日々雑感「点ノ記」

備忘録(心の軌跡)

何も足さない、何も引かない

2012年09月01日 | インポート

毎週土曜日の毎日新聞の朝刊に、野坂昭如氏の「七転び八起き」という文章が掲載されている。

本日の分で連載138回となっている。

本日のテーマは「教訓」。

以下にその文章の部分抜粋を転写する。



 本日は関東大震災の日。

一年に一度思い出され、記念日の如くなっているのは仕方がないことかも知れないが、地震は必ず来る。

 東日本大震災以後、いくらか地震についての意識は高まった。

想像を絶する天災を目の当たりにし、自然の力を思い知らされた。

だがやはり、日がたつにつれ忘れてしまう。

非被災地の人間の震災前と後の暮らしぶりに、どれくらいの変化があるのか。


 一方で、あれだけの震災があったのだから、国として何か手立てを講じているはずだと思い込む。

原発についても同じ。

あってはならない事故が起こり、原発の恐ろしさが身にしみた。

原発の下にある活断層の存在も身の毛のよだつ話。


 これまで原発を推進してきた国や、関係機関への不信感も抱いている。

デモという形で原発反対の声を上げる市民も少なくない。

それでもやはり、今の生活は変えられない。

危険については誰かがどうにかすると決めこんでいる。

だがお上は何もしていないに等しい。

やったことと言えば、事故の原因を棚に上げたまま、原発をどうしていくか示さないまま、さっさと再稼動させただけ。

世間を唖然とさせ続けることで、無関心さに拍車をかけているようだ。


 残念ながら関東大震災の教訓は、もはや生かされていない。

阪神淡路大震災も神戸の復興とともに人々の脳裏から去った。

東日本大震災を含め、ぼくらは過去の惨事から、どれだけたくさんの教訓を得る事ができるのか。

防災といわれるが、災いというものは、防げないもの。

減災を心すべきだろう。


 これは個人がそれぞれ、あるいは地域で考えるべき問題が多い。

国家に頼るのは、のちのあれこれと考えた方がいい。

聞く耳持たぬお上の動くのを待っていてもはじまらない。

自分の命、家族は自分たちで守る。

そして、ご近所、町内会の取り組みを見直す方が大事。



 危機管理がいわれる。

だが危機など管理できない。

できるのなら危機とは言わないのだ。

お上の危機に対する意識の低さは、事あるごとに露呈、その認識の甘さをマスコミは指摘。

世間もこれを認め、あきれている。

日本はこの繰り返しだ。



以上は、本日の毎日新聞朝刊に掲載された、野坂昭如氏の「七転び八起き」という文章からの部分抜粋。

何も足さない、何も引かない、全くそのとおりだと思う。


豊田一喜



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