はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

雛人形

2015-03-18 23:52:10 | はがき随筆

 梅に菜の花、水仙と春到来、開花のオンパレードが続く。雛祭りも過ぎた。雛人形は厄よけと女の子の無事を祈って飾られる。子供の頃は3人娘でも雛人形など買ってもらえず、せめて娘にはと願いが膨らんだ。長女の初節句に雛人形を買うのか迷った。夫が転勤族だったため、市松人形で我慢した。年月がたつにつれ、雛人形にはこだわった。そんな時、木目込み人形を手作りする鹿児島の講習会に誘われ、内裏雛を完成させた。そこまでしたお雛様も今は飾らなくなった。押し入れに眠ったままだ。孫が帰省すれば、喜んで飾ったのに、と言い訳をする。
  鹿屋市 中鶴裕子 2015/3/18 毎日新聞鹿児島版掲載

記録を未来へ

2015-03-18 22:03:54 | ペン&ぺん


 MBCテレビで9日夜に放送された「戦後70年~千の証言~私の街も戦場だった」をご覧になられただろうか。
 戦時中、米軍は戦闘機に「ガンカメラ」を取り付け、地上攻撃する際の戦況を撮っていた。米機は各地を襲ったが、中でも鹿児島は爆撃機による空襲だけではなく、戦闘機の襲来でも甚大な被害を受けた。県内が機銃掃射で襲われる映像が多く衝撃だった。日本側は迎撃する火器も戦闘機もなく、やられっぱなし。地上には子供や女性、お年寄りがいたはず。改めてこれが戦争だと思った。
 70年前、静岡県浜松市にいた母(85)は爆撃機や戦闘機の空襲、艦砲射撃の生き証人。友人らは機銃で足や腕、頭を吹き飛ばされたり、内臓が飛び出したりと、まさに地獄だったという。今の15歳には想像できないだろう。私もだ。「パイロットの顔が見えるくらい超低空で、容赦などなかった」と聞いていたが、映像を見ると、その通りだ。
 さて、21日開幕の第87回選抜高校野球大会(毎日新聞社、日本高野連主催)の組み合わせが決まった。神村学園(いちき串木野市)は大会第3日目に甲子園常連校として全国に知られる仙台育英(宮城県)と対戦。春は2年ぶり11回目、夏は24回の出場を誇る。1989年夏と2001年春に準優勝した強豪校。
 だが、相手も同じ高校生。柔道少年だった私も相手が有名校だと闘志が燃えた。昨年のセンバツを思い出してほしい。21世紀枠で初出場した大島(奄美市名瀬)は大観衆の中でも堂々の試合。優勝した龍谷大平安(京都)から2桁安打を奪った。応援組は最優秀賞(日本一)に輝いた。ぜひ神村学園も「鹿児島ここにあり」というプレーを見せ、全国制覇を手にしてもらいたい。そして、野球などに打ち込める平和の尊さをかみしめてほしい。
 鹿児島支局長 三嶋祐一郎 2015/3/16 毎日新聞鹿児島版掲載

耕耘機

2015-03-18 21:54:29 | はがき随筆
 実家は6代続く農家である。
 亡き父は傘寿(80歳)の高齢にもかかわらず、大型耕耘機を上手にさばいていた。
 長年の農作業の経験が運転技術を向上させていたのだろう。 
 その後、母は小型耕耘機を買い、野菜作りのために使用している。
 その耕耘機におどかされながら、慣れない小生の畑仕事の手伝いに役立っている。
 小さいながらも快適なエンジン音を響かせて畑を耕してくれる耕耘機は、農作業があまり好きではない小生を、母と共に温かく応援している様に感じている。
  鹿児島市 下内幸一 2015/3/17 毎日新聞鹿児島版掲載

色白の乙女

2015-03-18 21:47:05 | はがき随筆
 築山のヒノキが大きくなり過ぎ、手にあまってある日、私の背丈ぐらいにばっさり切った。あれから数年、表皮が枯れたようになり、ぐらついていたので倒してみた。一皮むくと、きれいなつるつるっとした色白の肌色。のこぎりの切り口は赤味を帯びて、湯上がりの乙女のようだ。すっきりと細身になったヒノキがいとおしい。根っこの造形は捨てがたく低い鉢置きにする。
 そう言えば、ヒノキに登る野良猫を何度か見たことがある。残りのヒノキは彼らの爪研ぎ用に提供しましょうか。 額の汗も心地よく、達成感で終えた作業でした。
  霧島市 口町円子 2015/3/16 毎日新聞鹿児島版掲載