバアチャンと本人確認をしたいヲバチャン局員との間で話が全く噛み合わないのです。

そうこうしているうちに、私の後ろにどんどん行列が伸びて来ました。こうなるともうどうしようもないので、仕方なく奥の郵便やら保険やらのカウンターに向かって

「お~い!窓口が滞ってこんなに大勢の客が並ばされているのに、誰か応援に来ようという気遣いはないのかぁ!大した殿様商売だのぉ!ι(`ロ´)ノ」

と呼び掛けた途端、四~五人の老若男女局員が血相変えてワラワラワラッε=ε=┏(;・_・)┛!と受け渡し窓口に駆け付けて来たではありませんか。

それを見た後ろのオバサマが小さな声で

「なんだ、来られるんじゃないの…」

と呟かれていたのを聞き逃しませんでしたが、逆にこんなに大人数で来られても立ち位置が狭い分邪魔なだけなので、最終的に若いオニイチャンを一人残して、他は

「申し訳ございません。もう少々お待ち下さい…(;^.^)(;-.-)(;_ _)」

と、かたちだけでも申し訳無さげにしながらスゴスゴと引き返して行きました。

そこからは至ってスムーズなもの。相変わらずやりあっているヲバチャン局員とワカランチンヲバアチャンを他所に、応援のオニイチャンの下でそれ以降の受け渡し業務がサクサクと進んで行きました。

私の手続きが終わった時、後ろのオバサマが

「貴方が大声で呼び掛けて下さったのは正解だったわネ(^_-)=☆」

と声をかけてきたので

「どうも…」

とだけ返事をして早々に郵便局を後にしました。

ええ、そりゃあまぁ…たった二年間とは言いながら音楽大学で本式の声楽のレッスンを積み、尚且つ毎週教室の悪ガキに睨みを効かせて叱り飛ばしている人の声量をナメちゃあいけません(・∀・)v。

そんなこんなで、レッスン前にすっかり疲れてしまった私はグッタリしながらあざみ野に向かいました。

先ずはお店にお邪魔して、今日はアイス・カフェ・モカをオーダーしました。疲れた頭に、ほんのりと甘いチョコレートの風味が沁みていきます。今日はちょっとワガママを言って、フロートにしてもらいました。これも常連客の特権です( *´艸`)。

さて、明日も暑い一日となるのでしょうか…。
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祝!新装開店!

2016年05月12日 22時12分13秒 | 日記
今日は待ちに待った《Cafeあつめ木》のリニューアルオープン当日です。移転のために前店舗を閉店してから再オープンまでにほぼ2年間かかりましたが、晴れて今日の日を迎えたかたちです。

ここ最近天候が今一つでしたが、今日は新装開店を祝福するかの如く抜けるような快晴に恵まれました。その青空の中に、目にも鮮やかなビタミンカラーの建物が姿を表しました。建築当初は料亭だったというこの建物が新生《Cafeあつめ木》の舞台となります。

正午のオープンに少し遅れて伺ったのですが、ちょうど開店準備の大詰めだったようで、しばらく様子を伺っていました。やがて店長さんが出てみえたので、店内に案内して頂きました。
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古風な一角

2016年05月12日 22時10分14秒 | 日記
エントランスのすぐ脇には、こんな小上がりのスペースが設えられていました。

ここは椅子席ではなくお座布団が敷かれ、中央には火鉢が据えられています。上に取り付けられたランプも柱時計も何とも古風で、この一角だけ『昭和』の面影が漂っています。

実はこの柱時計も、かつて我が家にあったものを事前にプレゼントしておいたものだったりします。何処にどんな感じに取り付けられるのかしら?と思っていましたが、こんなにもしっくりくるところに懸けられるとは思ってもみませんでした。おかげさまで、我が家にあった時よりも数段いい場所を与えて頂きました。かつての持ち主としても嬉しい限りです。

因みに、一昨日お届けしたアンソニアもちゃんと居場所を確保していました。一体それが何処か…気になる方は是非御来店を( *´艸`)。
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中心地

2016年05月12日 22時08分24秒 | 日記
ここは1階のキッチン正面、お店の中心となる場所です。

奥に見えているのはキッチンで、その手前にあるのは花を活けて飾るスペースです。今はお祝いのアレンジメントが置かれていますが、行く行くはここに、お店の常連客でもある華道家の先生に花を活けて頂くことになっているそうです。

以前も花や植物が沢山あったお店でしたが、こちらにも様々な花や観葉植物が置かれていました。店内だけでなく建物の周囲にも、正面入口脇に新店舗のシンボルツリーとして新しく植えられたジューンベリーや山椒の木、紫陽花といった植物達に囲まれていますので、これからの季節毎の様子も楽しみです。

その上にある黄色くて丸いものは、ガラス作家の方が作って下さった時計です。まるで中空に上った満月の如く花々を見守るかたちになります。実に素敵なものです。今日は作家御本人も来店されたので、久しぶりにひと時お話に花が咲きました。
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2階の様子

2016年05月12日 22時00分55秒 | 日記
新店舗は3階建てで、1階部分と2階の半分程が客席になっています。

こちらは2階の様子です。何人かで座れる大きなテーブルとカウンターがあります。その向こう側に天井扇が写っていますが、この部分は吹き抜けになっていて、カウンター越しに覗くと真下にエントランスが見えます。

2階の残り半分のスペースは持ち帰り用のお菓子等を作る別キッチンになっていて、ここは関係者以外立入禁止です。

旧店舗ではキッチンが一つしか無かったために保健所の許可が下りなくて、やりたくても出来なかったことが沢山あったそうです。しかし、新店舗に移転して店内提供用と持ち帰り用のキッチンを完全に分けたことによって、出来ることが格段に増えたとのことでした。

勿論その分、スタッフさん一人一人のやることが今まで以上に増えることにもなってしまうのでしょうが、何とか頑張って頂きたいと思います。
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初メニュー

2016年05月12日 21時58分15秒 | 日記
さて、一頻り店内を見て回ったところで、着席してコーヒーを堪能することにしました。

折角なので旧店舗では無かったものを頂こうと思ってメニューに目を通しました。 すると、以前はシフォンケーキが中心だったケーキに『季節の生ケーキ』なるものが新登場していたので、早速そちらをオーダーしました。

記念すべき今月の初生ケーキは『甘夏のケーキ』です。フワフワのスポンジの上と間には、丁寧な仕事の施された甘夏の実がのっています。クリームは甘夏に合わせたヨーグルトのクリームで、程よい甘味と爽やかな酸味が心地よく広がります。

コーヒーについては、新規オープンにあたってコーヒー豆の焙煎元を変えたそうです。ただ、昨今の主流なのか、何処の焙煎所でも彼らが求めているより浅い煎りのものが殆どだったようで、最終的に店舗内で再度焙煎することにしたとのことでした。今日はオリジナルブレンドとフレンチローストとを頂いたのですが、深煎りのコーヒーが好きなわたしにとっては、このくらいしっかりした焙煎の方がしっくりきます。

今日はスタッフさん総出でお出迎え頂きましたが、何しろ全員がこの2年ほど左官やら内装やら塗装やら造園やらに性を出していたために、カフェ店員としての動きや段取りを忘れかけている…とのことでした。そう言われてみれば確かに、私がつぶさにカウンターで拝見していても、キッチンの中では

「○○は何処にしまいましたっけ?!」
「△△は何処に置いておくんでしたっけ?!」

といったテンパった声が飛び交っていました(゜゜;)。

何しろキッチンを始めとした全ての動線や物の収納場所が旧店舗とは全く違っている上に、旧店舗には無かった2階席まで登場しましたから、これからしばらくは御苦労が続くのではないかと思われます。なので、もし御来店の際にはそういった裏事情をお含みおきの上で時間に余裕を持ってお越し頂いた上でオーダーして頂きたく存じますm(_ _)m。
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心強い御守

2016年05月11日 20時48分02秒 | 日記
昨日《Cafeあつめ木》にアンソニアを届けた時に、店長さんから小さな紙袋を頂戴しました。中に入っていたのは、このストラップでした。

何でもこのストラップは、個人的に親しくさせて頂いている店長さんの旦那様が、私のためにわざわざ手作りして下さったものだとのことでした。2月生まれの私の誕生石であるアメジストを中心にして、水晶や虎目石といった様々なパワーストーンを組み合わせて作って下さった、文字通りの一点ものです。何とも美しいものではありませんか。

旦那様御自身も様々なパワーストーンを連ねた手作りのブレスレットをされておられる方ですので、こうしたものを作られるのは慣れていらっしゃるようです。お不動様を信心しておいでの方が作って下さったものだけに、手に取ると並々ならぬ気脈を感じます。

目下何処に着けるか検討中ですが、大切に使わせて頂きたいと思っております。旦那様には、この場をお借りして篤く御礼申し上げます。有り難うございました。
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百年以上の時を刻んで ~ 米アンソニア社製の置時計

2016年05月10日 21時45分20秒 | 日記
先週ゴールデンウィーク中ながら、教室として借りている公共施設の開館の関係で二宮町のレッスンをしたため、今日は代休となりました。何だか一週間遅れで連休がやって来たようで、微妙な気分ではあります。

さて、こんなチャンスだからこそ今日中に済ませてしまいたいことがありました。

かつて拙ブログに割りと頻繁に登場していた《Cafeあつめ木》というお店が厚木市内にありましたが、中町から寿町への店舗移転に伴って一昨年春から一時閉店していました。

その後、物件のリフォーム等に思いの外時間がかかっていましたが、この度目出度く明後日12日にリニューアルオープンすることが正式に決まったため、その前に私から開店祝いを兼ねたプレゼントをお持ちすることにしました。それが、上の写真のアンソニア社製の置時計です。

実は何を隠そうこの時計、昨年末に、リロケーションで貸している茨城の祖父母宅から奪還してきた時計の一つなのです(詳細は昨年12月の記事を御覧下さい)。あの時、大小合計7台もの古時計を回収・保護して来て、かつて祖父がお世話になった地元のライオンズクラブ等に形見分けとして差し上げたりしていました。ところが、どういうわけかこの子だけが貰い手が無く、しばらく厚木の我が家にメンテナンスがてら置いていました。

その内、《Cafeあつめ木》のリニューアルオープンの話が具体化してきた時に、

「そうだ!《Cafeあつめ木》にこの子を貰ってもらおう!」

と思い立ち、事前にスタッフさんに確認したところ引き受けて下さるという返事を頂きました。

貰い手が見つかって安心したものの、そうは言っても開店準備に大童な時期にこんなものをお持ちしても御迷惑なだけなので、おおかた準備が落ち着いた頃に…ということで、今日の日を選びました。

雨が心配されましたが、朝方には上がったので安心しました。とは言え、何しろ真鍮とガラスとオニキスで出来た総重量約12kgもの時計を箱詰めして、一人力でエッチラオッチラ運ぶだけでも一苦労です。こういう時になると、若い時に車の運転免許を取っとくんだったなぁ…などと思ってみたりするのですが、現実はそんなこと言っていられません。とにかく、道行く人やバスの運転手にジロジロ見られながら(恐らく運転手は積載重量オーバーを疑っていた様子でしたがシラを切り通して)何とか無事にお店へたどり着き、ちょうど居合わせた工事スタッフの若い衆に荷解きをお願いしました。

アンソニア社は1851年にアメリカ・コネティカットで創業した会社です。当時は真鍮メーカーの一時計部門に過ぎませんでしたが、真鍮や鉄で作った頑丈かつ洗練されたデザイン性と、丁寧な仕事による狂いの少ない性能の高さが世に認められ、当時の時計製作大企業であるイングラハム、セストーマス、ウォーターベリー、ウェルチ等と肩を列べるまでの一大ブランドに成長しました。日本にも明治時代に多く輸入され、アンソニア社のトレードマークである"A"のマークのついたコピー製品まで出回ったとか。

一大企業にまで成長したアンソニア社ですが、1879年ニューヨーク移転した後の1890年に工場火災を起こしたことから徐々に衰退していき、最終的には1929年に当時の帝政ロシアに買収され、約80年の歴史に幕を引くこととなりました。なので、現在アンソニア社は存在していませんが、その丈夫さ故にあちこちに作例が残っていて、今でもオークションにかけられていい値段で取引されていたりもするようです。

この時計の話を何人かにした時も、いっそのことオークションに出して売っちゃえば?という意見が聞かれました。しかし、祖父が大切にしていたこの時計を、何処のどなたかも分からないような人に持っていかれるのも何だか気が進まなくて、私の中でオークションという選択肢は思い浮かびませんでした。それがこうしたかたちで行き先が決まり、尚且つそこが、私自身もこれから先ずっと見守り続けることができる場所であったことは喜ばしい限りです。

この時計は祖父が子供の頃には既にあったものだそうですので、恐らくは明治時代に輸入されたものだと思われます。先にも書きましたが、台座と上部はオニキス製です。枠や頭頂部の飾り擬宝珠は真鍮製で、よく見ると所々に鍍金が残っています。

その枠に囲まれるかたちでガラスが四面に張られています。何しろ百年以上前の時計ですから現在のようにピッチリ出来たものではなく、よく見ると極々小さな気泡が入っていて、角度によって微妙にユラユラと揺らめきます。勿論、時計を見るのに支障はありませんが、この微妙な揺らめき加減がいい味を出しています。

また、こうした時計ではオリジナルのゼンマイキーが無くなってしまっていたりするようなのですが、この子にはちゃんとオリジナルキーが残っています。今日はお店で動作確認を兼ねて私がゼンマイを巻き上げて振り子を装着し、きちんと動作することを確認した上でキーも一緒にお店に託して来ました。

祖父の家の応接間で百年以上時を刻み続けてきた歴史ある時計が、新たな環境下で役割を果たすこととなりました。私も子供の頃から慣れ親しんだ時計が役立っていることが嬉しいですし、恐らく祖父も喜んでいてくれるのではないかと思っております。

この子のお店の中での落ち着き先については、新しいオーナーであるスタッフの皆さんに一任して来ました。明後日のオープン時、一体お店の何処に鎮座坐しているのか、今から楽しみです。
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新日本紀行のテーマ ~ 冨田勲氏を偲んで

2016年05月09日 17時30分15秒 | 日記
去る5日のこととなりますが、日本を代表する作曲家の一人である冨田勲氏が他界されました(享年84)。

冨田勲氏と言えば、日本のシンセサイザーアーティストの草分け的存在の方です。私が子供の頃最初に認識した冨田氏は、丸ごと一部屋を占拠するほどの巨大で、そこいら中配線とスイッチだらけのシンセサイザーコンピュータを駆使して、近未来的な響きの音楽を発信していた姿です。

私も初めは、主にクラシック音楽の編曲もののLPレコードを買って聴いていました。ヘッドフォンで聞くと頭の中でいろんな方向から音が飛び交うドビュッシーの《月の光》、現代的な切り口で見事に歌い上げた《展覧会の絵》、衝撃的な結末に恐怖すら覚えた《惑星》…どれも今でも私の愛聴盤です。それだけでなく、《ジャングル大帝》や《リボンの騎士》、NHK《小さな旅》といったTVで聞き馴染んでいた曲も実は冨田氏の作品と知ったのは、もう少し大きくなってからでした。最近では新しい試みとしてボーカロイド初音ミクとコラボレーションした《イーハトーヴ交響曲》を発表し、この11月には第2弾《ドクター・コッペリウス》の初演も控えていたりと旺盛な作曲活動をされていましたから、まさか亡くなられるとは思いもしませんでした。

気が付けば、いつもこの国のどこかに冨田勲氏の音楽があったような気がします。芥川也寸志、團伊玖磨、山本直純、石井歡に続いて、日本らしい上品な音楽を作って下さる方が、また一人彼岸に発たれてしまいました。残念です。

私が大好きな冨田作品の一つが、NHK《新日本紀行》のテーマ曲です。ホルンのファンファーレから始まって弦に移ってからの旋律は、放送音楽の中でも稀代の名旋律と言っても過言ではありません。ちょうど何かの企画で冨田氏自身が指揮を執って、子供たちのオーケストラが演奏している動画がありましたので拙ブログにて転載し、亡き巨匠を偲ぶこととしました。

こうした作品を、もっともっと沢山作って頂きたかったと思います。今はただ、日本の心を美しい旋律に起こして下さった冨田勲氏の御冥福を御祈念申し上げます。

合掌。


新日本紀行のテーマ
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T☆ROCKS LIVE

2016年05月08日 22時57分35秒 | 音楽
今日は久しぶりに小田急相模原にあるライブハウス《T☆ROCKS》主催のライヴに、みらいあいこさんのサポートで出演しました。

実は今日を迎えるまで私とみらいあいこさんとの予定が合わず、電話やメール等でのやり取りをしただけで、いきなり本番に立ってしまったという恐ろしい状況でのステージとなってしまいました。一応、かつて合わせたことのある曲ばかりでセットリストを作っていたのでグチャグチャになったり止まったりはせずに済んだので、その点ではホッとしました。

こうした本格的なライブハウスでのライブというものも、熱気を帯びてなかなかいいものです。ここしばらく、この手の音楽活動から遠ざかっていましたが、これからはいろいろと機会が増えることになりそうです。どんな活動かは、また改めてお知らせ致します。
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明日は母の日

2016年05月07日 20時20分20秒 | 日記
いきなり明日の話で恐縮ですが、明日は母の日です。本厚木駅のコンコースでも明日の母の日に備えてカーネーションを中心とした花屋の出店が出ていて、行き交う人達が足を止めていました。

私の母が彼岸に経ってから、もう20年を越えました。送った私もそれだけ歳を取ったわけで、改めて月日の流れの速さを感じさせられます。

母が他界した時、52歳でした。そして今、着実にその年齢に近づいている自分に気づきます。

何でしょう…さしたる根拠は何もないのですが、何となく

『自分は母の年齢を越えないのではないか…』

という思いに駆られることがよくあります。

そんなもの、実際に迎えてみなければ分かりませんし、鬼も笑わないような先の話だと思っていました。それが、いざ45歳を迎えた今、ふと考えるとその年齢まで残すところあと7年になっているのです。改めてその数字と向き合うと、何とも感慨深いものを感じずにはいられません。

まぁ、言ってもこれは私の妄想の域を出ない話ですので、私自身もあまり深刻に考えているわけではありません。むしろ、今月半ばで御歳107歳を迎える祖母が健在ですから、祖母に呆れられないような日々を送らなければ…ということも、これまた毎年のように考えております、ハイ…。
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今日の《cafe32゜F》

2016年05月06日 21時42分11秒 | 日記
今日を入れてゴールデンウィークを取られている方も多いかと思いますが、私は普通に教室のある日でした。ただ、最近祝日が続いていたため、情けないことに今日が何曜日だったかを一瞬忘れていたのは秘密です(。・ω・)ノ…。

久しぶりにあざみ野に来たら、雨が降りだしたこともあって結構ジメジメしていました。なので、今日はスカッとしたくてフルーツセパレートティをオーダーしました。新鮮レモンをたっぷり2個分搾ったアールグレイのレモンティはとびきり爽やかで、外のジメジメ感なんぞ何のその、すっかり爽快な気分になれました。

明日も天候が芳しくないながらも気温は今日以上に上がるようですが、さてどうなりますことやら…。
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