KAZASHI TREKKING CLUB

四国の山を中心に毎週楽しく歩いています。

『線で繋ぐ石鎚山~剣山』 矢筈峠~土佐矢筈山と平家ノ森

2022年09月29日 | 四国の山


今週は『線で繋ぐ~』の残り2区画のうちの、丸石小屋から三嶺を繋ぐ予定でいた。

ただやはりこのところのパターンでどうにも天気が良くない。残りの2区画の丸石小屋~

三嶺~天狗塚は、四国のゴールデンルートと呼ばれていて、四国の縦走路としては一番

見応え歩き応えのあるコース。せっかくなら晴れた青空の下を歩きたい。

と言う事で計画していた区間は晴天を狙って順延する事にして、実は残り2区画と言ったが

ずっと懸案事項の区間があった。

昨年、あっちゃんだけ歩いた事のなかった土佐矢筈山に登った時に、ついでに矢筈峠の方に

様子見で往復で1時間程度歩いてみようと言う事になった。途中まで下って目印になりそうな

眺望のある場所から折り返して京柱峠へと戻って行った。その時は綱附森に登るときに、

序に矢筈峠から折り返し地点まで登って、線を繋げられるくらいに考えていたが、実際に

綱附森に歩いた時に、今度は天狗塚からの距離を考えて、更にその先まで歩いたら、笹の

勢いに体力を消耗して時間がかかったのもあって、とても矢筈峠からまた土佐矢筈山に向かって

登る気力が残っていなかった。

と言う事で、矢筈峠から土佐矢筈山の間の僅か1kmほどが繋がっていなくて、最後の2区画

を歩く前に何としても繋げておかなければならなかった。

といっても矢筈峠までは香川からはけっこうな距離と時間がかかるので、その僅か1kmだけを

歩きに出かけるのも二の足を踏んでいた。

ただ四国中央部もクリアして残り僅かとなってそうも言ってもいられず、天気の悪い今日

出かける事にした。今回の短い区間なら雨が降っても問題なく歩ける。そう思って先週も

一緒に歩いたセニョさんにも声を掛けたら、今回も参加すると言う事で、先週と同じく4人での

山歩きとなった。




豊浜SAに7時に集合して出発。高知自動車道から国道195号線、県道49号線と走って

行くが、矢筈峠には豊浜SAからでも2時間20分ほどかかった。自宅からだと3時間以上

かかったことになる。わかってはいたけどやっぱり遠いな~!




このところ三人の中で話題になっているのが、YAMAPのダシュボードの軌跡マップ。

活動日記の中での軌跡は細かく軌跡が記録されているが、ダシュボードの軌跡マップの

軌跡は大雑把で、拡大してみて見ると歩いた日が違うと折り返した地点での線が繋がって

いない。最初は黒滝山の所だけが繋がっていないのを見つけたので、あっちゃんはもう一度

歩き直すと言っていた。一方でルリちゃんは実際に歩いているから、もういいよと意見が

分かれていたが、よくよく調べてみると他にも結構な場所で線は繋がっていなくて、絶対に

歩くと言っていたあっちゃんも、とうとう諦めた。

その問題点をYAMAPに問合せをすると、そういう仕様になっているので申し訳ありませんと

の返事があった。カシミールやスーパー地形図ではきれいに繋がっているので、私は全く問題

ないのだが、YAMAPしか使っていない奥様たちは、どうにも納得できないらしい。

諦めが悪いのか、オーバーラップして線が繋がる様に綱附森の方へ少し歩いて行くあっちゃん。







駐車場から峠の方に歩いて行くと土佐矢筈山の登山口があった。高知の方はこちらから

土佐矢筈山に登って行くのだろうが、香川の人はほとんどこちら側から登ることはない。











登山口からは1293mの標高点を回り込むようにして登って行く。標高点を回り込むと

木々の間から土佐矢筈山の山頂が見えた。










標高点の小ピークと山頂からの支尾根の鞍部を過ぎるといよいよ本格的に登りになってくる。

今日はセニョさんが先頭を歩いている。しかも初めて見るセニョさんのストック姿。『登りが

キツくなってきたので、ストックを使ってみようと思って』と。














前回の折り返し地点には30分ほどで着いた。目印にしていた立ち枯れた木は、一年経って

なんだか小さくなっていた。本来ならここで折り返す予定だったが、セニョさんが車中で

『どうも土佐矢筈山には登ってないかもしれない』と言ったので、『せっかくなら雨もまだ

降りそうもないので、山頂まで登りましょう!』という事になった。

折り返し地点から登って行くと直ぐに山頂直下の笹原の中の道になる。



昨年の折り返し地点の立ち枯れた木













登って行くにつれ笹の色が濃くなっていく。SCWの天気予想では11時位から三嶺辺りは

雨になる感じだったが、この辺りはまだ大丈夫なようだ。ただ白いガスが次々に流れて行く。










すると先頭を歩くセニョさんが『ウワ~!』と変な声を上げた。身体を持ち上げようと

木を握ると変なモノに触ったと言っている。近づいてよく見ると確かにナメクジを大きく

したような生き物。あっちゃんがストックで少し突いてみてもビクとも動かない。

『山ヒル?』と言ってみたが、こんな大きなヒルは・・・・?



ツリガネニンジン



ガスが流れて時々青空が顔を出す。九十九折れの道の一段上を歩く三人。腰の曲がった

老人会の三人が歩いているようだ!(笑)










支尾根から山頂を左に巻くように歩いて行く。道の脇の笹の中には小さなヤマラッキョが

あちらこちらで咲いている。山肌は少し色づいてきているように見える。
















小桧曽山に続く笹原尾根にも、南側からどんどんガスが駆け上がっている。おおよそ一年ぶりの

土佐矢筈山山頂。駐車場から1時間15分、ほぼコースタイム通りだ。













さぁこれで矢筈峠から土佐矢筈山は間違いなく繋がった。少しづつ怪しくなってくる

空模様を気にしながら下山を開始する。













雨にさえならなければ、こんなガスの中を歩くのも涼しくて気持ちがいい。もう少しすれば

この山ももっと色づいてくるだろう。暑い季節が終わり、いよいよ山歩きにはベストな季節

がやってくる。青い空に緑の山肌と錦秋のコントラスト。頬を撫でる乾いた爽やかな風。

そう少しでそんな季節がやって来る。




















山頂を回り込み支尾根の道になると、また前でセニョさんが変な声を上げた。そろそろかな

と思いながら注意をしていたのに、またさっきの山ヒル?に触ってしまったようだ。ただ

よくよく見ると頭に触覚の様な角がある。やっぱりナメクジかな?












笹原の道が終わると自然林の中の道。前を歩く奥様たちと終わったばかりの安倍元首相の

国葬の話になった。『岸田首相は?だったけど、菅元首相の話は朴訥な感じで凄く良かった』と。











山頂から1時間ほどで矢筈峠の峠道が見えた。沿面距離3.7km、行動時間2時間25分。







朝のスタート時間が遅かったのと、予定していなかった山頂まで歩いたのとで、駐車場で

丁度お昼。ここでお昼ご飯にする。お昼ご飯が終わっての久しぶりにコーヒータイム。





お昼ご飯とコーヒーでゆっくりした後、矢筈峠を後にする。計画では折り返し地点を

ピストンして、帰り道にある琴平山か平家ノ森に登るかもしれませんと案内していた。

ただ物部川に架かる大栃橋まで戻ってくると14時近くになっていた。

取りあえず大栃橋から東に195号線を少し走った所の、トイレのある駐車場に車を停め、

電波が届くようになったのでYAMAPを調べてみると、琴平山が往復で5.8km。

平家ノ森が約4kmと載っていた。現在時刻からして距離的にはやはり平家ノ森。

ただ他の人の活動日記を見ると2時間40分ほどかかっていた。

どうもその時間が気になったが、4kmなら2時間。16時には戻って来られるだろうと

踏んで、『それじゃ平家ノ森に登りましょう!』と三人に声を掛ける。

駐車場横から物部川に架かる赤い明石橋を対岸に渡って行く。










平家ノ森は国土地理院の地形図には山名を載っていない。また地元の人たちからは

天王山・天王の森とも呼ばれているらしい。その尖った山頂部を朝通りがけに目にした

セニョさんは密かに登って見たいと思っていたそうだ。

この『天王の森』(クリック)を四国森林管理局がイラストで紹介しているのがとても参考になる。

また他にも『四国の山々たんね歩記(あるき)』(クリック)として四国3県109の山々が

紹介されているので是非一度覗いて見て欲しい。


REIKOさんのHPから写真を拝借




橋を渡ると突き当りで右と左に道が分かれている。駐車場でYAMAPからダウンロード

した軌跡に従って右に折れて歩いて行く。この平家ノ森は帰って調べてみると、RIKOさんや

むらくもさんも歩いていた。皆さんが書かれていた『バイク道』と呼ばれるこの道。ただ7年前に

むらくもさんが歩いた時はこの上にある天王集落の住人のおじさんが、バイクで行き来していたと

書いてあったが、その当時の面影はなく、オフロードのバイクでもなかなか走るのは難しいと

思うような、道は荒れ地面には杉の枝葉が落ちて積もっていて、歩いていても足を引っかけて

度々転びそうになる。











バイク道には谷側にも山側にも石垣が続いている。石垣に沿って広く平らになった場所には

朽ちかけた民家があったが、道に沿った石垣と石垣の間隔は狭くて、宅地ではなく何か

作物を育てていたような雰囲気がする。奥様たちと『何か作っていたんかな?』などと

話をしながら歩いて行く。『ひょっとしたら高知の事ですからミツマタを栽培していたの

かもしれませんね』と話をする。明石橋を渡ってしばらく歩いたところには作業用の

モノレールもあったので畑があったのは間違いないだろう。

そんな石垣を横目に見ながら今度は私が『最近まったく朝ドラの話をしなくなったね?』と

話かける。『巷では評判があまり良くないみたいですね』と言うと、奥様たちから速攻で、

『そうなの何か山場も無理やりでイマイチなの』と返ってきた。

そしてぞの一つ前の朝ドラの話になったが二人ともその題名が全く出てこない。あれだけ

二人で度々賑やかに話をしていたのに。『あ~う~』と思い出せずに唸っている。

密かにスマホで調べて一つ目ヒントを出すが判らず、二つ目のヒントを出してようやく

正解が返ってきた。『あ~スッキリした!』と奥様たち。













地形図の道は天王集落まで続いていたが途中で土砂崩れでその道は消失していた。

過去に歩いた人の記録を見て見ると、この先に鉄の橋と更に先には集落の立派な石垣が

あるようだが、無理やり渡っても危ないので、左に折れて杉林の中へ続く道を進んで行く。








杉林の中の九十九折れの道を登って行くと天王集落の中に入って行った。立派な石垣が続き、

左斜め上に宅内への入り口の様な石垣が続いていた。そこから先で緩やかに右にカーブした

道を歩いて行くと、今度は竹林の中の道になった。







すると前を歩く三人が立ち止まっている。追いつき聞いてみると真っすぐは道が藪いていて

怪しいと言っている。ここでも左手に折れて竹林の中を登って行くと、お堂らしい建物と

その手前に石祠があった。それにしても取付きからここまで道は迷路のように枝分かれして

いたが、最終的には集落、そしてこのお堂の辺りに続いていた。







お堂からは石垣と石垣の間に道が続いている。その段々畑の様な石垣を登って行くとまた

突き当たってしまった。そこから左に折れて石垣に沿って歩いて行くと今度は右手に踏み跡

が続いていた。ここからは短い間隔で右に左に折れながら急登が続いている。

先頭のセニョさんが『なめとったわ~』と言いながら、ストックを置いてきたのを悔いている。

土佐矢筈山では老人会の団体などと茶化したが、ここではアイススケートのパシュート競技

のように足を揃えて歩く三人に見える。














標高が土佐矢筈山と比べて下がって気温が上がったのと、この急登のせいで額から汗が

したたり落ちる。その内に正面に大きな岩壁が見えた。『あれどうやって登るん?』と

ルリちゃんが入っているが、踏み跡がここまであるなら巻き道があるはずだ。

案の定、岩壁が一段低くなった場所に短いがロープがかかっていた。










そのロープ場から岩壁を乗り越すと岩壁の裏側に出た。そこからは先ほどよりも更に急な

登坂が続いていた。九十九折れの切り替えしも更に短くなり一歩一歩足を持ち上げると

いった感じだ。セニョさんが立ち止まって大きなため息ひとつついた。













その九十九折れを登りきると鳥居が見えた。足元は崩れかけてはいるが確かに参道らしき

石段が続いている。ここからは直登で(参道ですから当然)登って行く。










手水鉢があるのを見ると、やはりちゃんとした神社の様だ。その手水鉢を横目に見ながら

登って行くが、こんな急な石段といい、先ほどの九十九折れの急登といい、以前は参拝していた

人達は果たして平気でここまで登って来たのだろうか?







その石段を登りきると石積みに囲まれた社殿の須賀神社があった。こんな山中によくぞこんな

重そうな石を運んできたもんだと感心する。平家ノ森の山頂はその須賀神社の奥にあった。

キティーちゃんのプレートは経年によって二つに割れていた。セニョさんはそんな割れた

キティちゃんのプレート見ると持参した修理道具で貼り合わせて修理をしていたが、

今日は修理セットを持ってきていないと悔やんでいる。











山頂からは更に奥に進んで下って行く。急坂を下りきった所で地形図に載っている三差路にでた。

ここから北に破線は続いていたが藪ぽい道なので、踏み跡がしっかりした道を左に折れて周回する。







杉林は枝打ちはきれいにされていたが、間伐された木は運び出される事なく斜面に転がっていた。








登りで歩いた道まで戻ってきたが途中からその道を外れて、突然立派な民家の横に出た。

まだ人が済まなくなってあまり時間が経っていないのか、建物は傷んでいなくて、声を

かけたら今にも住人が出てきそうな雰囲気がした。その民家の真下には立派な水場が

あり、管を通して冷たい山の水が途切れることなく流れていた。往路で集落の中を通った時、

あっちゃんが『こんな山の中でお水はどうしてるんかな~』と言っていたが、この高知でも

徳島でも、山間部では水の心配はないようだ。







建物はそうでもなかったが宅地は萱が生え放題で行き先を見失ったが、しばらく探し回った後、

それらしい場所を下って行くと往路で民家の入り口に見えた場所に出た。そこからは地形図の

破線に沿って往路と同じ道を下って行く。駐車場には予定通りおおよそ2時間で駐車場に着いた。













歩行中は危惧していた雨に降られることもなく、車で移動している時だけ雨は降ってきた。

ずっと懸案事項だった矢筈山から土佐矢筈山の区間も繋がり、これで心置きなく四国の

ゴールデンルートを歩いて線で繋ぐのフィナーレとすることが出来そうだ。

それにしても来週も水曜日が天気が悪そう。気持ちよく歩ける晴天の日はいつ来るのだろうか?


今日のトラック




『線で繋ぐ石鎚山~剣山』橡尾山~カガマシ山

2022年09月22日 | 四国の山


やはり9月だなと最近ツクズク。そう思いながら今週も台風情報にずっと耳を傾けていた。

伊勢湾台風以上の強さだという気象予報士の言葉に、刻々と変わる情報を注視していたが、

夜中に風がとても強く吹いていた印象はあったが、幸いにして香川県内に大きな被害は

でなかったように思う。(間違っていたらすみません)

ただ気になるのは台風一過の登山口までの道路の状況。前回の県道272号線が倒木に

よって道が塞がれ、登山口まで行けなかったのが脳裏に浮かんでいた。県内はそうでも

なかったが、大豊町周辺での雨量はどうだったのだろうか?土砂崩れで通行止めになって

いないだろうか?

資料によるとこの笹ヶ峰から工石山にかけての山域の地質は三波川変成帯に属し、その

脆弱な岩石が度々地滑りを引き起こしていたという。GooglMapの航空写真で見ても、

緑の中に白く崩れた場所があちらこちらにあるのが見て取れる。また2018年の西日本

豪雨で高知自動車道の立川橋の橋桁が流失したのは記憶に新しい。県道5号線も笹ヶ峰

隧道を挟んで、北と南側で未だに道路の崩壊の復旧で通行止めになっている。

そのせいで新宮側からのアプローチは難しく、皆さんが歩いている北側から橡尾峠に登り、

カガマシ山、橡尾山、そして笹が峰を周回するコース取りは諦めた。代わりに思いついた

のが先週歩いた立川越からのピストンと、今日歩く南側の仁尾ケ内から取り付いての往復

だった。但し周回コースならば一回で済む橡尾山から笹ヶ峰の間のスズタケ藪を往復

しなければならない。登岐山のスズタケ藪で分かった事だが、スズタケ藪は下りより

登りの方がかなり体力を消耗する。下りきった後にまた戻って登り返すのが・・・・?

エントツ山さんからは『そんなに難敵ではないのでガンバレ!』と励ましをもらったが

果たして我々にとっての藪度はどれくらいだろうか?道路の状況とその藪度が気になり

ながら朝を迎えた。

先週の笹ヶ峰で久しぶりに一緒に歩いたセニョさんに『セニョさん、橡尾山カガマシ山

は登った事がないでしょう』『来週も一緒に歩きます?』とお誘いしたら即決した。

豊浜SAで待ち合わせをして一台に乗り合せした後、高知自動車道を大豊まで走る。ICを

降りて直ぐに県道5号線を北に向かう。片側1車線の道は道路幅もあって快調に飛ばして

行くが、途中から台風の風雨で落ちた木の枝や葉が道路に散乱していた。

立川から西に折れ仁尾ケ内林道を進んで行くと、道路には山から出た水が路面を流れていた。

4km弱進んだところで道の右側にバス乗り場と待合の建物と、分岐になっている道には

真っすぐ進むと工石山の案内板。道は鋭角に右に折れると仁尾ケ内の集落へと続いている。

集落の中をゆっくりと走って行き、2回程カーブを曲がって登って行くと民家が途切れ、

いよいよ林道となる。道はやはり山からの出水、そして風で落ちた木の枝。すると後ろの

席でルリちゃんが『あっ!』と声を上げた。道の先を目を凝らして見てみると前回と同じ

絵面。道の上に斜めに倒れた木が見えた。ガ~ン!またか・・・・!




ただ今回は前回の木に比べると幹回りが細い。セニョさんと二人で抱えながら少しづつ動かし、

何とか車が通れる幅が確保できた。ただその先で路面の状態も悪くなり落ちた木の枝で

これ以上進めないと判断して、予定していた鎖のかかったゲートまで行くのは諦めた。

皆さんに『仕方がないのでここから歩きましょう!』と声を掛け、予定していた場所まで

片道2km弱余分に歩くことになる。

8時25分スタート。先ずは鎖がかかったこちらから登っている皆さんが車を停めている

場所まで林道を歩いて行く。

道にはやはり木の枝が散乱していて車で来るのは無理だったと直ぐに判った。

















香川では風は強かったが雨の量は大したことがなかったが、この辺りは結構雨も降ったようで

コンクリートの橋の上に水が溢れて勢いよく流れていた。ショートの登山靴だった奥様二人は

靴の中に水が入って『キャー』と悲鳴をあげている。車を停めた場所から30分ほどで予定

していた鎖がかかった場所に着いた。













ここから何度かヘヤピンカーブを曲がり、ぐるっと周回になっている林道の分岐から、

左に進むと、伐採地のさらに上で周回路から分岐して左に続く道がある。その道をしばらく

歩くと道の脇に『カガマシ山登山口』と書かれた木の道標があった。






アキノキリンソウ









その道標から斜め上に白い道標が見えた。少し籔いていたがその道標をめがけて藪の中へ

登って行く。藪は直ぐに終わって杉林の中に入って行く。普段なら登山道が続いているの

だろうが、とにかく地面は落ちた杉の枝葉で埋まって踏み跡が全く分からない。

所々にある赤テープが頼り。













2回程細い谷筋を越え、唯一踏み跡が判る場所を数十メートル登って行く。次第に傾斜が緩く

なってきて、しばらくすると橡尾峠に着いた。

















峠に着いた途端に北側から冷たい風が吹きあがってきた。峠から先ずは橡尾山へと歩いて行く。

広尾根も先ほどと同じように一面の落ち葉で踏み跡はほとんど分からない。背の低い笹が道に

広がってくると次第にその背丈が高くなり、腰から下が露で濡れて、ズボンの下の肌に

その濡れた冷たさが伝わってきた。気温も低いのか吐く息が白い。











県境杭とテープを目印に進んで行くと、笹が刈り払われた少し広場になった場所に出た。

三等三角点 栃尾 1222.1m 山名標がなければ山頂だとはまず気づかなかった。

ここから始まるスズタケ藪に備えて水分補給と行動食を口にする。あっちゃん

セニョさんにバナナを勧めると、珍しくセニョさんもバナナを口にする。











さぁ~ここからが今日の核心部。事前にYAMAPで学習して、このまま直進するのではなく、

少し西に戻って山頂を北側に巻くといいと書いてあったので、10mほど引き返すとテープが

あった。北に向かって踏み跡は下って行っていて少し不安になるが、直ぐに右に折れて

山頂の北側をトラバースするようにテープは続いていた。そのテープに従って歩いて行く。










山頂直下を過ぎ北東に続く尾根に乗るとスズタケの尾根になる。尾根に真っすぐに立つ

枯れた木が一本。笹ヶ峰に続く稜線が見渡せた。この辺りまでのスズタケはまだ柔らかく

それほどでもなかったが、立ち枯れた木から先は固い茎のスズタケの藪になった。

背丈を超えるスズタケを掻き分け掻き分け進んで行く。もちろん踏み跡などないがスズタケの

下に獣道だろうか?空間が続いている。その空間があるうちは足元が踏み出しやすくそんなに

苦にならなかったが、どうもその空間が尾根から外れ北に向かって下がって行っている。

仕方がないので尾根に向かって方向を変えるが、その空間は無く、とにかく足がスズタケの

密集した茎に遮られて、前に踏み出せない。足を持ち上げようにも硬い茎は曲がらず踏み越え

られない。にっちもさっちも身動きが取れないので、身体ごと前に飛び込み倒れてスズタケを

倒して行く。今までいろんなところで笹薮を経験してきたが、ダイビングするなんて初めてだった。

後ろから来る三人もけっこう苦戦しているが、とにかく先頭は体力の消耗が激しい。
















山頂から20分強でやっとスズタケ藪を一旦飛び出した。しばらくはスズタケの尾根は続くが

一番密集していたのはこの区間だった。ここからのスズタケは密集度も違い柔らかくて

掻き分けると割とスンナリ進んで行けた。







スズタケ藪が終わると尾根の雰囲気はガラッと変わってくる。時折尾根に突き出すように

大きな岩が現れ、その度に北側に巻いて下って行く。







そして前方が開けた場所に立つ。左には高知自動車道の立川SAが見え、右には

双耳峰の野鹿池山、そして先週も写真に収めた立川越手前の工事現場も見える。










何ヵ所かの大岩はほぼ北側を巻くようにして下る。結構急な場面ではセニョさんも苦労して、

お尻をつきながら下ってきている。











所々でテープもあるが大きな県境杭も目印になる。ライオンの横顔の様な岩では、右も

左も切れ落ちていて、どうも巻けそうな感じがしない。するとあっちゃんが岩の横に

歩いて、『ここから行けるわよ!』と。ただし足元は切れ落ちている。岩に沿って

恐る恐るでスリリング!














スズタケ藪は終わったものの、急な斜面の尾根とトラバースでスピードは全く上がらない。

思った以上に時間がかかっている。







山頂から1時間10分で先週折り返した1029mとの鞍部に着いた。予定ではここから

折返して、橡尾山山頂でお昼にしようと思っていたが、もう既に12時が近かったので、

ここでお昼ご飯にする。先週折返しの目印にした二筋の赤テープも確認できた。

いつもはお昼を食べないセニョさんが、珍しくクリームパンを頬張っている。










シコクブシ



お腹を満たした後は、さてさて今日の仕上げにかかろう。まずは問題のスズタケ藪まで

急登を登って行く。藪漕ぎを想定して橡尾山に邪魔になるストックを置いてきたので、

登りでストックが使えないのが意外と堪える。最初は背の低い笹の尾根だったが、

スズタケが現れると斜度も次第に急になる。ストックの代わりにスズタケの茎を握って

体を持ち上げる。














核心部のスズタケ藪に入る手前で、往路で苦戦した少し尾根から北に外れたコースではなく、

尾根をそのまま直進したら、これが大きな間違いだった。下りでは足元の空間がなくなった

のは最後の数メートルだったが、尾根のスズタケは最初から全くその空間がない。

緑の葉の部分は掻き分けると何とかなるが、足元の硬い茎は密集していてビクともしない。

仕方がないので何度も前方にまたダイブして、身体全体でスズタケ全体を抑えつける。

当然写真を撮る余裕など全くないのに、後ろから来る奥様たちはその踏みつけた後を

来るので余裕の様だ。こうなったヤケクソ。気合を入れて奇声をあげて何度もダイビング!













ヤケクソ、勢いをつけて前方のスズタケに飛び込む瞬間!



幸いにして昨日までの雨風で笹埃はほとんどたたない。これで乾いた笹から埃が舞い上がった

ならほとんど地獄の行進だった。少し藪がマシになった所であっちゃんが先頭を変わってくれた。

目印だった立ち枯れた木からはスズタケの背丈も低くなり、密集度も変わり格段に柔らかく

なって、今までに比べると随分と歩きやすい。途中で北側に見えたのは翠波高原だろうか?
















スズタケ藪が終わり山頂直下のトラバースを登りきると、鞍部から1時間10分で橡尾山の

尾根に出た。スズタケ藪と急な下り坂と登り返しの急登で、登りも下りも時間は変わら

なかった。尾根に出て西に向かってカガマシ山を目指して行く。









シコクママコナ



橡尾峠の手前には石積みが残っているが、何の石積みかは分からない。ここからカガマシ山

までの尾根は北側は急峻、南側は緩やかな斜面になっている。その尾根の際を歩いて行く。













1233mの標高点を過ぎると、少し北側に広がった尾根にブナの巨木が何本も立っていた。

そこから先に北側を遠望できる場所が何ヵ所かあった。普段は近眼で遠目はほとんど

見えないが、一番奥に空と海の境界に半島らしき影が薄く見える。あっちゃんに『ほら

荘内半島が見える!』と教えてあげたのに『え~本当~~』と全く信じてくれない。








1233mとカガマシ山との中間で尾根に露岩が現れた。ここからも北側の景色が見える。

その景色を見ながらルリちゃんが、庄内半島や五岳山が見えると教えてくれた。私の目にも

庄内半島や大麻山や五岳山、天霧山も見えた。『ほらね!』とあっちゃんに。










その岩場をやり過ごすと尾根には笹が現れた。さっきの橡尾山のスズタケに比べれば、

楽勝楽勝!前を行く三人もどんどん進んで行く。この辺りは鹿害で樹皮をめくられた

痛々しい木々が目立つ。











昨年に始めた『線で繋ぐ石鎚山~剣山』はこのカガマシ山を中川峠から繋いだのが

最初だった。それが去年の6月24日だったので、カガマシ山は1年3か月ぶり。

以前に比べて下草が伸びたような感じがする。そのせいでしばらく4人で三角点を

探し回ったが、雑草に隠れた三角点はカガマシ山の山名標の足元にあった。

三等三角点 大戸山 1342.6m





セニョさんはこれで二座をゲット。ピークハンターのセニョさんとしては、橡尾山からの

スズタケ藪は余分だったのに、何とか付き合ってくれた。それじゃ予定より時間がかかって

いるので、急いで引き返しますか!

予定では車を停めた場所に16時30分。最長でも17時までには下山しましょうと声を

掛ける。大ブナを横目に見て、さらに岩場を通過してどんどん下って行く。
















眺望のきく場所では、観音寺の港から七宝山、そして庄内半島が先ほどより良く見えた。

尾根の右側が自然林から杉林になってくると橡尾峠が近い。ルリちゃんとセニョさんは

尾根に沿って歩いて行ったが、あっちゃんが右手に杉林の中へと歩いて行ったので、後ろを

ついて行く。そのまま進むと登山口から峠に出る手前に突き当たる。
















往路の道に飛び出し峠から来る二人を待って一緒に下って行く。道はやはり台風で落ちた

杉の枝と葉で、埋まってしまって道が全く分からない。テープを目印に下って行く。







10分ほど下って行くと道を少し外して、往路で取り付いた登山口から少し外れて林道に出た。







この上の登山口から車を停めた場所まで4km強。スピードを上げて林道を歩いて行く。

この植栽地の杉の木はとにかく立派な高木ばかりだ。中埜林業さんの所有地だそうだが、

きれいに枝打ちされて真直ぐに、そして高く空に向かってすくすくと伸びている。














最初に靴を濡らした奥様たち。替えの靴が車に乗っているので、『エエイ・ままよ!』と

せっかく乾いた靴の中を濡らして渡って行った。上の登山口から1時間10分で到着。

YAMAPでは16.5kmだが、スーパー地形図の沿面距離では18km。その内

林道をけっこう歩いたのと、累積標高がそうでもなかったので、今年に入って最長の

歩行距離と時間の割に思ったより疲れがなかった。やはり昨日から急に涼しくなり、

暑さによるバテが軽減されたのだろう。来週の丸石小屋から三嶺が16kmで10時間を

予定していて、その距離と時間に少し腰が引けていたが、今回で少しは目途がついてきた。

残る問題点はあっちゃが名頃7時集合に間に合うように起きられるかどうかだ。(笑)


これで石鎚山から天狗塚が繋がった(一部残っていますが)。残り2区間。さぁいよいよ

ラストスパートだ!













帰り道、仁尾ケ内林道に沿って流れる立川川は台風の後の増水で、大きな音をたてて勢いよく

流れていた。ただ普通降雨の後の増水では川の水は握っているが、この川は普段と変わらず

青く透き通った川の水の色。地質によるものだろう。立川まで戻ってくると普通の民家に

怪しげな看板。こんな山の中の集落で、どんな女性が出てくるのか?車の中で笑い合いながら

その和風スナックを通過して帰路に就いた。








今日のトラック

『線で繋ぐ石鎚山~剣山』 立川越~三傍示山~笹ヶ峰

2022年09月15日 | 四国の山

『線で繋ぐ石鎚山~剣山』も四国中央部は残すところあと2区間となって来た。

先週はスタート地点となる立川越に向かう途中で、前日の台風の影響で道路を塞ぐ倒木で

計画を諦めた。一週間経った今週気がかりだったのは、やはりその倒木が撤去されているか

どうか?メンバーの奥様たちも同じ気持ちだったようで、前日までの連絡のやり取りの中で

ルリちゃんも倒木が心配だと言っていたので、もし時間が合ったらご主人と一緒に出掛けて

行って、チェーンソウでその倒木を切っておいて下さいとお願いをしたら、それは無理なので

当日にチェーンソウを持って行きます!なんて話になった。(笑)

そんなやり取りをしていたら、先週末になって珍しくセニョさんからメッセージが届いた。

『三傍示山と笹ヶ峰は既登の山ですが、YAMAPを始める前で、データーが取れていない

ので、参加してもいいですか?』という内容だった。もちろん断る理由もなく、7月の

中津山以来、ご一緒する事になった。

7時30分、道の駅たからだの里へ集合して私の車に乗り合せて先週と同じく先ずは大歩危の

コンビニへと向かう。県内の空は雲がかかっていたが、南下していくにつれ青空が広がって

きた。やはり天気予報通り今日は暑くなりそうな予感がした。





コンビニで行動食を買った後、県道272号線を立川越へと西に向かって走る。気がかり

だった先週の倒木は、この県道272号線から271号線の分岐の手前にあった。その分岐

から先は立川越までは林道なので道の状況は分からないが、倒木のあったヶ所は一応県道

だったので、おそらく1週間経てば撤去されているだろうと予想していたら、案の定途中、

倒木の影も形もなく、すんなりと分岐まで走れた。271号線への分岐から先はやはり道は

落ち葉や落ち枝で荒れたままだったが、途中で草刈り機を持って作業の準備をしている人達の

姿があった。道に被さってきている雑草を刈る作業をするのだろうか、ご苦労様です!

先週車を停めて野鹿池山へと向かった場所から今日もスタートだ。








しばらくは林道を立川越へ西向かって歩いて行く。先週の土捨て場への分岐から先は、道の

両側から萱や雑草が覆いかぶさり、車ではとても走れる状態ではなかった。その分岐から

少し下って行くと、林道布生山線の標識と、三傍示山登山口の立派な道標が立っていた。







その標識から北に向かって林道は続いていたが、既にこの林道は道の体をなしていなかった。

路面は萱が伸び放題で、道が深く崩れている場所もあった。まだ露に濡れた萱を掻き分け

ながら歩いて行くと、事前に見ていたYAMAPの他の人の活動日記に載っていた廃車が

道の脇に転がっていた。







その廃車から先は荒れていた路面もアスファルトが見える状態になり、小さなピークを廻り

込むようにして登って行くと、登山口に着いた。取付きには赤テープがあり、右に続く尾根は

見るからに急な斜面だった。













見た目通り登山道はいきなりの急登。まだ濡れた路面に時折足を滑らせる。『これは帰りの

下りは注意せんといかんね!』とあっちゃん










三傍示山の傍示とは『札を立てて国境を示す事』。三傍示はすなわち三つの国境。愛媛・徳島・

高知の県境なのだ。その傍示に沿って、まずは徳島と高知の県境尾根を歩いて行く。







急登が終わると周りにはシャクナゲ。少しは息切れが楽になったが、それにしても汗が

半端ない。水分をこまめに取っていくが、直ぐに汗になって噴き出ている感じがする。











三傍示山までは登り一辺倒だと思っていたら、少しだけ下るヶ所が二度ほどあった。

さらに登って行くと尾根の真ん中に大きくひっくり返って根の裏がまるまる露出した木。

工石山の天然ひのきの風倒根を小さくしたような感じ。







この区間で唯一東に開けた場所があった。遠くに見える山々は祖谷山系の山だろうか?

標高が1050m辺りになってくると、登りも緩やかになり周りの植生も変わってきた。

前を歩く三人のスピードも上がってきた。
















スタート地点から1時間20分で、三県の県境についた。木に掛けられた割れたプラスチック

はキティーちゃんのプレートだろうか?







この県境からまずは三傍示山に向かう。ここからの県境は徳島と愛媛の県境になる。







三傍示山山頂は少し開けて広場になっていたが、木々に囲まれ眺望はなかった。

山頂には山名標と三等三角点 大吾山 1157.8m。徳島県では最西端、愛媛県では最東端

の山となる。ザックを降ろし水分補給と行動食を口にして、写真を撮ったあとは直ぐに次の

笹ヶ峰へ向かって行く。







三県の県境まで戻り、西に向かって最初は下って行く。ブナなどが立ち並ぶ自然林の中の

尾根道。975mの標高点辺りまで緩やかな下りが続いて行く。










時々遠望できる場所もあったが、木々越しの景色で見ごたえはない。

北に見えた山々



唯一見えた前方の景色は橡尾山からカガマシ山に続く稜線?




先程の県境からは青色のビニールテープが結構な数、木に括り付けてあるが、このビニール

テープは経年で細かく裂かれてしまうので、あまり数が多いととても見苦しい。











尾根道が登りになってくると足元に少しづつ笹が現れ始めた。この尾根の県境は愛媛と

高知の県境となる。







笹ヶ峰山頂の手前の笹ヶ峰峠には歌碑と県境碑が立っていた。土佐北街道の峠となっている

この場所、その横の案内板には明治以降旅人の為のわらじや餅を売る茶店出されていたと

書かれていた。その峠からひょいっとひと登りすると笹ヶ峰山頂に着いた。今日はここから

先の橡尾山に向かって途中まで歩く予定。ただこの先腰を降ろせる場所があるかどうか

分からなかったので、この山頂でお昼ご飯にする。もちろんあっちゃんが『お腹が空いた~!』

と騒ぐ前にという意図もある。

















三人が食事をしている間、ルリちゃんが差しだした果物を口にしただけで、セニョさんは

お昼ご飯を抜いている。『大丈夫ですか?』と奥様たちが心配するが、本人はいたって平気。

お昼ご飯を食べたらここから更に西に橡尾山方面へと足を延ばす。次回のカガマシ山から

橡尾山を歩いて、さらに今日の折り返し地点まで歩いて線を繋げようと云う計画なのだ。

橡尾山から東は登岐山並みのスズタケ藪が待ち構えている。それを往復するのは果たして

可能か?(ほとんどの人が周回で、その藪を往復した人はほとんどいない)

その為にも出来るだけ今日、橡尾山方面に距離を延ばしたい。目標としては1029mの

標高点の先にある、この区間の最低鞍部まで行きたいと考えていた。

山頂から西は緩やかな下り坂。するとすぐに三角点に着いた。四等三角点 笹ヶ峰 1015m







三角点の少し先で木々の間から橡尾山が見えた。地形図ではここから200mほどの

高低差だが、ここから見える橡尾山はけっこう高低差があるように見えた。『あの斜面

一面がスズタケ藪だったら、相当苦戦するな』と思った。








尾根は高知自動車道の笹ヶ峰トンネルの上部辺りまで広尾根になっていて、時々方角を

見失ったりする。笹ヶ峰からこちらは赤テープがあるので、それを目印に歩いて行く。

尾根には先日の台風で散った木の葉や枝が散乱していた。



















目標としていた1029mの標高点が近づいてくると尾根はスズタケが密集し始めた。

そのスズタケ藪が始まる地点で、先頭を行くあっちゃんは尾根から少し北側を歩いて

行ったが、あとからの三人はそのまま藪に突入してみると、スズタケの背丈が高くて

前方の様子が全く分からない。掻き分け掻き分け歩いて行くと突然南側の景色が開けた。

正面に斜面が大きく崩れた場所に工事現場らしい白いコンクリートの法面が見えた。

以前に今日のスタート地点に立川番所書院から来ようと思って、立川越の手前で通行止め

にあった土砂崩れの現場だった。その奥には野鹿池山が見える。

このままスズタケの藪の中を歩いているとかなり時間がかかりそうなので、あっちゃんが

歩いて行った場所まで戻り、同じように尾根の北側を歩いて行く。













1029mの標高点から少しだけ下がり、笹ヶ峰隧道の上部の手前がこの区間の最低鞍部

になる。YAMAPを見ながら、『それじゃここで引き返しましょう』と声を掛ける。

折り返し地点はYAMAPで確認できるが、一応目印は二本巻かれた赤テープ。











折返して広尾根をゆっくり登っていると、前を歩く奥様たちが立ちどまって何やら写真を

撮っている。周りは特に何でもない場所。『どうしたの?』と聞いてみると、あっちゃんが

嬉しそうに『ここが笹ヶ峰トンネルの上なの!』と。・・・・・・・??










笹ヶ峰まで戻ってきた。山頂で水分補給。ザックを降ろすと背中も前も、皆さんたっぷり掻いた

汗で濡れたシャツの色が変わっている。山頂直下の峠は南北に道が続いているが南に下った道は、

県道5号線からだと30分ほどでここまで登って来られる。前回セニョさんがWOC登山部で

歩いた時は、この道を登ってきている。そして三傍示山への分岐にはさぬき山好会の道標が

掛けられていたが、プレートには三方示山と書かれていた。伊予国では三峯、阿波国では

不生山と呼ばれていたらしいが、三方示山はそのどちらにも当てはまらない。










三傍示山までは緩やかな下りと登りの道が続いて行くが、前を歩くセニョさんのペースが

極端に落ちてきた。平坦な場所ではそうでもないが、登りになるとあっという間に前の

奥様たちに離されていく。










三県の県境に着いた途端に、ザックを降ろして『バテた!』とセニョさんが珍しく弱音を

吐いた。おそらくお昼ご飯を食べなかったのでシャリバテだろうと思うが、セニョさんから

そんな言葉を聞くのは初めてだった。











時間は14時20分前、スタートしてから5時間20分を経過しようとしていた。

『それじゃスタート地点まで15時30分目標で下って行きましょう!』と声を掛ける。

ここからはほぼ下り、バテていても何とか足は前に出て行くでしょう。

でも結局何だかんだといいながら、奥様たちのスピードに釣られて、県境から50分

ほどで林道の登山口へと降り立った。
















先に降りたあっちゃんが登山口とは反対に尾根の南側に分け入った。何をしてるかと思えば

先ほど見えた土砂崩れの工事現場の写真を撮ってきた。稜線からの遠目では判らなかったが

写真を見ると工事は以前見た時に比べてかなり進んでいた。








登山口から荒れ放題の林道を通り立川越へと出る。途中道の脇から三傍示山の方の景色が

見えるが、見えたピークが三傍示山かどうかは分からない。途中で見えた大豊側の通行止めの

せいで、車の通らなくなったこちらの林道も結構荒れている。登山口から15分ほどで

スタート地点に戻ってきた。

大汗を掻いたシャツは絞れば汗がしたたり落ちそうな感じ。ズボンも股まで汗で色が変わって

いる。靴を履き替え、全員が服を着替えて車に乗り込んだ。

県道へと向かう途中で、朝見かけた人たちがまだ道の脇の草刈りをしていた。作業している

手を止めたり、車を移動してもらったりしながら通過する。

さぁ来週はいよいよ四国中央部の最後の区間。そして残りの区間の中でもっとも登山道の

状況が気になる区間。プチファーマさんからは心して・・・とアドバイスを頂いた。

またまた近づいてくる台風も気になるが、先ずは自身の体調を万全にして臨みたい。














今回のトラック

『線で繋ぐ石鎚山~剣山』は諦め、虚空蔵山

2022年09月05日 | 四国の山
東から西に進んでいた台風11号が、ブーメランのようにUターンして北東に

戻って来た。今回の台風はヒンナムノーって云うらしいけど、どうやらラオスの国立保護

区の名前が由来だというが、そもそもラオスといわれてもどこにあるのか直ぐに思い浮か

ぶ人は少ないだろし、どうしてそんな名前がつくのか不思議に思って調べてみると、台風

委員会(日本を含む14か国等が加盟)が2000年から、北太平洋または東シナ海の領域

で発生する台風に、同領域内で用いられている固有の名前を付けることになったそうだ。

その各国で10個程度の名前を挙げ、発生順に140個の名前を順番に用いている。

ちなみに日本が命名した名前も10個あり、テンビン、ヤギ、ウサギ、カジキ、カンムリ

クジラ、コップ、コンパス、トカゲ、ワシとどれも星座の名前に由来している。


前置きが長くなったが、今回は台風一過の水曜日。四国に一番近づいた時の様子がどうな

るかが一番気になっていた。雨の量によっては登山道もひょっとしたら荒れているかも

知れないし、何より県道272号線から立川越までの道路の状況に気を揉んでいた。


計画では前回もスタート地点となった立川越の手前から林道を少し歩き、まずは三傍示山

まで登り、次に笹ヶ峰へと稜線を歩いて行く。そしてあわよくばその先の1029mの

標高点のさらに先の鞍部まで行けないかと考えていた。

そうすればその次のカガマシ~橡尾山を南側の仁尾ケ内から取り付いて往復し、橡尾山

から今回の鞍部までさらに往復すればカガマシ山~立川越までが線で繋がる。

但し橡尾山から東の尾根は登岐山並みのスズタケの藪が待ち構えているうえに、13~14

kmになるので、そのスズタケ藪を往復するのが可能かどうかが大問題。

ましてや先週の絶不調が頭に浮かんで計画段階で早くも弱気になる。




色々考えても仕方がない、取りあえずは今日の予定をクリアするのが先決。奥様たちと

いつものようにたからだの里で待ち合わせをして乗り合わせて国道32号線を南下。

猪鼻峠がトンネルになってやっぱり随分楽になった。大歩危のローソンまで順調だったが

空模様が怪しくなった。どんより曇った空に周りは霧雨。天気予報の台風一過という

言葉を信じ切って雨具を持ってこなかったあっちゃんが、コンビニでビニールカッパを

購入した。(雨具は絶対持ってこないといけないとあっちゃんもを窘める)

コンビニから南に少し走って県道272号線を右折。所々で道の脇に立つ妖怪を横目に

見ながら進んでいくと、最終民家を過ぎ、周りが杉林になってくると、台風の影響か、

道路には落ち葉や落ち枝が散乱していた。タイヤで踏むと跳ね返った枝が車の脇や底に

当たって嫌な音がする。

周りはまだガスの中、視界もそんなに良くはない。冗談で『メジカの新子ツアーに変更

しますか!』と奥様たちに話をする。今日はWOC登山部では登山ではなく土佐久礼の

大正市場にメジカの新子を食べに出かけていたのだ。天気がこのまま悪いようならその

WOC登山部に合流してもいいかもと話をしていたが、まだこの時点では三人とも登る気

満々。『でも台風一過だから海がまだ荒れていたら漁にも出ていないかもしれないね』

などといらぬ心配をしながら走っていると、霧のかかった道路の先に何やら怪しげな

斜めの線が見えた。『もしや!』と思って近づいて行くと、案の定道路を跨ぐようにして

木が倒れていた。ガ~~ン!

手前で車を降り木を持ち上げようとしたがビクともしない。山際に無理やりよれば車高が

低いので通れそうな感じがしたが、際には道路側溝が草に埋もれて隠れていた。










何とも、さっきまで言っていた冗談が本当になった。仕方がないのでUターンが出来る場所まで

バックして県道を引き返す。先週走った野鹿池山へ林道を走る手もあったが、恐らく時間は

1時間近くかかるだろうし、道路の状況もどうなっているか分からない。

というのも言い訳ぽく。もう頭の中も口の中もメジカの新子で一杯。そうとなれば水揚げが

あっても数に限りがあるらしいので急がねばならない。県道を引き返し、大豊ICから高速に

のり一路、土佐久礼の大正市場へと車をかっ飛ばす!


倒木のあった場所から100km以上走って着いた大正市場の駐車場。時間はすでに11時

近くになっていた。果たしてメジカはあるだろうか?気を揉みながら市場へと入って行くと

『メジカの新子、あります』と書かれた札が見えた。『やったー!』




しかも周りを見ると馴染みのあるWOC登山部の顔ばかり。『あれ、どうしたん!』と聞かれ

事情を説明して露店の前でしばらく話し込む。登山部のメンバーは注文を終えて既に食べ始め

ていた。私たちも名前と入り数を紙に書いて順番待ち。








すると紙にはそれぞれ2匹とか3匹とか書かれていたが、何と30匹と書いている人がいた。

お店のおばちゃんもメジカを捌くのに必死。(数が少ないのに少しは遠慮しろよと思った)











結局随分と待った挙句に、その30匹がなかなか捌けず、『よかったら隣のお店で注文して

もらえませんか』とお店のおばちゃん。待っている間に奥様たちは既に缶ビールを飲み干そ

うとしていた。運転手の私はそれを横目に見ながらお預け。

待ちに待ったメジカの新子は今まで味わったことのないモチとした食感に、噛めば噛むほど

うまみが出てきた。やはり生後1年未満の幼魚。人間も歳をとるごとに身体は固くなり、

弾力性もなくなってくる。それに比べて赤ちゃんの身体は柔らかくぷにゅとした感じ。

メジカの新子もまさにそんな感じがした。登山部のメンバーはこの後近くを観光すると

言うのでお別れして、我々はせっかくここまで来たので近くの山を一つでも登ろうと

言う事になり、YAMAPを検索。







登山口までの移動時間や行動時間を考えて、佐川町との境にある虚空蔵山に登ってみる

事にした。







須崎市の市街地を抜け、国道494号線を佐川町方面へ。この道は以前、WOC登山部で

蟠蛇森 に来た時に通った道。その道を斗賀野トンネルの手前で左に山の方へと上がっていく。

道なりに進んで行くがとにかく前から大型ダンプがやってくる。採石場でもあるのだろうか?

と思ったていたら途中に須崎鉱発勝森鉱山と書かれた看板の奥に何台ものダンプが停まっていた。

そこから更に走って行くと、左にパーキングと書かれた案内板があった。案内板に従って奥に

ある駐車場に車を停めて登山靴に履き替えてスタートする。
















山頂へと続く車道を歩き、駐車場から二つ目のカーブを過ぎると左側に山崎記念天文台の

案内板と天文台らしき施設があった。この天文台は、日本で初めて彗星を発見した天文学者、

山崎正光の功績を記念して建てられた施設だそうだ。











天文台を横目に見ながらさらに道なりに歩いて行くと、車道が右と左に分かれた場所に着いた。

その分岐の左少し奥に山頂への登山道があった。(帽子を車に忘れて怪しげなほっかむりを

して歩いてくるご婦人一人)














道は山頂への直登の道。里山となめていたが意外と急な道を登って行く。樹林帯の中で日差しは

当たらないが、とにかく汗が半端なく噴き出てくる。奥様たちも汗が止まらないと言って

いるので、『それはさっきのビールの汗です!』と嫌味をいってやる。










取付きが500mほどの標高だったので、山頂まではおおよそ150m以上のほぼ直登の道。

昨日の台風の名残でまだ表土は少し濡れている。やっと前方の脇に空が見え始め、目の前の

萱を掻き分けると車道に飛び出し、左に歩くと直ぐに山頂に着いた。










最初に目に飛び込んできたのは巨大な中継局の施設だった。その中継局の脇に何やら石碑と

大町桂月の胸像が立っていた。大町桂月は高知出身の詩人・歌人・随筆家として有名らしい。

その石碑の南側に虚空蔵山の山名標が転がっていた。







さらにその奥には岩のテラスと東屋。岩のテラスからは南の眺望が開けていた。

浦ノ内海足摺岬に続く海岸線。霞んでいなければ反対側には室戸岬が見えるかもしれない。










北東には土佐町から高知市の郊外?が見えた。










東屋でお昼ご飯にする。屋根の下の日陰で少しは風が吹き抜けていくが、じっとしていても

汗が止まらない。今までお昼はぶっかけうどんや冷麺だったのが、先週からご飯類に変えが、

今日は冷たい麺の方が良かったかもしれない。ご飯を食べた後は、虚空蔵菩薩にお参りをして、

西側にある三角点へと歩いて行く。








一旦下って緩やかなアスファルト道を登って行くと、道の脇には巨石が点在していた。










先ほどの東峰はテレビ局の中継局の施設だったが、こちらは電波塔が何塔も立っていた。

突き当りの電波塔のフェンスの横からGPSを見ながら茂みの中へ入って行くと、さらに

奥の別の電波塔の敷地の上に出た。














電波塔を真下に見ながら敷地の上の法面のさらに奥へ、藪を掻き分け入って行くと三角点は

あった。三等三角点 矢羽数森 674.9m








写真を撮った後は電波塔の敷地の法面の脇を、下に見えるガードレールに向かって降りる。







そこからはアスファルトの道を山頂をぐるっと回るような形で下って行く。杉林の中に

続く道、傍らに咲く小さな草花を撫でながら40分ほどで駐車場に着いた。











駐車場からは往路ではダンプと何台もすれ違ったので、斗賀野トンネルの北側への違う道を

降りて行く。途中で北に眺望が広がっていた。佐川町ののどかな田園風景のその奥には

幾重にも重なり続く山の稜線。ただこの辺りの山は全く見当もつかない。唯一登ったのは

横倉山くらい。四国の山もまだまだ奥深い。行動時間が約2時間。大正市場で1時間ほど

いたので、今日は家を出てから9時間以上車を運転していたことになる。家について

メーターを見てみると420kmほど走っていた。車の運転はほとんど苦にならないが、

あまり歩けなかったのが気がかり。来週にはあの倒木は除去されてるだろうか?

取りあえず帰ってネットで見てみると虚空蔵山は須崎市・土佐市・佐川町の2市1町の

3つにまたがっていた。本来予定していた三傍示山も3県にまたがっている。市町と

県で違いはあるが、まぁまあ同じようなもんだったと妙に納得した一日だった。







今日のトラック