川越だより

妻と二人あちこちに出かけであった自然や人々のこと。日々の生活の中で嬉しかったこと・感じたこと。

ぼくの学生運動 (4)筑波移転問題への『主張』

2009-02-01 05:50:59 | 父・家族・自分
 ぼくが編集長をしていた63年夏に教育大学の筑波移転問題が浮上してきました。筑波研究学園都市構想の中核になる大学として教育大を移転・再編しようというものです。飯田くん(編集次長。のちに教育庁指導部高校教育指導課長・都立高校長)などと情報の収集につとめ、なんども新聞の号外を発行しました。また、「主張」討論を繰り返して新聞会としてのこの問題に対する基本姿勢の確立に務めました。ぼくの任期の最後の新聞(397号 63・9・25)に討論をふまえてぼくが書いた「主張」が載っています。論文を書くのが苦手なぼくが精魂を振り絞って書いた記憶があります。当時の私たちの考えを知って貰うために書き写すことにします。


  “移転”と科学者の責任   教育大学新聞「主張」(63・9・25)

 “私たちの時代には、純粋科学と応用科学はますますおたがいに依存するようになってきた。基礎的な実験および理論科学における成果は、いよいよ急速に新しい技術の進歩に移される。この加速度的な傾向は、破壊力を増す武器をつくり出すと同様に、人類の富と福祉を増大させる手段の進歩においてもはっきりあらわれている。”(第3回パグウォシュ会議「ウィーン宣言」1958年)


   科学技術革命と冷戦構造

 現代は「科学技術革命」の時代である。技術が科学をリードした時代では既になくて、科学が技術、したがってまた生産力の発展を規定する時代である。今世紀に入ってからの原子物理学のめざましい発展は、このことをはっきりと示し、未来への限りない可能性を人類に与えた。しかし、現代は同時に、階級対立に深く根ざした冷戦構造が私たちの生活の隅々まで貫徹している時代でもある。キューリー夫妻・ラザフォード・アインシュタインなど高名な科学者の研究が、原水爆として具現され、人類と敵対している現実を考えれば十分であろう。バナール教授が指摘するように、「資本主義国においては、科学者は……政府が独占資本の使用人でしかなく、その成果が何に用いられるかは政府と独占資本の意志によって決定される」からである。冷戦の論理はすべてのひとびとの生活を貫きとおし、進歩と発展を阻んでいる。
 「科学・技術革命」がもつ、こうした現代的矛盾は、科学をさらに国民に解放し、生活を豊かにすることを阻むだけではなく、”共滅”の淵深く人類を陥れようとさえしている。科学者は、彼らのもたらした恐怖に戦慄しながら、なお、大規模に発展した研究を支えるため、政府や独占資本に頼らざるをえない矛盾に苦悩している。
 こうした時代にあって、科学者に課せられた使命は、いうまでもなく、科学技術革命の本質と軍事価値優先の論理ー冷戦構造との矛盾を止揚し、「科学を平和と人類の幸福のため最大限に利用できるよう」「働く人々の一大共同体の一員として、働くひとびととともに」(ジョリオ・キューリー)闘うことである。

      移転問題の焦点

 私たちが先に指摘したように(本紙号外)、新研究学園都市は、単に、首都の過大化防止という側面にとどまらず、「科学・技術革命」に当面している我が国にとって、必然的に提起されてきた計画と見るべきであろう。冷戦の論理が冷酷に支配しているこの国である以上、<前節>に指摘した矛盾はこの計画にも貫かざるを得ない。移るべきとされる大学に主に“期待”されるのは、技術ー生産力の発展を保障する基礎科学研究部門なのであろう。そうであるなら、その都市への移転を考える者は、科学者として、冷静に、キューリーのいう「科学者の責任」について考えねばならないはずだ。「科学技術革命」と冷戦構造の矛盾、その止揚と科学の国民への解放について考えてみなければならないはずだ。
 問題は決して「移るか、移らないか」ではない。核心は「東京から遠い」「田舎大学になる」「一時研究が妨げられる」ではない。
 私たちは大学首脳部の独走的、非民主的なとりあげ方は、大学と科学を自ら失うことになると、9月移転決定には絶対反対してきたが、教授会をはじめ、さまざまな討論の場で、“大学人根性”丸出しの意見(“賛成”にせよ、“反対”にせよ)が主流を占め、科学者としての自覚に基づいて、科学の未来に責任を持つ意見が僅少でしかなかったことをそれ以上に遺憾に思う。(つづく)