川越だより

妻と二人あちこちに出かけであった自然や人々のこと。日々の生活の中で嬉しかったこと・感じたこと。

「室戸」世界ジオパークに認定される

2011-09-19 06:31:23 | ふるさと 土佐・室戸

 暑い日が続きます。きのう公園の散歩帰りに小学生4人が入間川の川越線鉄橋下付近で泳ぐのを見ました。ついぞ見たことがないいい風景です。ひとりはアフロヘヤーの少年です。やや下流でも数人の子供たちの姿がありました。

 今日は東京・明治公園で反原発5万人集会がある日です。このところ東京行きが続いたので残念ながら今日はうちでごろごろすることにします。

  さよなら原発・5万人集会● http://sayonara-nukes.org/2011/09/110919_s-2/#more-422

 昨夜こんなニュースがありました。台風の時にしか知られない「室戸」が自然と人間の関わりを考えるパークとして多くの人々に注目されるとすればとても嬉しいことです。

世界ジオパーク:「室戸」を認定…国内5地域目

世界ジオパークに認定された室戸岬=高知県室戸市で、本社機から小関勉撮影
世界ジオパークに認定された室戸岬=高知県室戸市で、本社機から小関勉撮影

 世界的に貴重な地質や地形、火山などを有する自然公園・世界ジオパークに18日、高知県の「室戸」地域が認定された。ノルウェーで開催された世界ジオパークネットワークの国際会議で決まった。国内では▽洞爺湖有珠山(北海道)▽糸魚川(新潟県)▽島原半島(長崎県)▽山陰海岸(京都府、兵庫県、鳥取県)に続く5地域目。

 認定エリアは、太平洋に突き出た室戸半島の先端にある室戸市全域の248平方キロ。約1億年前の白亜紀以降の地殻変動を伝える痕跡が数多くあり、プレートテクトニクス理論を裏付ける地質や、巨大地震による隆起で形づくられた海岸段丘などが見られる。このエリアは、近く発生が予測される南海地震の震源域にも重なっている。

 また、国天然記念物の亜熱帯性植物や海岸植物群落▽捕鯨の伝統▽空海が修行をした御厨人窟(みくろど)▽四国八十八カ所の巡礼地▽海洋深層水を利用した産業など、自然や歴史、文化、生活とのつながりも評価された。同市の小松幹侍市長は「室戸市の交流人口の拡大などにつなげたい」と話した。

 世界ジオパークネットワークは国連教育科学文化機関(ユネスコ)の支援で04年に設立され、自然保護を重視する世界遺産と比べ、観光や教育、地域振興への積極活用を求めている。【黄在龍】

  出典●http://mainichi.jp/select/today/news/20110919k0000m040023000c.html

 僕は「青空地質博物館」構想を早くから提唱して「あおぞら」という地域冊子を自費出版し続けてきた谷口総一郎さんの仕事に注目してきました。こういう人の地道な努力が積み重なって「世界」の注目を得ることが出来たのです。

 

 

  出典●http://blog.goo.ne.jp/aozora110/c/4892d717d4df3bdb4d87d0d95233abe2

 


藤波さんのアピール  9・11新宿アルタ前集会

2011-09-18 05:55:42 | 自然と人間(震災・津波・原発事故)

9月11日の新宿デモは翌日のことを考えて途中で帰りました。デモ終了後、アルタ前では集会があり、藤波心さんのアピールもあったようです。遅ればせながら紹介します。

 今この時期に誰もが思いを行動に移していかなければこの国は、この地球は終わってしまいかねません。藤波さんのアピールは心のうちに湧き上がってくる思いをありのままに語っています。

 大人たちも年寄りも声を出すようにしましょう。この期に及んでも躊躇していたら‥‥?

 藤波心さんのアピール①●http://www.youtube.com/watch?v=wVzu3yyCdjE&feature=related

                ②●http://www.youtube.com/watch?v=pXod07QVdjA

 

先日のデモで逮捕された人々に関わる記事を読みました。名もなき市民の表現の自由を守り,保障するのが民主主義の社会の警察の役割です。今やっていることは原子力利権に巣食うモノたちの番犬としての役割です。このような公安警察は直ちに「事業仕分け」しなければなりません、蓮舫さん。自由と民主主義の敵です。

デモ逮捕は見せしめ?「9.11脱原発」半数以上立件見送り
(東京新聞「ニュースの追跡」9月16日)

東京・新宿で十一日に行われ、参加者一万人(主催者発表)を数えた「9 ・11原発やめろデモ!!!!!!」。
十二人もの参加者が逮捕されたが、十五日までに七人が釈放された。半数以上が立件を見送られ、「見せしめの不当逮捕だったのでは」と批判の声が上がっている。
そもそも、デモ行進は表現の自由を掲げた憲法二一条で保障された国民の権利のはずだ。(小倉貞俊)

「理不尽、との思いが拭えない。脱原発の思いを広く訴えたかっただけなのに…」。
悔しさをにじませるのは、デモの主催団体「素人の乱」のメンバ―で音楽ライターの二木信さん(30)だ。二木さんはデモ開始のわずか二十分後、東京都公安条例違反の現行犯で警視庁に逮捕された。「デモの許可条件だった五列での行進を守らず、参加者を歩道に広げさせた」のがその理由だった。   
二木さんは原発事故後から八月までに、四回の脱原発デモを主催していた。
だが、今回は当初から″異変″を感じていたという。

 デモは事前に警察署を通じて都道府県の公安委員会に申請し、許可を受けることが条例で義務付けられている。
二木さんらは「大勢の人にアピールしたい」と新宿駅東口のアルタ前を発着するルー卜で申請。
ところが九日、同西口の中央公園を発着するルートに変更させられた。
「(変更を)知らずに参加できなかった人もいる。デモを小さく見せようとの意図があったのでは」
 当日も警官が車道を進むデモ隊に「早く進め」「幅を狭めろ」と威圧的な口調で指示。
「いたずらに刺激しているように見えた。参加者に緊張感が漂った」
 私服警官は二木さんに、歩道の参加者を車道に入れるよう指示。
だがデモ隊は大勢の警官に囲まれており、車道と歩道との出入りができない状態だった。
しばらくして七、八人の私服警官に囲まれ、「検挙する」と告げられた。そのまま車で新宿署に連行された。
三日間の勾留後、釈放された二木さん。「取り調べ中に、『やり方がひどい』と抗議したら、刑事さんも『確かにやりすぎだった』ともらした。内部でも疑間を感じた人はいたようだ」と明かす。

過剰な規制に憲法違反の声「背景に19日の5万人集会」

二木さん以外の十一人は、公務執行妨害の現行犯で逮捕された。
うち、東京都の無職男性(67)は警官に「広がって歩くな」と突き飛ばされ、思わず肩で押し返したところ、十人近くの警官に押さえ付けられた。
男性は「こんなことで逮捕されるなんて」と憤る。
インターネツト上でも、複数の逮捕現場を撮影した動画が流れ、物議を醸している。

当の警視庁は、取材に「適切な職務執行行為だった」と回答。
ただ、人権団体「救援連絡センター」(東京都港区)の山中幸男事務局長は「明白な不当逮捕。釈放された七人は立件できないと判断されたわけで、いわば見せしめだった」とみる。

また人権問題に詳しい川村理弁護士は「そもそも、デモを過剰に規制する条例自体が、表現の自由に抵触している」と批判する。
なぜ、警察はこれほど強行に出たのか。前出の山中氏は、十九日に予定される五万人規模の脱原発集会とデモ(東京・明治公園)が背景にあるだろうと分析する。

「(脱原発の)運動が盛り上がらないよう、けん制しようとの意図が見える」。
その上で参加者にアドバイスを送る。

「警察は圧倒的優位でなければ逮捕しないから、過剰に心配することはない。でも危険を感じたら抵抗せずに逃げて」

  出典●http://etc8.blog83.fc2.com/blog-entry-1197.html



リレー・フォア・ライフ in 川越

2011-09-17 06:12:27 | 川越・近郊

9月16日(金)晴れ

 午前中に第13回きいちご移動教室の案内を発送する。

 夕方、川越公園の散歩に出かけると芝生の広場であすから始まるリレー・フォア・ライフの会場設営中だった。僕と同じ肺がんの方がいてしばらく交流した。僕のように医者任せではなく「癌」と向き合って日々を送っている方々だ。土日にいつものように散歩に来て覗いてみようかなと思う。

    リレーフォア・ライフin川越http://www.rfl-saitama.com/index.html

 入間川の河川敷の遊歩道を散歩する。火曜日には茎が伸びているだけだった彼岸花が花を付け始めていた。林床に小さな群れが散在する。これはこれでなかなかのものだ。

 真夜中に雨音で目覚めた。涼しい朝だ。(記・17日朝)


「生命と人権を守る会」の要請文を全面的に支持します。  朝鮮高級学校無償化問題

2011-09-16 07:03:51 | 韓国・北朝鮮

やや古い話になりましたが「北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会」が朝鮮高級学校の授業料無償化手続きの再開の撤回を求める要請を野田首相に対して行なったそうです。僕はこの要請文を全面的に支持します。

 日本の検定教科書をあれこれと批判することは重要です。税金を投入するからには外国人学校であってもその学校の教育活動や教科書を批判の対象にするのは当然です。菅前首相は怪しげなる政治勢力とのつながりが指摘されています。「気付かなかった」の一点張りですが、最後の仕事がこれですから、?は深まるばかりです。要請文にあるとおり、国会の場で議論を深めるべきです。

 

内閣総理大臣
野田佳彦 先生

朝鮮学校無償化手続き再開の撤回を求める要請文

大震災に始まる国難の中、新総理大臣として重要な諸問題に取り組まれるお姿に敬意を表します。

さて、私たちは1994年に結成された市民団体、北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会です。1959年に始まった北朝鮮帰国事業にて北朝鮮に渡っていった帰国者、日本人妻の人権問題をはじめとして、政治犯収容所をはじめとするさまざまな北朝鮮人権問題の改善を求めてきました。

報道によりますと、菅前首相は8月29日、高木文科相に、朝鮮学校授業料無償化手続きの再開を求めたとのことです。その理由として、北朝鮮が米韓との対話姿勢を見せ始めたことや、砲撃事件などの軍事挑発を行っていないことをあげています。しかし、私たちはこの無償化手続き再開を、北朝鮮の人権問題や拉致問題、何よりも現在の朝鮮学校の教育内容を無視したものとして強く反対し、新首相に撤回を要請します。

まず、北朝鮮は天安艦爆破をいまだ認めておらず、また延坪島砲撃に対しても謝罪をしておりません。何よりも、日本人拉致事件について、いまだ誠意ある回答を行っておりません。このような北朝鮮の姿勢を対話姿勢を見せテロを停止したと見るのは明らかに誤りです。そして、今無償化手続きが行われようとしている朝鮮学校の歴史教科書は、このような北朝鮮の政権を支持するばかりか、金日成、金正日の世襲独裁政権を礼賛しているのです。

歴史観は多様であるべきですし、私たちは朝鮮民族への差別や排外主義には反対します。しかし、この教科書に書かれているのは、朝鮮戦争は米韓が始めた、北朝鮮帰国事業は金日成の人道的な事業であり帰国者は幸福に暮らしている、大韓航空機事件は韓国のでっち上げである、日本政府は拉致事件を利用して差別主義をあおっているなど、「歴史観の違い」ではなく、明確に虚偽の記述がなされているのです。

なによりも、親子二代に及ぶ独裁体制を敷き、帰国者や日本人妻をスパイ容疑などで政治犯収容所に送り込み、300万人の国民が餓死しても核開発や軍拡を優先する悪しき政権を、理想の指導者として礼賛する教科書を使う学校に無償化を行うことは、ヒトラーを礼賛する教科書を使う学校に国税を投入することと同様であり、自由と人権、民主主義を基本理念とする日本の教育基本法の理念とも相容れません。また朝鮮学校当局が、上記した北朝鮮の人権問題について、その改善のために何らかの努力をしているのかどうかも、私たちの関心事です。朝鮮学校が日本の差別を批判するのならば、同胞である北朝鮮民衆や帰国者の人権問題にも目を向けなければならないはずです。

私たちは新首相に、直ちに以下の3点を要請いたします。

1、朝鮮学校無償化手続き再開を直ちに撤回してください
2、朝鮮学校で使われている教科書の提出を学校に求め、その内容を精査し、日本国の教育理念にふさわしく、無償化に値するものであるかを国会など公開の立場で審議してください
3、朝鮮学校ならびに朝鮮総連に対し、教科書での北朝鮮独裁政権礼賛を改めるまでは、無償化はありえないことを通告してください

2011年8月31日

北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会
代表 三浦小太郎
連絡先:E-mail:miurakotarou@hotmail.com
ホームページ:http://hrnk.trycomp.net/


講演会「二つの祖国~満蒙開拓団ゆかりの地を訪ねて」

2011-09-15 23:43:29 | 中国残留日本人孤児

友人から講演会の知らせがありました。僕も行きます。よかったらどうぞ。

9月17日に国際理解講座『二つの祖国~満蒙開拓団ゆかりの地を訪ねて~』を開催します

 中野区国際交流協会は、なかのZEROとの共催で以下のとおり講演会を実施します。 

 日本で最も多くの満蒙開拓団員を送り出した長野県の下伊那郡泰阜(やすおか)村から、中島多鶴氏を講師にお招きします。中国東北部(旧満州)からの引揚者であり、帰国後は中国に取り残された残留孤児や残留婦人の帰国支援に尽力し、菊池寛賞など数々の賞を受賞しています。 

 長野県泰阜村は、昭和14年から終戦まで1,139人を満州に送り、無事に日本に帰還したのは半分以下の445人という歴史の悲劇が深い爪痕を残す村です。彼女も昭和15年に16歳で家族とともに満州にわたり、逃避行の末昭和21年8月一人で故郷に帰ってきました。日本と中国、二つの祖国を持つことを運命づけられた彼女が、命の尊さや平和への願いを語ります。

国際理解講座『二つの祖国~満蒙開拓団ゆかりの地を訪ねて~』    申し込み03-5340-5011

  1. 日時 9月17日(土曜日) 午前10時~正午
  2. 会場 中野ZERO西館3階 会議室1(中野区中野二丁目9番7号)


同時開催 写真展「残留孤児のふるさとを訪ねる」

  1. 期間 9月17日(土曜日)~20日(火曜日)
  2. 会場 なかのZERO本館 展示ギャラリー

 中野区国際交流協会と樹徳茶館(中国の文化と歴史を知る会)の共催で写真展を実施します。苦難の末、帰国した残留婦人たちや日本人公墓のある方正で暮らす残留孤児2世の写真など多数展示する予定です。

 なかのZERO●http://www.nices.jp/access/zero.html

 


やっぱり癌研は遠かった 

2011-09-15 11:55:26 | 父・家族・自分

9月14日(水)晴れ

 今日は癌研有明病院で通知簿をもらう日です。昨日、府川の自転車屋さんでブレーキとタイヤを取り替えてもらったばかりの順子号で行ってみることにしました。50km以上はあります。月曜日にさかのぼってきたばかりの道です。

 入間大橋のやや下流で荒川(入間川)右岸の土手の上の道に出ました。ここからは只管(ひたすら)、土手上と災害時非常用道路を河口に向かって走るだけです。上江(かみごう)橋から川越線をわたってしばらくの間だけは車道にもなっているので要注意です。あとはほとんど車とは縁のない道です。

 かつては対岸の荒川自転車道をよく利用したものですが右岸の道がよくなったので近いほうを走ってみたのです。

 土手上の道は「管理用」なのか、柵のようなもので通せんぼしているところがあります。それでも脇からなんとか入れます。自転車はいいよと黙認しているのかな。(親切ではありません)。

 3時間近く走って岩渕水門のそばの「知水資料館」にたどり着きました。

  知水資料館●http://www.ara.go.jp/amoa/syoukai/info.html#top

 ファンタを買って飲んだら「今日はここまでにしよう」という気分になって、王子の恵美ちゃん宅に自転車をあずけることに‥。

 せっかくだからと資料館の2階で青山士(あきら)さんにお会いしていくことにしました。8月末、信濃川大河津分水でお目にかかったばかりでしたが、ここはここで大事な仕事をされたところです。

  青山士写真

   青山士● http://www.ara.go.jp/wakwak/kouza/aoyama.html

 恵美ちゃん(池商OG)宅で出迎えてくれたのは結城さんという小学校以来のお友達です。2階にあがるといつもの笑顔があったのですがしばらく前に軽い脳梗塞をやったといいます。もう自転車にも乗れるといっていつもの通りあれこれと世話を焼いてくれました。

 小一時間三人で交流。恵美ちゃんといえば人の世話に明け暮れてきた人ですが今回ばかりは結城さんに世話になったようです。三ノ輪の幼少時からの付き合いで仲の良い姉妹もこうはいくまいという感じです。この方のことは前々から聞いており、韓国旅行を共にした写真も見せてもらったことがあります。だから僕にとっても旧知と同じです。

 面白い(失礼!)仕事をしている方です。次回はゆっくり聞かせてもらいます。

 3時前に西尾誠人主治医の診断がありました。

 「血液検査。格別の異常なし。CT検査。右肺に転移した癌も肺門リンパの癌も小さくなった。イレッサの薬効は顕著」。

予想通りで格別の感慨はないがともかくありがたいことです。薬効がある限り毎日一錠イレッサの服用が続きます。


「大逆百年の孤独」上演と島村三津夫さん

2011-09-14 07:38:19 | ふるさと 土佐・室戸

今年は幸徳秋水が大逆事件で刑死して100年になります。故郷・中村(四万十市)では「秋水展」が開催されており、「大逆事件サミット」も予定されているようです。

    ●http://www.city.shimanto.lg.jp/syuusui/doc/panf/201109-1.pdf

高知のケンチャンやU原さんのブログで「大逆百年ノ孤独」という芝居が高知や中村で上演されたと知りました。

この劇の上演運動の中心になった方は島村三津夫というかたで室戸市の吉良川中学校の校長だったといいます。U原さんのブログにこうあります。

2011年04月14日  (出典)http://umecchi.seesaa.net/article/195839386.html

詩人校長の退職


昨年5月、劇団「北辰旅団の『大逆百年ノ孤独』公演を一緒に手伝った、島村三津夫さん(3月末 吉良川中校長で退職)から、『島村三津夫 第三詩集 蛇 』が届きました。

『大逆 百年ノ孤独』の上演は、もともと、作者の北野さんを知っていた島村さんが、「高知市でやるので、顔の広い、ウメちゃんに手伝ってほしい」と言ってきたことから始まりました。
結果的に高知市での上演が成功し、一回だけの上演ではおしいということで、この1月、「刑死百年」、秋水生誕地、土佐の中村での公演が実現しました。この演劇実現の功労者は島村さんです。

島村さんは室戸市三津の生まれ、大学卒業後、半年もユーラシアをさまよって、その後、教師になった「変わり種」。風貌は「漁協の組合長」みたいで、およそ、この人が詩を書いているなどとは、想像できません。どこから、あんなやさしいまなざしが出てくるのか?

社会科教師として、高知県東部で教師を続けましたし、馬路村にいる時は中江兆民が歩いて馬路村に入った紀行文をもとに、生徒たちと自転車で踏破。
馬路の「村おこし」の取り組みを中学社会科教科書に載せることにも力を貸してくれました。

また、作家、小田実とは「同志」で、家族ぐるみの交流でしたし、2人の結びつきは、かつて、高知新聞にも連載されました。
詩集に寄せられた手紙では6月からシベリアをカムチャッカまで行き、その後、バム鉄道でヨーロッパに入り、アフリカ、中近東と、残した旅を完成するようです。

カード          島村 三津夫

ふと訪れた母校の図書館で
「風と共に去りぬ」の読書カードに
私の名前が記されてあった
昭和四十年九月十二日
あれから三十余年

私がこの長編小説を
わくわくしながら
読み耽っている間に
みんなどこかへ行ってしまった

野球でバッテリーを組んだ
最愛の友は大阪で行方知れず
家計が苦しかったTは
十八歳の若さで自死した

私は本を返すから
みんなあの日に戻ってこないか
秋風と共に戻ってこないか


写真は『島村三津夫 第三詩集 蛇 』
(2011,3刊 ふたば工房)


P1040495_R.JPG

 吉良川中学校は父が最後に校長を務めた学校です。室戸の学校にこんな気骨のある先生がおられると言うのですからなにやら嬉しくなってしまいました。U原さんとは親しい間柄のようですからなおさらです。

 出来ることなら芝居も見てみたいし、島村さんにはお会いして色々と教えてもらいたいものです。

 三津の島村さんといえばぼくは島村泰吉先生を思い出します。「室戸市史」を編集された方で父の白寿の祝いなどに来てくださったのです。三津夫さんはもしかしたら泰吉先生の‥?などと勝手に想像をめぐらしています。

 世界を巡る旅からそろそろ帰られたのでしょうか。

 ケンチャンのブログに貼り付けてあった島村さんの「上演のご案内」です。出典●http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2010/05/post-cb6e.html

Daigyaku1

 


有明から自転車で帰宅す

2011-09-13 09:26:46 | 父・家族・自分

9月12日(月)晴れ

 思いがけなくも「壮挙」をやってしまいました。知人宅に預けてあった「順子号」で東京湾岸の癌研有明病院から川越の自宅まで帰ってきたのです。普通の人にはなんでもないことですが僕には一度はやってみたかった壮挙です。

  癌研有明~(晴海通り・内堀通り・白山通り)~板橋区役所~(白山通り)~戸田橋~(荒川右岸土手上・災害時避難道路)~

治水橋~(新河岸川土手上)~川越

 途中下車①築地市場外市場●http://www.mapfan.com/spotdetail.cgi?SPOTCODE=S14KIYR0

        ②皇居前広場

        

        ③池袋商業高校跡地

  フランス人学校への衣替え工事が進んでる。来春開業らしい。道路沿いのイチョウと旧ガスタンク側の桜の並木はそのまま残っている。

 

 9時半にはCT検査が終わったので軽食の後、板橋区役所に向かいました。「中国残留孤児」の支援相談員をやっている李さん(北高OG)が近く職を辞して台湾に行くというのでお別れの昼食会をすることにしたのです。12時ちょうどに役所を出て同僚のTさんと3人で食卓を囲みました。

 お連れ合いは画家です。先年、台中の芸術高校の先生になって赴任したので李さんも台湾の人になる決意をしたのです。夫君から2年後に来てくださいというメッセージを受け取りました。その頃には新しい校舎が完成するということです。

 近く小中学校生活を送った墨田区で昔の先生方や知友の集まりがあるということです。僕の知る名前もあって懐かしく感じます。北高の中国クラブの同窓会も開いたらどうだろう。

 1時前にはお別れとなったのでこのまま自転車で川越まで帰ろうと思ってしまったのです。元気な証拠です。

戸田橋付近で荒川の土手(右岸)に出ました。これからは写真のような快適な土手道です。(写真は僕の進むのとは反対側の風景です)。

ビルの何階かの高さのところにある道をどこまでも走ります。北関東の山々や富士山は見えないが秩父の武甲山が正面に見えます。日差しはきついけれど空気が乾いていて大空と大地を独り占めしているような快感です。カブトギクの黄色い花が続きます。

 

 出典●http://www.geocities.jp/bike_de_go55/03ps.html

 遠い昔、北高の中国クラブの面々と荒川をさかのぼって吉見のフレンドシップセンターまで往復した(一泊)のを思い出します。その頃はこの道は舗装されておらず、対岸の県道を通って荒川自転車道に出たのではなかったか。李さんも一員だったのかな。

 羽倉橋から治水橋までの工事はほぼ終わっていました。この道はもう「素晴らしい」の一言です。広々とした道がどこまでも果てもなく続いている感じです。

 治水橋で降りて新河岸川放水路・新河岸川とさかのぼり、川越の渋井に入ったところの蓮光寺で一休み。板橋から2時間半くらいかかったかな。

 

 (蓮光寺山門)

 川越に入るとともにに土手上の道は悪くなります。あちこちで夏草が繁茂して自転車が通れないほどになっているところもあります。なんとかならないものでしょうか。前に一度、自転車道の整備を市長あて訴えたことがありますが「県に伝える」という返事があっただけでした。

 4時半ごろには家につきました。あさ、預けておいたもう一台の自転車を取りに娘に駅まで送ってもらいました。気力も体力も残っていたのです。

 抗がん剤「イレッサ」を飲み始めてちょうど一箇月。副作用は無く、このように元気です。まだまだ「やればできる」。

 

 


希望はどこにあるのか 9・11新宿デモ

2011-09-12 04:38:39 | 自然と人間(震災・津波・原発事故)

9月11日(日)晴れ

2時過ぎ新宿東口のアルタ前に行ったけれど警察が禁止したのか主催者が予告していた集会は行われていない。やむなく西口の中央公園に行き、デモの開始を待つ。

 出発は3時半過ぎだったか。先頭集団の最後尾を甲州街道・明治通りと歩いた。父子連れなど家族ぐるみの参加もあり、穏やかなものだが、警察車両からの叫び声がやたらとうるさい。なぜか、サイレンを鳴らして無理やり通り抜けるパトカーや機動隊の輸送車。気味が悪い。

 明治通りに入った頃、精さんご夫婦が声をかけてくれた。美智子さんのこぼれる笑顔にお会いするのは本当に久しぶりだ。5時になったのでアルタ付近で僕はリタイアー、西武新宿から帰途に。集会はどうなったのだろう?お目当ての藤波さんの話が聞けず心残り。

 震災から半年、ビルの電光ニュースを見ながら、私たちが受けた打撃の大きさを思った。2万人近くの同胞を喪った。列島にまき散らされた放射性物質は未来永劫人々を侵し続けるだろう。涙がでそうになった。

 希望を求めて集まった人々に対する警察の仕打ちは旧態依然、この苦難を共にしようという心は彼らにはないのか。

   ●http://www.youtube.com/watch?v=xnruDaMxPO0

 こんな日本しか残せない自分たちが情けなく悔しい。

 7時過ぎ、家園で夕食。ここの秋子さんと話をしていると元気が出てくる。人はこんなにも優しく育つことが出来るのか。中国で父を育てた養父母・父母‥歴史のなかでもみくちゃにされながらこれらの人々に学び身に付けてきた人間のこころ。

 参考資料●http://etc8.blog83.fc2.com/


 


9・11ー19 脱原発アクションウィーク

2011-09-11 03:31:09 | 自然と人間(震災・津波・原発事故)

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都道府県別にリスト化して見る»


「9.11-19 アクションウィーク」完全中継プロジェクトのサイトが立ち上がりました!

9月11日は、福島原発震災の発生から半年。
今なお大地や大気や海への放射能の放出は続き、人や動物や自然を
傷つけています。特に、子どもたちや原発労働者の被ばくは深刻です。

 

原発安全審査指針の破綻が明らかになっている今、福島原発事故の
実態を無視したストレステストによって、停止中の原発の再稼動をすべき
ではありません。

原発の再稼働を止めれば、来春にはすべての原発が止まります。
今こそ、福島原発事故の現実と向き合い、エネルギー浪費を見直し、
自然エネルギーへの転換を全力で進めるときです。

9月11日~19日は脱原発アクションウィーク。全国から声をあげましょう!
各地で集会、デモやパレード、講演会、上映会やセミナー、チラシまきなど、
さまざまなアクションに取り組みませんか。

原発なしでも大丈夫!  再稼働を止めて、脱原発へ!   

出典●http://nonukes.jp/wordpress/

9・11新宿原発やめろデモ

 2時 東口アルタ前集会

 3時11分西口中央公園からデモ出発

   詳しくは●http://911shinjuku.tumblr.com/

藤波心さんのスピーチはアルタ前の集会で予定されているようです。

 藤波心ブログ●http://ameblo.jp/cocoro2008/

 


樋詰橋(荒川)が毀れた

2011-09-10 09:24:23 | 川越・近郊

9月9日(金)晴れ

 暑さがぶり返して来たような感じです。午前中に押入れの古い資料などをゴミに出すひと仕事。昼寝の後、4時まえから荒川方向に行くことにしました。

 近くの北山田ではカカシ祭りの真っ最中。刈り取りの済んだ田んぼもあります。入間川自転車道の彼岸花はまだポツポツと見えるだけです。荒川左岸をさかのぼり、いつものように桶川の樋詰橋をわたって帰ろうとしたら通行止になっていました。先日の台風の余波の雨で荒川が増水し、樋詰橋は冠水、欄干の一部が壊れてしまったようです。市役所の人?が言うには復旧は来年以降になるだろうとのこと。

 4日頃には下左の写真のように橋はすっかり水没していたようです。右側の写真がふだんの橋の様子です。水かさが相当増していたことがわかります。それでも河川敷の牧草地帯は無事だったようです。

 川越に住んでいて豪雨は余所事と思っていたのですがこの様子では荒川上流も結構降ったのでしょう。

樋詰橋冠水冠水橋 樋詰橋

 出典●http://blog.livedoor.jp/gori60/

上流の太郎右衛門橋をわたって川島町側の土手に出ました。入間川に架かる冠水橋・出丸橋は無事、車も通常のとおりです。

バイク通勤の娘に聞いてみたら入間川水系の各地の冠水橋は一時通行止になっていたが今は復旧しているとのことです。


「えび善」の米沢くん

2011-09-09 07:22:11 | ふるさと 土佐・室戸

9月8日(木)晴れ

 狭山の智光山公園に行く途中で高校の同期生・米沢くんを訪ねてみることにした。米沢くんは若い頃ドイツに遊学してこの辺りで今を時めくSハムの基礎を築いた人だ。後に入間市の武蔵藤沢にララミーハムを創業した。室戸にルーツがあると聞いて店を訪ねてお会いしたことがある。住まいは狭山の柏原で、入間川サイクリング道路から近いはずだ。

    ララミーハム●http://xjmarin.seesaa.net/article/6925727.html

 奥さんに教えてもらって団地内にある「ララミーハム」に行ってみた。忙しく立ち働いておられた。15・6年ぶりの再会を喜んでくれた。いまは武蔵藤沢の店の経営を人に任せ、ご自分は自宅近くのこの店でハンバーグやメンチカツなどの惣菜を手作りして販売しているのだという。

 ハム・ソーセージ作りの専門家が惣菜作りの専門家に転身したのだ。朝早くから店に来て一人で料理する。自分で納得できるハンバーグを作るのに8年はかかったという。毎日毎日のことで結構大変だが面白くて止められないらしい。美味しくて良質な食品を作ってなるべく安く販売する。自分の哲学に忠実な職人がここにもいた。もうすぐ70になるが仕事一筋の日常はまだまだ続きそうだ。

   ララミーハム狭山柏原店●http://www.naviiz.com/gen_nikuya/shop_5614/map.html

 

 ルーツに関わることを聞いてみた。予想したとおり、室戸では知られた「戎善商店」の後裔だった。お父さんの代から室戸を離れたが近 頃、狭山に株式会社「えび善」を創ったといって名刺を貰った。室戸の「戎善」が閉店したので狭山の地に再興する気持ちなのだろう。室戸の人が知ったらびっくりするだろう。たしかに店で売っている惣菜には「えび善」のラベルが貼ってある。

 「戎善」と曼陀羅の井上くんの生家は同じ町内である。曼荼羅のことを吹聴しておいた。埼玉の地で二人が出会う日がきっとあることだろう。高校の同窓でもあるし、自分の味にこだわりを持つ者同士でもある。(なんだか楽しくなってきたぞ。)

 夕食にお土産に貰ったハンバーグなどが並んだ。味にうるさい妻と娘が美味しいと太鼓判をおしたので米沢くんに電話してお礼をいった。朝が早い善三さんはもうお休みで奥さんが相手をしてくれた。仕事一筋でご夫婦で川越祭りを見にくることもなかったらしい。そんな日があることをお願いした。

 サイクリング道路沿いの安比奈親水公園のコスモスが花盛りだ。

 

 


追悼 大道あや展

2011-09-07 21:56:39 | 映画  音楽 美術など

9月7日(水)快晴

 10時頃、家をでて1ヶ月ぶりに「原爆の図・丸木美術館」を目指すことにしました。入間川・越辺川・都幾川の土手上の道を辿ります。どこもかしこも黄金の穂波です。

 美術館では「追悼 大道あや展」が始まったところでした。大道あやさん、丸木位里さんの妹さんです。いつの頃からだったか美術館を訪ねるとよくお見かけしました。越生の蹴飛ばし山に住んで自宅を小さな美術館にしているころに訪ねてお目にかかったことを思い出します。昨年、故郷・広島で101才の生涯を閉じられたとのことです。

小江戸祭

 出典●追悼 大道あや展http://www.aya.or.jp/~marukimsn/kikaku/2011/2011aya.html

お母さん(丸木スマさん)の絵に似てるなあと感じました。鳥や花など見ていた世界が共通するからでしょう。スマさんはピカソ的なところがありますが娘さんの絵は緻密で丁寧です。

川越祭りを描いた大作が二つ三つありました。見慣れた祭りですがこうやって描かれると昔の祭りのただ中にいるような懐かしさを感じます。埼玉に住むことになってここはここでまたいいなあと思われていたのでしょう。

 兄夫婦の原爆の図にはどこか違和感を持っていたといいます。被爆当時のヒロシマのスケッチもありますが目にした光景をとても描けないと筆をなげたとか。そうだろうなあと思うばかりです。

 丸木スマ 丸木位里 大道あや 丸木俊。この4人の親子、兄妹、夫婦の画業が一堂に揃った「丸木美術館」。こんな機会がまたあるとも思えません。よかったらどうぞお出かけください。僕でよかったらいつでもお供します。

 昼食後、嵐山の国立女性教育会館を訪ねました。10月29日~30日に予定している第13回きいちご移動教室の下見のつもりで。ここを宿泊地にして奥武蔵・秩父の秋を楽しむ企画を考えています。温泉ではないという問題点はありますが施設も環境も良く、廉価です。皆さんが気に入ってくれるといいなあ。

  国立女性教育会館●http://www.nwec.jp/jp/about/facilities/

 

 


9・11新宿原発やめろデモ

2011-09-07 06:52:19 | 自然と人間(震災・津波・原発事故)

                                          出典●http://nonukeart.org/

9月11日(日)には新宿でデモがあります。3ヶ月ぶりに歩きに行こうかと思います。詳しくは次のHPをご覧ください。どなたかにお会いできるかな。

   9・11新宿原発やめろデモ●http://911shinjuku.tumblr.com/tagged/call

 19日(祝)は明治公園で5万人集会だとか。100万人くらいは集まらないと力にはならないと思うが‥。僕が50001人目になりにいけるかな。今日からはサイクリングと散歩で体調を整えよう。


新河岸「曼陀羅」の楽しみ

2011-09-06 09:31:08 | 友人たち

9月5日(月)雨降ったり止んだり

 娘の休日なので新河岸の「曼陀羅」で昼食会ということにした。店主の作ってくれたのは「焼きカレー」。これがなかなかの美味。泰久さんは400坪の菜園を手放したあとも家のあちこちで野菜を作っている。その日とれた野菜を眺めてはどう料理するかをかんがえるらしい。

 手作りなのは料理だけではないことが判った。テーブルも椅子も電気の傘も‥見えるものはことごとくといっていいほどこの何十年間の間に自ら工作したものだ。なんでも自分好みにコツコツと仕上げていくのであろう。なかにはお父さんが加勢して作ってくれた椅子もある。

 僕がここで食事をするのは3度目だが妻や娘は初めてだ。会話が弾んでいるうちに次々と明らかになる店主の秘技に僕はただただ圧倒される。僕にはできないことばかり、やろうと思ったことさえないことばかり。

 ここに来るとそんな発見があって楽しい。

曼陀羅●http://blog.goo.ne.jp/keisukelap/e/924e64e3e2410dce62b962a7dd3fdbd0

 

 「日刊ゲンダイ」のweb版でこんなことまでやるのか、とあきれはてる記事を読んだ。「朝日」をやめて「東京」にしたという話を身近かでも聞いたことがあるが、毎月?千円も払ってこんな新聞をとっている人が今なおいるのはどういうことだろうか。

 

     朝日新聞「ひと」欄また問題人物登場

【政治・経済】

トンデモ教授に「朝日がん大賞」は驚愕

2011年9月3日 掲載
 朝日新聞の「ひと」欄といえば、ついこの間も被災地で“活躍”するニセ医者を大きく取り上げ、赤っ恥をかいたばかり。「またやったか!」と思われたのが今月1日付の同欄だ。
 取り上げていたのは山下俊一・福島県立医科大副学長(59)。見出しには「朝日がん大賞を受ける」とある。「朝日がん大賞」とは公益法人「日本対がん協会」が朝日新聞の協力を得て2001年から創設した賞で、「将来性のある研究や活動などを対象に贈る」もの。副賞が100万円もつく賞だ。なるほど、「朝日」がつく賞を取ったものだから、「ひと」欄で取り上げたのだろうが、この山下氏の「がん大賞」受賞には多くの人が腰を抜かした。「がん大賞」ではなく、「がんにさせる賞」じゃないか。こんな声も多かった。山下氏は日本甲状腺学会理事長を務める権威で、福島県知事の要請で放射線健康リスク管理アドバイザーも務めている。今度の「朝日がん大賞」の授賞理由も「被曝医療への貢献」だ。しかし、原発事故直後は、放射能による健康被害を過小評価するトンデモ発言を繰り返し、ジャーナリストの明石昇二郎、広瀬隆両氏から東京地検に告発されているのである。その告発状にはこうある。
〈被告発人山下らは年間20ミリシーベルト、毎時3.8マイクロシーベルトをわずかでも下回れば「安全」であるとし、そうした地域に暮らす一般市民、児童、生徒、学生らの安全対策を怠った。山下に至っては飯舘村で講演し「現在、20歳以上の人のがんのリスクはゼロです。ですからこの会場にいる人たちが将来がんになった場合は、今回の事故に原因があるのではなく、日ごろの不摂生だと思ってください」などと被曝安全説を触れ回った〉

 他にも山下氏は言いたい放題で、ユーチューブには「山下俊一トンデモ発言」なるコーナーまでアップされている。そこでは「放射線の影響は実はニコニコ笑っている人には来ません。クヨクヨしている人に来ます」なんて言っている。ある雑誌によれば「福島県の子どもたちは幸せですね。これからガイガーカウンターを一人一人持って、毎日測って、科学に強くなる」なんて発言も。
 こんな人物が「がん大賞」とはブラックジョークだが、選考理由について、日本対がん協会は「担当者不在」を理由に回答をよこさず、朝日新聞は「朝日がん大賞は日本対がん協会が選考し、授賞しています。従いまして弊社はご質問にお答えする立場にございません」(広報部)ときた。ジャーナリズム感覚ゼロである。
「福島県の人たちは『犯罪者を褒め称えるのか』と怒り心頭です。9月11、12日には山下氏が仕切る『放射線と健康リスク』に関する『国際専門家会議』が福島で開催されます。授賞はそのための権威付けの疑惑もあります」(ジャーナリスト・横田一氏)
 放射能は日本を完全に狂わせている。

 出典●http://gendai.net/articles/view/syakai/132462

  関連資料●http://www.janjanblog.com/archives/45628

東電最高幹部、山下教授ら張本人32名を刑事告発