はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

2020年 鹿児島県はがき随筆

2021-02-23 16:23:39 | はがき随筆

年間賞に田中さん(鹿児島市)
 毎日新聞「はがき随筆」の2020年鹿児島年間賞に、鹿児島市の田中健一郎さん(82)の「妻の入院」(1月2日掲載)が選ばれた。救急車で運ばれ心臓手術を受ける妻の緊迫した様子と、案じながらもやがて自宅に戻って一人で慣れない食事の支度をする夫。医療と家事という意外な組み合わせが夫婦の一大事を浮かび上がらせ、独特の余韻を持つ作品に仕上がった。鹿児島県内からの投稿作品を対象に、石田忠彦・鹿児島大名誉教授が選考にあたった。

軽やかな感じ漂う文章

選評
  月間賞と佳作のうちで、宇都晃一さん「閑話休題」、清水昌子さん「コロナの時代に」、塩田きぬ子さん「元気なおばちゃん」、田中健一郎さん「妻の入院」 が印象に残りました。年間賞には「妻の入院」を選びました。
 宇都さんの作品は、床屋で見せられた後頭部のわずかに残っている白髪に、ややユーモラスにご自分の人生を語らせ、残りの人生に対しても瓢然と構え
ておいでのところが、心地よい文章になっています。
 清水さんの作品は、 コロナ禍の時節柄、施設のガラス越しにわずか5分間しか面会できなかった母親の、「もう帰るの」一言は、大げさでなく人生の悲哀を感じさせます。
 塩田さんの文章は、92 歳のご婦人にお店でマスクを差し上げた ら、お礼にたくさんの イモをもらったという内容ですが、帰って行 かれる後ろ姿に人生の手本を感じたと書かれ ています。私たちの生活のなかで、いつ頃までか確かに生活の規範であった礼儀という美 徳を、懐かしく思い起こさせる文章です。
 田中さんの文章を選んだのは文章に漂う軽みのためです。奥様の急性心筋梗塞の手術という大事はむしろさらりと書かれ、その後で筆者に降りかかってきた家事の大変さは、やや大仰に書かれています。このような対比によって、文章全体からは軽やかな感じが漂いますが、それが逆に、 書かれた内容の深刻さを強く印象づけています。このような文章に 漂う雰囲気を、文章の軽みとして評価しました。
 鹿児島大名誉教授 石 田 忠彦

 
「人との出会い大切に」
   田中健一郎さん
 大学卒業後、主に東京や福岡でサラリーマン生活を送った。 はが き随筆の初投稿は、退 職後に古里鹿児島に戻った後の2012年。
身の回りの出来事だけでなく、歌手の並木路子さんや作家の佐木隆三さんら著名人と出会った思い出など、75作品が掲載されている。
 実は毎日新聞の人気コーナー、仲畑流万能 川柳の常連でもある。 「手品で見せたい相 手さがしてる」(1993年)以降、掲載は 通算192句に上る。 今も一日4句を目標に 投稿を続けている。
  はがき随筆の原稿作りのコツは、柔らかい言葉遣いと締めくくりの一文。積極的に多く、の人に話しかけて作品につなげることを心がけている。「人との出会い大切に面白い 話をたくさん聞かせてもらって投稿を続けていきたい」と語る。
【西貴晴】 

 ◆係から
 はがき随筆など毎日新聞への投稿ファンでつくる「毎日ペンクラブ鹿児島」は、会員の投稿作品から選ぶ 第12回ペンクラブ賞に、鹿児島県いちき串木 野市、奥吉志代子さんの「改革は起きる?」 (昨年6月20日掲載) 
▽霧島市、口町円子さんの「カット魔」(9月3日掲載)を選んだ。
 奥吉さんの作品は、働き方改革に絡めて夫 婦の役割分担の様子をユーモラスに描いた。 口町さんの作品は、すき鋏を買った息子と 調髪相手となった孫のやり取りを心温まる家 族の一コマにまとめた。

Tさんのおかげ

2021-02-23 15:35:37 | はがき随筆
 昨秋、急性緑内障を患い、一 段と視力が落ちた。体力も気力 も減る一方。先々の心配をして は落ち込む日が多い......。
 南九州市在のTさんから電話 で「声楽の出張レッスンをお願いしたいけど、家は遠いのであなたの家でさせてほしい」。 
 ドイツ留学帰りの若手テナー声楽家。うっとりするほど艶や.かで伸びやかな歌声。久しぶり に心華やぎ、老い先短いことも 忘れてレッスンを申し出た。コロナ感染予防にマスクをつけて 思いっきり声を出す。 クヨクヨ 気分も吹き飛んでいきそう。芸術性豊かなTさんとレッスンの 度に会える楽しみもできた。
鹿児島市 馬渡浩子(73) 2021/2/18 毎日新聞鹿児島版掲載 


だんご汁の味

2021-02-23 15:26:08 | はがき随筆
 大分県の佐伯に住んでいた母 は、小雪がちらついていた明け 方に旅立った。 あの日から十七 回忌を迎えた。
 父を見送った2年後に88歳に なった母と、今の私の年齢が重なる。ひとり暮らしをはじめた母を気遣いながら、時折訪ねては食事をするのが楽しみで、料理をしている後ろ姿にほっとしたものだ。
 思えば、戦後の食糧難時代に おなかを満たしてくれただんご 汁は思い出の一品。故郷三池の味という。イリコのだしに根菜類を入れたしょうゆ仕立てで素朴な田舎のだんご汁である。 懐 かしい母の味が郷愁をそそる。
 宮崎県延岡市 島田葉子(88) 2021/2/17 毎日新聞鹿児島版掲載

2020年 熊本県はがき随筆

2021-02-23 10:06:30 | はがき随筆
年間賞に野見山さん(熊本市)

 毎日新聞「はがき随筆」の2020年熊本年間賞に、熊本市の野見山沙耶さん(20)の「手を握る」(9月20日) が選ばれた。 熊本県内から投稿され20年に月間賞・佳作となった計15点から、熊本大名誉教授の森正人さんが選考した。

書く営みで考えを確かに
 隣国の新型コロナウイルス感染症のニュースで明けた2020年は、世界的な流行が収まらないまま暮れました。類を見ない速さで開発されたワクチンの接種が今のところ唯一の光明で、社会全体が不安と困難に閉ざされています。とりわけ医療・介護の現場で働いている方々の苦労は、並一通りではありますまい。
 はがき随筆の話題も、この感染症に関するものが目につきました。一見無関係であるかのような作品にも、その影を感じることがたびたびありました。また、昨年は熊本県南部が大きな災害に見舞われました。さほど被 害のなかった地域で も、避難や後片付けに 心を砕いた所が多かったようで、その経験を 綴った作品も目に付き ました。投稿者のなかには太平洋戦争を経験された方々もあって、 終戦記念日、開戦記念日の前後には、戦時下を回想する作品にたびたび出会います。
 それらは、選び取った一事をもって鮮烈に印象づけるものあり、深く静かに心にしみわたらせるものあり、それぞれに味わい深いものであったと思います。
 月間賞3編、佳作2編のうちから、熊本県の年間賞に選んだのは、9月度月間賞の野見山沙耶さんの「手を握る」。随筆と呼ぶにはやや重いテーマかもしれませんが、人の命と心、それに医療という仕事に向き合う姿勢が真率に表現されていると感じました。しかも、書くという営みが考えを整理し、より深く確かなものにすることを如実に示す好例。
  森 正人 

体験から看護師志す
   看護助手として働いていた病院でその男性は服のすそを引っ張り、筆談を求めてきた。身のまわりの世話で多多く接していた高齢の患者。専用のノートには「きつい」「いつ死ねますか」。時には「ありがとう」の言葉も。
 「死なせて」のメッセージ後、危篤となった。男性を見つめ5分ほど手を握り、心が通っていたと思えた。「ちゃんとコミュニケーションはできなかった が、話すだけがコミュニケーションではないと知ることができた」
   現在、看護学校に通 う。国語の授業の一環で随筆に投稿した。医療の道を志したのは留学中の経験だ。 緊急搬送され、会話もままならない自分に親身に接してくれた看護師にひかれた。自身も海外の人を助けられるようになりたいと考えてい る。 【山田宏太郎】