年間賞に田中さん(鹿児島市)
毎日新聞「はがき随筆」の2020年鹿児島年間賞に、鹿児島市の田中健一郎さん(82)の「妻の入院」(1月2日掲載)が選ばれた。救急車で運ばれ心臓手術を受ける妻の緊迫した様子と、案じながらもやがて自宅に戻って一人で慣れない食事の支度をする夫。医療と家事という意外な組み合わせが夫婦の一大事を浮かび上がらせ、独特の余韻を持つ作品に仕上がった。鹿児島県内からの投稿作品を対象に、石田忠彦・鹿児島大名誉教授が選考にあたった。
軽やかな感じ漂う文章
選評
月間賞と佳作のうちで、宇都晃一さん「閑話休題」、清水昌子さん「コロナの時代に」、塩田きぬ子さん「元気なおばちゃん」、田中健一郎さん「妻の入院」 が印象に残りました。年間賞には「妻の入院」を選びました。
宇都さんの作品は、床屋で見せられた後頭部のわずかに残っている白髪に、ややユーモラスにご自分の人生を語らせ、残りの人生に対しても瓢然と構え
ておいでのところが、心地よい文章になっています。
清水さんの作品は、 コロナ禍の時節柄、施設のガラス越しにわずか5分間しか面会できなかった母親の、「もう帰るの」一言は、大げさでなく人生の悲哀を感じさせます。
塩田さんの文章は、92 歳のご婦人にお店でマスクを差し上げた ら、お礼にたくさんの イモをもらったという内容ですが、帰って行 かれる後ろ姿に人生の手本を感じたと書かれ ています。私たちの生活のなかで、いつ頃までか確かに生活の規範であった礼儀という美 徳を、懐かしく思い起こさせる文章です。
田中さんの文章を選んだのは文章に漂う軽みのためです。奥様の急性心筋梗塞の手術という大事はむしろさらりと書かれ、その後で筆者に降りかかってきた家事の大変さは、やや大仰に書かれています。このような対比によって、文章全体からは軽やかな感じが漂いますが、それが逆に、 書かれた内容の深刻さを強く印象づけています。このような文章に 漂う雰囲気を、文章の軽みとして評価しました。
鹿児島大名誉教授 石 田 忠彦
「人との出会い大切に」
田中健一郎さん
大学卒業後、主に東京や福岡でサラリーマン生活を送った。 はが き随筆の初投稿は、退 職後に古里鹿児島に戻った後の2012年。
身の回りの出来事だけでなく、歌手の並木路子さんや作家の佐木隆三さんら著名人と出会った思い出など、75作品が掲載されている。
実は毎日新聞の人気コーナー、仲畑流万能 川柳の常連でもある。 「手品で見せたい相 手さがしてる」(1993年)以降、掲載は 通算192句に上る。 今も一日4句を目標に 投稿を続けている。
はがき随筆の原稿作りのコツは、柔らかい言葉遣いと締めくくりの一文。積極的に多く、の人に話しかけて作品につなげることを心がけている。「人との出会い大切に面白い 話をたくさん聞かせてもらって投稿を続けていきたい」と語る。
【西貴晴】
◆係から
はがき随筆など毎日新聞への投稿ファンでつくる「毎日ペンクラブ鹿児島」は、会員の投稿作品から選ぶ 第12回ペンクラブ賞に、鹿児島県いちき串木 野市、奥吉志代子さんの「改革は起きる?」 (昨年6月20日掲載)
▽霧島市、口町円子さんの「カット魔」(9月3日掲載)を選んだ。
奥吉さんの作品は、働き方改革に絡めて夫 婦の役割分担の様子をユーモラスに描いた。 口町さんの作品は、すき鋏を買った息子と 調髪相手となった孫のやり取りを心温まる家 族の一コマにまとめた。