しろつめ・楚々・くちかずこ姫のお部屋 goo

安易に清水の舞台から飛び降りるが、意外に用心深い。極めて自己中心的だが、意識がない部分で情が深かったりもする。

ラッキー№3

2009年09月30日 14時10分00秒 | 日記・エッセイ・コラム

縁のある数字
気になる数字
よく目につく数字
ふと関わる数字・・・
それは、その人のラッキー№らしい。

じゃ・・・だと・・ふむ。
3かな。
S33年生まれ
学校は31回生
新居は303号室
 
3回妊娠して、
3回出産し、
三種類育てた。

くちこシャドー教室のルール。
月3回、開催。
同じ質問は3回まで。
連絡なしのキャンセルは3回で破門。

くちこピアノ教室のルール
(今は教えていないよ)
一曲について・・・
3回通して弾いて
ミスが3回未満で合格
(細かいニュアンスは前もって指導済み)

ああ・・・
几帳面な、しろつめ・楚々・くちかずこ

さて・・・
まだ・・・・・・
二回しか・・・・・・
結婚していないのですが

     徒然・楚々・くちこ拝

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

知らなかったこと

2009年09月23日 11時49分00秒 | 子供達のこと

くちことcafe友歴の長い人にとって、知る人ぞ知る、悪い子のこと。
そう、姉(よい子)と弟(普通の子)に挟まれた、くちこの長男。
我が家の最たる変わり種で、心配の種。

悪い子出生時、「長男誕生」で、元夫は狂喜乱舞。
次に、次男誕生(普通の子)
悪い子とソリの合わない元夫は、普通の子にウエイトを移した。

離婚時、
よい子は、父親の素行に激怒
悪い子は、「男なんて、そんなもんだから、解らなくもない」
「母さんに人を見る目がなさ過ぎたのだから、責任は半々」と。
普通の子は、「離婚なんて考えただけでも恐ろしい」
「だけど、苦しむ母さんを見ていたら、仕方ないと思う」と。

さて、蓋を開けて見ると、
よい子と普通の子は、距離を置きつつも、折々には父親とも会い、縁を切ることはしなかった。
くちこは、それを否定する気はない。
悪い子は、一番近くに住みつつも、一切の連絡を受け付けなかった。
くちこは、それを元々ソリの合わない親子だったからと理解した。

ある時、悪い子が、
「親父が歳をとって、誰も看る者がいなければ、俺が看るしかないと思っている」と。
悪い子は、基本マザコンで、だから、母さんを苦しめた父親を憎んでいると思っていたので、その言葉は意外だった。
ちなみに、では、誰が、くちこを看るのか・・・?

このシルバーウィーク、くちこ家では、親子トークが連日連夜長々と・・・
(新夫は、通夜葬式が入り実家へ)
悪い子が、しょげている普通の子に、
「負けない位、強くなるしかない」
「負けない位、立派な人間になるしかない」
「負けない位、支えきれる力を持つしかない」
「その覚悟があれば、進め」と。
それは、できれば、くちこが、普通の子に、あきらめて欲しいと思っていたことでした。

あの・・・・・
長くなりましたが、ここまでが前置きです。

悪い子曰く、
「自分には、父親がいなくなったことで埋められない穴がある。」
「母さんでは、父親分は埋められない事もある。」
「車のこと、バイクのこと、世間のこと、親父がいれば聞かれたのになと思う事が色々あった」と。
単純なくちこ、
「そんなの、連絡して聞けばいいでしょ、いいのよ。」
悪い子、
「父さんは許されない事をし、あれほど母さんを苦しめたのに、いざ離婚した後、子供が三人とも許したかの如く付き合っていたのでは、示しがつかない。

一人くらいは縁を切ることで、その罪を表現するべきだと思った。」
「結局は、母さんを苦しめただけではなく、その影響は、一緒にローンを返した自分にも及んでいるし」と。
(実際、悪い子は二年半、家を出て働いていた時も一度も仕送りは欠かさずローンを助け続けた)


単純なくちこ
「でも、聞きたいことは、教えて貰えばいいよ。」
悪い子
「それに付随する面倒なことを思うと、天秤にかけて、マイナスの方が大きいんだ」と。

知らなかったな・・・
うすっぺらい母親のくちこです。

※普通の子について、お知りになりたい方は、9.14まで お越しください

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ハウステンボス・ラブ

2009年09月21日 22時37分00秒 | ハウステンボス

無事、へとへと帰宅しました。
くちこんちでは、悪い子が帰省した普通の子に、カレーを作って食べさせていました。
で、帰宅後、くちこ達もご相伴。
悪い子特製、豚足、みょうがカレー

さて、ハウステンボスまでは、片道、車で5時間。(運転は夫)
早朝出発でしたが、くちこは、「マンマ・ミーア」のCDをかけて、ノリノリでABBAを歌い、韓国ドラマのCDをかけて、ウルウルとハングル語で歌い・・・
(くちこが、外国語は極めて不如意)
夫は、聞き役に徹していました。

ハウステンボスは今回で5回目。
その中には、かなり辛かった思い出もあります・・・
が、4回目は、昨秋の、くちこの再婚、フォトウエディングで、よい子、悪い子、普通の子、(あ、もちろん、夫も)と来園しました

ファミリエ会員なので、とってもお得に利用できます。
とても自然志向で、エコ重視で、花の手入れが行き届いているし、

マリンスポーツも楽しめ、毎晩、花火レーザーショーがあるし・・・

それでいて落ち着く・・・くちこのお気に入り
実は、ちょっと潰れそうな予感もするんだけれど、是非、応援したいテーマパークです
頑張れハウステンボス

今回は、初めてフォレスト・ビラというコテージに泊まりました。(二泊)
ちょっと、勿体ない位広くて、バス、洗面所、トイレ(1,2F)も独立。
二階は寝室が二部屋あり、赤毛のアンの部屋みたいでした
ミニキッチン付きリビングは広くて湖に張り出したバルコニーが付いていて、窓からの景色が絵本のようでした

くちこがバルコニーに出ると、白鳥の王子が、そそくさと、くちこに走り(泳ぎ?)寄って来るのです。
あ、鯉も・・・
くちこが茨のチョッキを編んであげられたら良かったのだけれど・・・
くちこは、編み物も不如意
くちこが、エステやマッサージに行っている間、彼らは夫と遊んでくれたらしい・・・

セグウェイに乗ったり(電動の変わった乗り物)
馬車に乗ったり、
クルーザーに乗ったり、
レンタサイクルに乗ったり、
そして、
夜は、花火を二人で見ました。

帰りは、うすらぼんやりしつつ、夫の肩なども時に揉んだりもしたくちこでした。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

予告

2009年09月16日 10時12分00秒 | 日記・エッセイ・コラム

くちこは明日から八連休ですの
で、明日から三日間、ハウステンボスに行ってきます

思い返せば、昨年11月にフォトウエディングをそこでしたくちこです

八連休・・・
海外逃亡も考えていましたが、インフルエンザ騒ぎで躊躇していたら、とっくに全て満席でした。
中には、キャンセル待ち300人とか・・・
くそ

自力でハウステンボスのフォレスト・ビラ(庭付きコテージ)を二泊予約しました
二階建てで2ベッドルームあるみたいです。
では、喧嘩しても大丈夫だね

毎晩、8時45分から、花火とレーザーショーがあります。
毎晩、良い席を陣取って、夫と花火を見て・・・帰ってきます。

帰宅したら、普通の子が先に帰省しているかと。
(盆提灯を片付けに?)

楽しい連休にしたいです。
では、皆様、お健やかにお過ごしくださいませ

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

普通の子のこと

2009年09月14日 13時04分00秒 | 子供達のこと

普通の子は、くちかずこの第三子にして次男。
くちこは一人っ子で兄弟を知らない。
その上わがままなのに三人の子の母になった。

普通の子がお腹にいる時、
臨月まで看護師をし、ピアノ講師もした。
産後一ヶ月で、またそれらを再開。

三人の子を死なない程度に管理するだけで手一杯
悪い子は、双葉より芳し・・?
彼の問題行動に振り回され、
いろんな役員を背負い、
よい子の子育ては厳しすぎて反省。
悪い子の子育ては甘やかしすぎて反省。
普通の子の子育ては・・・困惑・・

普通の子が二歳八ヶ月の時、発達が遅いことに気づく。
小児科で発達テスト。
紹介状を持って療育センターで更に詳しく検査。
三歳前にして、一歳十一ヶ月の言語理解。
二語文、殆どなし。
専門医のコメント。
「追いつくかどうかは、神のみぞ知る」と。

元夫は、治療は必要なしと。
でも、くちこは後悔したくなくて・・・
最善を尽くしたくて・・・
電車で治療に通った。
言語療法士の先生方は、とても良くしてくれて、
くちこ自身の成長に繋がった。

我が子が、障害児の中にいること。
それは、とても衝撃だった。
保育園で担任の先生から、ひどい言葉を浴びたことも
歌もお遊戯も出来なかったから。

運動能力は劣っていないとのこと。
では・・・と、体育教室に入れてみた。
出来ることから引き上げたら、
芋づるのように、他も・・・・?
   (くちこ案)

ピアノを弾きたがったので、
事情を話し、一冊、一曲の宿題でとお願いした。
決して多くは望んでいないこと。
普通の子がピアノを楽しいと思うことが最重要であること。
   (くちこ案)

普通学級に入れた
かけっこが速くなった
百点がとれた
くちこは、一つ一つ、心の底から喜んだ
(上二人の時は当たり前のように思っていた)
神様が、くちこに、いろんな事を教える為に、普通の子を授けたのだなと思った。

小六で、ピアノコンクールで入賞した。
(とても素敵なバッハだった)
中高一貫の進学校に入り、
猛烈に陸上を頑張り、中国駅伝に出場。

ただいま、某大学院、知識工学科の大学院二年。
来春は、某システム系会社の東京本社に就職予定。

の・・・
普通の子が、今週、帰省します。
くちこが不得手な「盆提灯の片付け」をするそうです。
(出したのも彼)

でね、
小栗旬に結構似ていますふふ・・・

人生、いつ何が起こるか解らない。
何度も痛感することが、生きる、ことなのかも・・・ね

コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

いちじくのこと

2009年09月09日 18時58分00秒 | 日記・エッセイ・コラム

昔、くちこの実家に、いちじくの木があって・・・・
夏の終わりになると、毎日大きなアルミ鍋にいっぱいのいちじくが採れた。
それは、井戸の側にあったせいか、清々と葉を広げていた。

くちこが結婚した後、その木はシロアリに喰われてしまい朽ちてしまった。
その少し前、病身の父が根元から生えた芽をくちこんちに持ってきて絶やすまいとしたが、ついに一度も育たず父は他界した。

母が半病人になって・・・・
食が進まなくなり
いつもいつも
「イチジクが食べたい」と。
それも、スーパーで売っているのではだめ
熟れた実を木からもいだ物でないと。
何人かの友人が心がけて届けてくれたので、母は堪能して旅立つことができた。

その数年後、ふと亡き母を思いだし、いちじくの苗を買って植えた。
それが・・・・
運悪く、とてもまずいことで有名な品種だったらしく・・・
何人も何人も、
何度も何度も、
「これは、とても不味いから早く抜いた方が良い」と

何回抜こうとしても、小さな苗のうちから抜けなかった。
だから、強引に?それは大きくなった。

数年後、実がついたが・・・
どうせ・・・
が、食べてみると、超美味しい


くちこんちの庭で毎朝ラジオ体操をするご近所さん(八人位)に、
「生まれた順に食べて良し」というルールを作った。(くちこ作)
(あああ、くちこが一番若い・・・)
大絶賛
「甘い!」
「美味しい!」

今年は大豊作
ご近所にも百個以上配れたかと。
お教室の生徒さんにも。
職場でも皆で食べ、
ジャムも作り、
毎朝のヨーグルトにも。

狭い庭で精一杯頑張ってる
いったい、何人喜ばせたことか・・・

ありがとう、
お母さん

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

古い作文が出てきました

2009年09月06日 15時25分00秒 | 日記・エッセイ・コラム

よほど、お暇なかたは、お読みください

   トットちゃんと私

涙が止まらなくて困った。
トットちゃんの話は、あまりに心の襞に入りすぎる。
 
人の心の中までは覗けないから、どれほど私が人と違うかは計りようも無いけれど、私は相当感受性が強い子だったと思う。

そのせいか、自分も子供なのに、子供が苦手だった。
保育園のお気に入りの場所は、人気のない湿気た倉庫の中だった。
飛び箱やマットの谷間で、いつもじっとしていたと思う。
退屈でもなく、辛いとも思わずに。

父母の教育方針によって、平仮名も数字も知らなかった。
先生と一緒に「一足す一は二!」と勉強する時間、外国語を聞いているようだった。

私は、不妊症の母が命がけで産んだこどもで未熟児、仮死で生まれた。
一人っ子で、発達も遅く、病弱だった。
だから、両親の子育ての方針は、
元気でさへあれば、私は私のように育てば良いということだった。

とにかく、同級生から見ると、私は「バカ」に見えたらしい。
園庭の土管の中で、じっとしていた私は、
「バカだから、あんたは一年生になれない」
と言われた。
そうなのか、とその時は思った。

後で聞いた話では、卒園時の知能指数が高く、母は、園長先生に呼ばれ、大学まで行かす心づもりで育てるようにと言われたそうだ。

幼少時、私の頭の中は、トットちゃんと同じ、いろんな発見や驚きや良心で埋まっていた。
ただ、トットちゃんのようにそれを外に出そうとしなかった。

学校に入って初めて字を習った私は、あっという間に、字の虜となり、凄い速さで読破してしまう私の為に母は本の調達に奔走していた。

小学二年の頃には、既に、ジェーン・エアや、嵐が丘を読んでいたと思う。
母の時間を稼ぐ為の苦肉の策だったようだが、私の本好きはますます深みにはまり、中一の春には、市立図書館の文学書を全て読み終えていた。

読むほどに、トットちゃんと私の感性は重なってしまうのだけれど、違うことは、トットちゃんのは最初から殻がなかったことだ。

わたしは、小五のとき、やっと殻から飛び出した。
それは、音楽の時間が急に自由になり、三十台ほどのオルガンを皆がてんでに弾いていたときのことだった。
お気に入りのソナチネを弾いていると、
「何をデタラメ弾いているの?」
と、笑って言われたから。

当時、まだピアノが弾ける子は少なく、内気で目立たない私が弾けるわけはなかったらしかった。

わたしは、やっと、殻から出ないといけないことに気付いた。
じっとしているだけでは、自分を理解して貰えないことをやっと悟った。

それから私は、トットちゃんそのものになった。
思うまま自由に泳いだ。
誰の前でも、少しも怯ますに自分を表現した。
トットちゃんと同じで、眉をひそめるような両親ではなかったから。

トットちゃんの行動には、一つ一つ私にも思い当たる事があり、まるで、自分のアルバムを開いているようだった。
それにしても、黒柳さんの記憶力には脱帽してしまう。

今の時代にこそ、トモエ学園が可能だったらいいなと痛切に思う。
一人一人素晴らしい子供なのに、認めて貰えない子供のなんと多いことか。
学校や社会だけでなく、家庭でまで認めて貰えないとしたら・・・
本当に胸が詰まる。

ふと、学生時代の母からの手紙の束を読んで見た。
どの手紙も
「自由に思うまま生きて見なさい」
という主旨のことが書いてある。
どんどんいろんな経験をしてみるべきだとも。
勝手に自分の意志で自由に生きてきたつもりだったけれど、
今思うと、両親の考えでもあったらしい。

母は中卒だ。
だけど、たった一人の娘に自由に生きることを勧め、
勉強もスポーツもなにも強要せず、
娘を信じ見守ってくれた母をすごい人だと思う。

父にも面子があっただろうに、
私は不満めいたことを言われたことがない。

かけっこは、いつもビリで、
いつも先生達をあっと驚かすことばかりしていた娘を、
常に揺らがず、
「自慢の娘」として、胸を張っていてくれた両親を私こそが誇りに思う。

そして、そのことに気付かせてくれた黒柳さん、ありがとう。


ご精読ありがとうでした。
十数年前の下書きが出てきたので、記録しておこうと思って・・・

納得していただけたかしらん?
こうして、くちこはできました。

奇しくも、今日は台湾にお墓のある祖母の命日でした

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

恩師

2009年09月04日 15時20分00秒 | 日記・エッセイ・コラム

ちょっと前の話・・・
高校時代の恩師が我が家に来宅。

ここぞとばかりに、自分がどれほど子育てに苦労したか力説
特に、悪い子を育てるのは至難だったと

恩師が唖然としている。
「よく・・・まあ・・・自分のことを棚にあげて・・・」と。

恩師は、くちこが高校受験をした会場の試験官だったらしい。
他の受験生が試験用紙に向かう中、一人で、半分近くの時間、ぼーっと、窓の外を見ていたと。

くちこのくせ、その1  
テストは猛スピードで解答し、二度と見直さない。

廊下を跳んで進む奴がいるので、よく見ると、くちこだったと。
 →記憶にない

よく授業をさぼって、恩師の部屋でくつろいでいたと。

くちこのくせ、その2
尊敬できる人の話しか聞かない。
 (聞く価値のある授業を厳選)

いつも、いろんな教師や生徒が気にしていた。

くちこのくせ、 その3
人と同じのはイヤ

小学校の頃、図工の時間、板で魚を作るとき、みんな魚!だったが、くちこはタコをつくった。

中学校の頃、女生徒は、みんな赤い鞄だったが、くちこは緑にした。

高校時代のコート、くちこだけは、フレアスカート型だった。

くちこは、誰がどう言おうと、「くちこ」として胸を張っていた。
あ、悪いことはしていない

で、恩師に、「どうして、子供が普通に育たないのか
「普通に育つって、簡単なことなのに!」
と、怒りをぶつけたのでした・・・

恩師が再度くちこに、
「いかにも、貴女の子供です」
と、言い残し、
釣れ立ての魚をたくさん残し、帰って行きました。

校長になり、県のお偉方になり、退職後は、青年の家の所長になり・・・
くちこの離婚を心配し、再婚を祝福してくれた恩師です

また、遊びに来てくれるかなあ・・・

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

献血

2009年09月01日 14時17分00秒 | 健康・病気

くちこは、先日、久しぶりに献血しました。

「献血中に、このジュースを飲んでください」
りんご味にしたが、これが、常温・・・
「私が採血の準備をしている間に、貴女(くちこ)はストローを刺して飲めるようにしておいてください」
まずい・・・
元々、ジュースがあまり好きではない。
「気分は悪くないですか?」
(気分は悪くないが、ジュースが不味くて辛い)←とは言えない。
くちこは、我慢が嫌い。
でも、飲むしかない。

献血終了。
が、ジュースは未終了
「まだ、残っていますよ」
「・・・」
「持って帰られますか?」
「いえ・・・」

そのジュースの不快感が夕方まで持続。
帰宅後は、しばらく気分不良にて休憩。

実は・・・
その二日後なんです。
くちこが、急に病に伏したのは

さて、くちこが献血しなくなった理由は、
昔、病棟にて、あまりにも無駄な輸血をたくさん見たから。
ザルに水を溜めようとするような、
とても救命できない場面での滝のような輸血。

では、献血を再開した理由は、
産婦人科にて、輸血によって多くの出産直後のお母さんの命が救われる場面に、くちこがいたから。
もし、その血液がなければ、その赤ちゃん達は、自分の誕生日が母親の命日になっていたかと。

今、癌末期の人に、仕事で関わっています。
週末持たないかなと危惧していましたが、輸血で、生気が
立てるし、筆談できるほどに
すごい!輸血の効果
本人も奥さんも嬉しそう

が、くちこの今回の急激な体調不良は、献血も関係しているらしい。
さて・・・・と・・・

思えば15歳で、父が胃ガンの手術で輸血。
昔は返さないといけなくて、母だけでは返せず、3カ月後、16歳になってすぐ、献血をしたのが始まりだった。

あれから35年か・・・
今後はどうしたものかと。
くち以外は、かよわい、しろつめ・楚々・くちかずこ姫は徒然考え中・・・なのです。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする