明治時代の八百屋の長兵衛が大相撲の伊勢ノ海親方に野菜を購入頂く商売上の打算から、得意の囲碁でわざと負けたりして親方の接待をしたのが八百長の語源。
丁稚と力士が実行したら汚職になる。
放駒理事長は「八百長は過去には一切なかった問題で、新たに出た問題」
真実かもしれない。力士同士がメールで工作することは無かった。
親方同士が相撲の村社会の防衛と繁栄を考慮して演出した八百長。
勝つ為に訓練する力士は負け方がわからず奇妙な相撲になる。プロの力士なら迫真の負け方で観衆に感動を与える技量が心・技・体充実の名力士。
大相撲は自然のご機嫌伺いをして五穀豊穣を祈願する神事だったから八百長が本質なのだ。八百長は諸刃の剣の必要悪。