はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

最後の見舞い

2013-08-31 17:26:50 | 女の気持ち/男の気持ち
 姉が4年間の闘病の後、ホスピスで緩和ケアを受け始めたと聞き、もう一度会いたくて電車に飛び乗った。
 難聴の姉を驚かさないよう静かに病室のドアを開ける。ベッドにもたれ、膝を抱いてうなだれている。細い体を包んでいるのは、淡い桜色のパジャマだ。髪が生えかわり、首まで伸びている。ゆっくり歩み寄り「姉ちゃん、こんにちは」と肩に手を置いた。一瞬目が泳いだが、妹と分かると「あらまあ」白い顔がほころび、抱きついてきた。涙があふれ、言葉が続かない。
 転移があり、顔やおなかがむくんではいるものの、痛みもなく会話もできるし、おかゆも食べているという。
 引き上げてきた時は13歳。思春期は貧しい暮らしの中で送ったが、教育だけはとの母の強い意向で高校を卒業した。父譲りの達筆で洋裁や編み物は母譲り、妹たちの面倒見も良く、私の手芸好きも姉の手ほどきがあったればこそだ。
 愛を追いかけ、愛に破れ、疲れ果てた体を病魔がむしばんだのだろう。「一人息子が毎日来てくれるの」と嬉しそうに言う。「待ってるの」と。
 見舞いを終えての帰途、車窓に夕日が沈んでいく。今度会う時はもう…。そう思うと、別れ際の手のぬくもりがよみがえり、やりきれなさと切なさが全身を締めつける。
 姉が彼岸に旅立ったのはそれから2週間後だった。
  薩摩川内市 田中由利子 2013/8/29 毎日新聞鹿児島版掲載 

寝付けない夜

2013-08-31 17:19:19 | はがき随筆
 昼下がり、客の少ない銭湯につかっていると、衣服をまとう女性が男性の手を引いて入ってきた。びっくり顔でみていると、かけ湯をして湯船に入れた。
 男性は首までつかり、静かに目を閉じる。私は女性に遠慮がちに話をすると「夫は97歳、小学校の先生だった」と言う。
 女性は夫に近い年齢だと思うが、実に手際よく慣れた手つきで背中、手足の順に洗う。夫は何の不安もないようで満足顔を浮かべ体を委ねている。
 私はその夜、我が40年の夫婦の有様がいやが上にも頭をもたげ寝つけず、何度も何度も寝返りを打つ一夜となった。
  鹿児島市 鵜家育男 2013/8/31 毎日新聞鹿児島版掲載

はがき随筆7月度

2013-08-31 16:54:19 | 受賞作品
 はがき随筆7月度の入賞者は次の皆さんです。

【月間賞】8日、「おいの結婚」清水昌子(60)=出水市明神町
【佳作】12日、「夢がそこまで」若宮庸成(73)=志布志市有明町 野井倉
   ▽14日、「シロアリ 」新川宣史(65)いちき串木野市大里


 おいの結婚 甥が、戊辰戦争の恨みの残る会津若松出身の女性と結婚するようになって、宿敵薩摩の出身であることを気にしていたが、無事許してもらったという内容です。テレビドラマ「八重の桜」を見て、嫌な気分になるという鹿児島の人は結構いますが、このような、内戦の残す怨念と後顧の憂いを、対外戦と結びつけて考える歴史感覚は貴重なものだと思います。
 夢がそこまで ヤンキーススタジアム物語のパート2ですが、高齢をものともせず、いよいよ夫婦で大リーグ見物への旅立ちの決意が、軽妙に描かれています。いくつになっても新しいことに挑戦なさるのは、少し不安は残るものの、爽快な気分にしてくれます。
 シロアリ 過去に3度もシロアリにやられ、退職金を前借りして修理したのに、またもやシロアリの姿。シロアリにも種の保存の本能があることは認めざるをえないとしても、かといって無視するわけにもいかず、はやく何処かへ行ってくれと、しろありにおびえる微妙な心理が描かれています。
 次に興味深い話題の文章を3篇紹介します。
 種子田真理さんの「英語でオレオレ」は、国際的な振り込め詐欺に引っ掛かりそうになった話です。コンピューター・ハッカー・Eメール・詐欺、まるで映画の世界のようなことが、実際に身近に起こっていることに驚きました。武田静瞭さんの「警察署に猫居候」は、大けがをした猫を警察署で保護し治療してやったら、そのまま居候を決め込んでいるというので、会いに行って猫に触れたら、ほのぼのとした気分になったという内容です。井伏鱒二の小説にでもありそうで、読む方もほのぼのとした気分になる文章です。津島友子さんの「奄美の『みき』」は、鹿児島に転居し、奄美の「みき」が気に入ったという内容です。どこの土地にも良いこともあれば悪いこともありますが、このように、良いことを見つけて楽しむのが、新しい土地になじむ一番のコツのようです。
 (鹿児島大学名誉教授・石田忠彦) 2013/8/30 毎日新聞鹿児島版掲載

夏のそよ風

2013-08-31 16:47:57 | はがき随筆


 外は猛暑でも客間で、すがすがしい一時を過ごさせてもらった。溝辺町にお住まいのAさんが歌文集「夫を待つ庭」を出版された。客間で見るその本は一見さわやかだ。だが深い愛情が詰っていて私の心を打つ。
 窓から見えるカエデの葉を揺らすそよ風が、私にも短歌や、はがき随筆などの文学の香を運んでくれるような気がした。それに本の中のAさんの亡き夫Tさんの挿絵は、今でもぴったり彼女に寄り添っている。玄関脇のキキョウの花も夏の涼風に揺れていた。歌文集の香を運ぶそよ風はきっとAさんの恋しいTさんに届いたことだろう。
  出水市 小村忍 2013/8/30 毎日新聞鹿児島版掲載

田水わく

2013-08-31 16:40:57 | はがき随筆
 俳句に親しみ始めて随分たつが、いまだに見慣れぬ季語に会う。
 田水わく野良に人無き昼下がり
 先日の句会に出された句で、高得点だった。私は「田の片隅に水が湧き出ているが、この暑さに人々は家にこもり、湧水に涼を取りながら働こうとする人さえいない」と解釈した。すると話が合わない。作者に季語の意味を聞くと「田に張られた水は午後には足を入れるとやけどをするくらい熱くなる。これが田水わく。沸くという字をあてる」。60年生きても知らない言葉が、事実がいっぱいある。
  出水市 清水昌子 2013/8/29 毎日新聞鹿児島版掲載