く~にゃん雑記帳

音楽やスポーツの感動、愉快なお話などを綴ります。旅や花の写真、お祭り、ピーターラビットの「く~にゃん物語」などもあるよ。

<相撲神社> 初の天覧相撲で当麻蹴速に勝った野見宿禰の顕彰碑を建立

2013年07月08日 | スポーツ

【八角親方ら出席し〝勝利之聖〟碑の除幕式】

 相撲発祥の地と伝わる奈良県桜井市穴師の相撲神社で7日、相撲の始祖・野見宿禰(のみのすくね)を顕彰する石碑「勝利之聖(ひじり)」の除幕式があった。日本書紀には2000年前の垂仁7年7月7日、この地で初めて天覧相撲が行われたとの記述がある。宿禰はその時、対戦相手の当麻蹴速(たいまのけはや)を破ったと伝わる。除幕式には日本相撲協会の八角信芳理事広報部長(第61代横綱北勝海)ら多くの関係者が出席した。

 

 相撲神社は大兵主神社の摂社で、大和の古代道路・山辺の道の近くにある。1962年には当時の時津風理事長(双葉山)をはじめ全幕内力士が参拝し、大鵬、柏戸の両横綱が土俵入りを披露した。それから50年になることから、市民有志でつくる「建立会」が中心になって記念碑の設置準備に取り組んでいた。

 

 石碑は台座も含め高さ2.5mで、日本画家・故長谷川路可(1897~1967)が描いた宿禰の躍動的な勇姿が刻まれている。東京五輪の主会場だった国立競技場に勝利のモニュメントとして掲げられている壁画と同じ図柄で、遺族の了解を得て使わせてもらったという。同時に地元ライオンズクラブ寄贈の「力士像」の除幕も行われた。

 八角親方らによる「勝利之聖」碑の除幕に先駆け、「相撲の聖地として長く語り伝えていきたい」という北の湖理事長の祭文が読み上げられた。八角親方も「相撲発祥の地として感慨深い」と祝辞を述べた。長谷川画伯の遺族、風巻義孝さんは図柄について「宿禰の左の手のひらが上を向いているところに、敗者への優しさが込められている」と解説していた。

 

 この後、記念の行事に移り、この日のために4月発足したばかりという「大和すくね相撲甚句会」による相撲甚句の披露、「卑弥呼太鼓」による和太鼓の演奏があった。この日はちょうど大相撲名古屋場所の初日。しかも蝉しぐれの猛暑。そんな中、背広姿の八角親方が途中で中座することなく、2時間余の記念式典を最後まで見守っていた姿が印象的だった。散会後、市民には地元特産の冷たい三輪そうめんが振る舞われた。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする