8月31日(水)晴れ
(長岡市)寺泊~(長岡市)和島・歴史民俗資料館~隆泉寺(良寛墓碑)・宇奈具志神社(良寛詩歌碑)~出雲崎町・良寛堂~柏崎刈羽原子
力発電所~(長岡市)小国町・真福寺(木喰上人・仁王像)~小千谷IC~関越高速道路~川越
①良寛墓碑・詩歌碑
良寛が最晩年を過ごした木村家のある(旧和島村)島崎の辺りは「はちすば通り」と名付けられて散歩道になっている。墓碑は木村家の菩提寺・隆泉寺にあり、近くには托鉢する良寛像もある。隣の神社にある良寛詩歌碑を眺めていたら近所の女性が現れて「良寛禅師の遺墨(建碑の拓本の縮刷版)」という印刷物を差し出してくれた。おかげでなんとか読むことができた。漢詩・俳句・短歌が刻まれている。
「倒るれば 倒るるままの 庭の草」
出典●http://www2.tokai.or.jp/mm/washima.html
②出雲崎・良寛堂
良寛の生家跡に建つ良寛堂。ここは昔来たことがある。日本海のかなたに良寛の母の故郷・佐渡島が見える。安田靭彦の作だという。近くの住吉神社に登って佐渡を遠望してみた。
「いにしへにかはらぬものはありそみとむかひにみゆるさどのしまなり」
③柏崎刈羽原子力発電所
ここまで来たからには東電柏崎刈羽(かしわざき・かりわ)原発も見ておこうということになる。まずはPR館に寄って昼食。軽食だが安くて美味しい。
ついで実物の5分の一の原子炉模型を女性社員の案内付きで見学。お姉さんの説明は丁寧で優しいが当然ながら「当社」寄りである。申請すれば原発構内も案内してもらえるというので早速実行する。
写真付きの公共機関が発行する本人証明書が必要である。妻と娘は運転免許証、僕は住民基本台帳カードでクリアー。しばらく待っていると車がやってきて3人を載せてくれた。発電所入口では運転手(案内人)が警備員のチェックを受ける。
壮年の案内人はかつて福島第一原発でも働いていたという。ここは7号機まであり福島第一よりは広い。合計発電能力は世界最大だが、今動いているのは5号機と6号機だけで、この2機も来春には定期検査に入るらしい。そうなると東電の原発は全て停止となる。
広い構内の発電施設の周りをゆっくりと(40分くらい)回りながら説明をしてくれた。記憶に残ったこと。
1 赤くて巨大な避雷針鉄塔が3基、海よりに建っている。雷雲は能登半島方面から米山(よねやま)を経てやってくることが多いらしい。発電所の生命線に打撃を与えかねないので万全の対応をしているという。
2 この発電所で働いている東電社員は1200人。協力会社社員は6000人。これにはびっくりした。あちこちに協力会社の建物がある。協力会社というのは定期検査の時などに働く下請け会社のことかと思っていたら、日立や東芝などの大会社も含まれるらしい。実際に発電機を回しているのはこれらの会社の社員で東電の社員は全体のマネージメントをしている。どうもそういうことらしい。原発に関する僕の認識は根本的に間違っていたようだ。
東電には食堂があるが協力会社には無く、街の弁当会社の車で昼時は混雑するほどだという。これだけのひとが働いているとすれば柏崎はまさに原発城下町ということになる。東電抜きには町が成り立たなくなっているのだろう。
3 海上には海上保安庁の巡視船が停泊していた。北朝鮮などのテロ攻撃を警戒しているのだろう。(01年の9・11までは構内の見学も自由に行われていたらしい)。
4 津波対策の防波堤や防護壁の建設はこれからだという。中越沖地震で毀れた原発の補修工事も終わっていない。それでも5・6号機は動いており、熱排水が海に流れ込んでいた。地震や津波が起きる可能性はないと言えるのだろうか。
丁寧に案内してくれた方々にお礼を言って、旅の最後の目的地・小国町・真福寺に向かった。
参考資料●http://gendai.net/articles/view/syakai/132432
東電・柏崎刈羽原子力発電所全景(廃土で造った岡の向こう側の5・6号機だけが稼働中だ)●http://www.tepco.co.jp/nu/kk-np/index-j.html