風来坊参男坊

思い付くまま、気が向くまま、記述する雑文。好奇心は若さの秘訣。退屈なら屁理屈が心の良薬。

石炭・石油、さてその次は太陽さん 520号

2009年04月23日 11時04分43秒 | 随想
軍艦島は長崎市のはるか沖の海上に位置する端島で良質な石炭の採掘拠点だった。最盛期を迎えた1960年には人口5267人を数え、世界一の人口密度だった。高層住宅が林立し、公共施設が完備した都市だった。遠望する景観は軍艦である。

石炭火力発電、蒸気機関車が日本の近代化を牽引し、軍艦島の強粘炭が燃料だった。1960年以降は、石油内燃機関や石油火力・原子力発電に移行し、東京オリンピックの1964年には新幹線が営業運転を始め、1970年の大阪万博を見届け、1974年に閉山し、無人島となった。1955年から18年間継続した高度経済成長の終焉と重なる。

無人島になった年はオイラ30歳だったが、無職になった2009年、軍艦島は歴史遺産として就職する。35年ぶりに観光客が訪れた。

終戦直後の食糧難の少年時代、蒸気機関車の牽引する修学旅行、栄光の1964年は新潟の学校の教養課程に在学中に大地震に遭遇した悲惨な年。自然力は人工物を一瞬にして無にする。人は自然には勝てない。

結婚した1972年が我が人生の頂上だった気がする。石炭と共に頂上を目指し、石油と共に下山した。

そして麓に辿り着いた現在、100年に一度の大不況である。そして石油に代わるエネルギー革命は、太陽光発電である。結局、太陽崇拝に行き着く。弘法大師空海は平安時代に太陽は仏様・大日如来と言っていた。現代人は1200年遅れている。その教えを体感するために、四国を歩く遍路旅をするオイラである。そのエネルギーは米と味噌汁とメザシ。

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