まるで、学術論文的なタイトルとなりましたが、
誰か同じ処置を受ける人が調べた時にキーワードでヒットするように、敢えて入れてみました。
入院説明時の貰った紙です、検査後一日目までしかないのが、ちょっと不思議でしたが、
まあ、やってみないと解らないことだからなあと思っていました。
前日の夕食後から絶食、お茶、水は22時まで。
朝9時頃に点滴とのこと。
が、先ず、検査衣として着用する為に事前に申し込んでおいた病衣が来ない
ボタンもアウトなので、自前では無理なのに。
9:40、点滴NSが参上。
病衣が無いことを使えると、あら・・・と、取りに戻り、それから更衣。
お姉さん看護師とヒヨコお兄さん看護師が見ている前で、ね
くちこの血管は、元気だったら、ほぼ失敗されない血管で、レベル的には中の下。
が、絶食と脱水の影響か、次々に失敗・・・
結局、くちこが、肘関節の内側でも良いよ、曲げないように気を付けるから大丈夫、と言ったのでした。
この時の言葉、後から後悔しました・・・
右肘が曲げられない生活が三日間、どんだけ不便だったか。
でもね、
これでやっと、絶食による低血糖は回避できたと一人安堵したくちこでした。
※くちこ以外、誰も気にしていないみたいでしたが。
が、
待てど暮らせど、検査に呼ばれない。
訊いてみると、便宜上、パスには九時と印刷されているだけで、何時になるか分からないとのこと。
次に来た人に訊いたら、四番目だから、確実に午後ですね、と。
呼ばれたのは午後三時でした
ちなみに、帰室したのは五時
麻酔下での検査なので、痛みに対しての不安は無かったけれど、
無事、膵管と空腸吻合部の狭窄が見つかるかしらと、それはかなり心配していました。
内視鏡室では、検査台にはうつ伏せで寝て、顔だけ右を向けます。
口にバイトブロックを咥えた後に麻酔に入り、意識喪失
が、
が、
が、
人生最大の激痛で突然覚醒しました
あまりの激痛に、
人生最大暴れまくりました
痛みから逃げようとして強引に起き上がろうとし、
それを三人位に抑えられ、
それでも抵抗して、痛いっと叫んでいました。
顔の周りが血だらけになっていたような
とにかく、
ちょっと頑張って、我慢してと言われ続け、
でも、
理性で我慢できるレベルじゃない
経鼻膵管ドレナージチューブを留置するにあたり、
膵管から出してきたチューブが、上手く鼻から出せなかったらしい・・・
鼻からガイドワイヤーを入れて、チューブを引っかけて誘導しようとしていたが、鼻が通っていなかったとか
まあ、これは、後日、見学していたヒヨコ医師から聞いた話で、
当時は、誰からも説明は無かったです
人の痛みの感受性ね、
喉の奥とか、鼻の奥は脳に近いから極めて鋭敏らしい。
首から上の痛みって辛いもんだなあと前から思ってはいましたが。
そして、
普通の人は、こうならず、すんなりチューブを鼻から出せて、痛みも無いそうです。
ああ、可哀そうなくちこ
せめて、
麻酔を追加して欲しかったわ。。。
医師達にとっては、もう最後だし、ほんの一分位のことだから、追加なんてしないでしょうが。
くちこは、あの激痛、生涯忘れられないと思います
それでもね、膵管の開口部(くちこは膵切除しているので、空腸と膵管の吻合部となるのですが)、
6人の医師が?
探しまくり、
何度も諦めかけ、
それでも粘り、目出度く見つけてくれていました
超小さくて、
針の先で突いた程のピンホールだったそうです。
腸管内は襞もあるし、そこに隠れるとね、至難だっただろうな、と。
そう思うと、文句は言えないのですが。。。
そして、しっかり、バルーンを膨らませて拡張してくれていました。
6-7㎜位まで一旦は拡張できたみたいです。
メデタシ
ただ、膵尾部はよく写らなくて、何故、膵尾部だけが拡張していないのかは謎のままでした。
まあ、
愛しの外科医長は、膵管が膵尾部で曲がっているからだろうと言っていましたが・・・
想定外の痛みに茫然としつつストレッチャーにて帰室。
二時間の絶対安静を指示されたのでした。
とにかく、喉と鼻が痛いと伝え続け、痛み止めも希望したのですが、とうとう貰えなかったです。
訊いておきますとか、
伝えておきますとか、で終わり。
痛み止めの大きな錠剤を飲む方が痛いですよ、とかね。
くちこの勝手な妄想・・・
夜勤帯に入っているし、
医師に報告したり、指示を貰ったり、処方を受け取ったり、手間、だよね。
痛み止めのせいで、膵炎の併発を見落とすことになる可能性もあるし、ね。
※この処置による膵炎の併発率は2-9%だそうです。
その膵炎の重症化は0.3-0.6%。
何人もの医師や看護師が出入りし、
痛い所はあるか?と訊かれたら、いつも、喉がかなり痛いと答えましたが、
じゃあ、と、
ライトを持って、喉や鼻の中を見てくれたのは、たった一人でした(夜勤看護師)
喉に傷が入っているし、
鼻が切れていたそうです
彼女の説明と、後日のヒヨコ医師の解説が無かったら、
くちこは、なんの激痛だったのか知る由も無かったんです。
普通の人は、すんなりチューブが通るそうなので、痛み止めの指示なんて事前には出ていないのかしらね。
さて、
絶対安静で寝ていて、自分の点滴を見るんだけど、眼鏡を外した0.1の視力では、ぼんやりとしか見えない。
が、
抗生剤の点滴は既に落ち切っているような気がする
でも、後ろにメインの点滴の袋が見えているし、
抗生剤は三方活栓で横から入れているだけだから、空でも大丈夫だよなあ・・・と思いつつ、
誰も来ないし、ちょっと不安になり、足で点滴チューブを蹴ってみたら、
メインの大きな点滴はぶら下がっているだけで繋がってはいなかった
げ
結構前から落ち切ったままなの
そこに、主治医の三角定規医師が登場。
※最初に書き始めた三角定規みたいなのは、肝臓のことだった…彼。
点滴が無いと報告すると、
じっと見て、
「これにはスピードがありますからねえ・・・」で終わり。(ほぼ意味不明)
自分で繋ぐでもなく、NSを呼ぶでもない。
ただ、難航したものの、無事拡張できたこと、
木曜日も再度、内視鏡的膵管ステント留置術をする予定であることを伝えて去っていきました。
くちこは、終わった気満々のアホだったんです
マジでアホ
拡張が成功した時点で、ステントが必要と判断されたら、そのままステントも同時に留置されると思っていたのでした。
全くの理解不足
ただね、
三角定規医師から、このように二回に分けてする流れなんて一言も聞いていなかったんです
寡黙な人なので。
さて、
何故、くちこは、点滴が既に空なのにナースコールボタンを押してナースを呼ばないのか
この写真を敢えて再掲します。
ベッドとナースコールの位置関係をよく見てください。
ナースコールは、手の届かないところに括りつけられていたの。
で、くちこは二時間、絶対安静だったの。
サメ氏でも付き添いで居れば良かったんだけどねえ。
ベッドすぐ横にあったサイドテーブルは、ストレッチャーからベッドにくちこを移す時にはるか遠くに片付けられたままで、
そこに眼鏡があったので、とにかく、あれこれよく見えない・・・
くちこは、軽く起あがり、
ずり上がり、
体をよじり、(ヤバイとは思いつつ、必要に迫られて)
やっとナースコールを。
しばらくして登場。
無造作に繋ごうとするので、
かなり前から空だったみたいですが、と、くちこ。
それでもそのまま繋いで去っていかれたのでした、無言で。
サイドテーブルをベッド横に戻してもらい、
くちこは、一晩中、眼鏡を掛けて寝ていました。
自分で、点滴管理するために?
でもね、
後少しになってナースコールしても、結局、なかなか来ないから、やっぱり空になってしまう
一応、落下速度を絞ってはみたのですが。(ナースコールの時点で)
右手は曲げないように気を付けているけど、穿刺部が漏れていないか、肘を曲げてしまって落下が悪くなっていないか、
時々、観察していました(くちこが)
検査後二時間は絶対安静です。
トイレに行きたくなったら、ナースコールを押してください。
検査二時間後、異常が無ければトイレに行くことができますが、初回は看護師が付き添います。
ナースコールを押してください。
と、渡された計画書にあったのですが・・・
二時間我慢してナースコールを押しても、誰も来ない。
15分、待ちました。
トイレも限界に近いし・・・
自分で膵液のチューブと袋を点滴台に移し、
一人でトイレに行きました。
それから40分位だったか?
明るい声で、二時間後の検査結果が良かったのか?
もう、トイレに行って良いですよおっと言われたのでした。
「はい」と答えておきました。
電子カルテってね、
ある種、
ミッションとミッションクリアを繰り返す作業なんです。
指示を実施で潰していく作業。(もぐら叩き的?)
潰し終わることが、自分の勤務の終了を意味するってイメージかしら?
色んな書類もpass化されている。
日付とか名前だけ入力。
ただ、内容は当然画一的で、個々には対応していない。
深刻な医師不足や、看護師不足、
それに加えてコロナ禍・・・
そんな中でも医療を安全に成立させるための叡智が詰まった電子カルテ、なんです。
電子カルテ化されて十年以上かしら。
これに慣れることは、本当に安全なのか・・・
医療の本質とは・・・
看護の本質とは・・・
時々、血を飲み込みながら、
あれこれ、もの想う夜だったのでした。
この記事、載せるかどうか迷いました。
消すかもしれません。
くちこの書き方っていつも辛口だし、
文句タラタラは常ですが、
これね、
単に悪口だとか、責めたいとかじゃ無いんです。
基本的に、病棟スタッフを引き受けてくれるなんて、
とても有難いことだと常々思っていますから。
忙しいことも多々。
疲れる日々も多々。
帰れない日、
眠れない日、
命と対峙する怖さ、
それらを引き受けてくれる有難い人達と、思っています
ただ、
これからの医療現場、どうなるのかなあ、と。
参考までに、8年前に手術を受けた時の所感を載せておきます。
なんかね、
退院したら、ずっと個室で暮らしていたからか、
体力低下が甚だしく、ヘロヘロと暮らしています
そんな激痛があったとは…
我慢強いくちこさんがそうおっしゃるということは、相当のものだったのでしょうね。
どうぞお大事になさいませ。
ヘロヘロでもなんでも、生きてりゃ儲けもの!!
息できなくなるようなこともあるし
動いちゃいけないと思うとますますつらい
色々あられて 無事に帰還
ただただおめでとです
行動の自由がきいてご飯が美味しい
これが一番幸せなのだと思えてしまいます
麻酔してても、人生最大の激痛が襲ったんですか!
こんなのイヤだ!
こんな検査にも耐えられたくちこさんは、立派ですね。
おめでとうございます。
入院中はいろいろ大変だったようですが、結果オーライがうれしいです(涙)
ゆっくりゆっくり静養してください。
サメ氏様のお気持ち、察するにあまりあります。
昨日は一日横浜にいました、娘と。
娘と会ったとき、開口一番、くちこさん入院しているの、心配なの、でした。
とにかくよかったです。
思いっきりサメ氏様にあまえてくださいね。
とにかく、悪いものでなくて良かったですね(*´ー`*)🌸🌸🌸
内視鏡の激痛、事故みたいなものだったんでしょうか?🥲
私は内肘の点滴、よく曲げちゃって、点滴進まなくって看護師さんに(無言で)怒られてました・・懐かしい・・今思い出し、ホント申し訳なかったなあと。だって曲がっちゃうんだもの・・
医療者の方々には本当に感謝しかありませんね。
痛そーっ(#゚Д゚)y-~~ 太赤文字が辛い!
吻合部のピンホール程の穴を見つけるなんて、やはり医学は進んでいますね。
「ブログを消すかもしれない・・・」、消さないで保存と言う手もありますね。
医療に携わった人が、患者の目線で見る。これも貴重ですね。
麻酔中に覚醒なんて、考えただけでも怖い!
それほどの激痛だったんですね。
医療関係者の人手不足、心配ですよね。
それもコロナ禍ですもの。
それでも、くちこさんだから看護師さんが来なくても、耐えられたことでしょう。
私が入院したクリニックは、至れり尽くせりで
ナースコールをすれば、すぐ来てくれたし
まだ健康保険の認定のおりない吐き気止めも、
タダで点滴をしてくれたり
夜中に痛み止めの点滴をしてくれたりと、安心でした。
でも、もう入院はしたくないですね。
おだいじに!
<消すかもしれません。
あらためて痛みが伴う大変な手術だったことを感じました。良く乗り越えられましたね。
ブログに詳しく書いて下さったことに感謝します。「こんな病気、手術があるんだ」と知ったのも貴重なことですし、医師・看護婦を仕事になさっている方々の大いに役立つに違いありません。
それに、同じ病気の方にとっても。
記事はどうか消さないで下さいませ。
衝撃でしたわ。。。。
生きていると想定外なことが多々!
でもさ、
今を有難く!(^^)!
退院して、家での食事が至福ですわ。。。
ありがたや、
ありがたや。
地獄の痛み、
記憶から消したいわ。