く~にゃん雑記帳

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<伊勢神宮> 「遷宮の形は時代によって変化」(斎宮歴史博物館の榎村氏)

2013年07月11日 | メモ

【室町後期には120年余中断、信長・秀吉の後援などで復興!】

 20年に1度の伊勢神宮式年遷宮。10月初めには最も重要な「遷御の儀」(内宮2日、外宮5日)が行われる。第1回は持統天皇の時代の7世紀後半といわれ、今年で62回目。だが、この間、室町時代後期の長い中断もあった。大阪市内のホテルで10日行われた三重県観光情報提供会で「伊勢神宮の遷宮と斎王」と題し講演した榎村寛之氏(写真)は「遷宮の形は時代によって変化してきた」などと話した。

  

 榎村氏は三重県明和町にある「斎宮歴史博物館」の学芸普及課長を務める。斎宮は伊勢神宮に仕えた未婚の皇族女性「斎王」の住まい。東西2キロ、南北0.7キロの規模を誇り、斎宮跡は国の史跡になっている。「斎宮は7世紀後半に整備が始まり、780年頃に完成した」。県は建物3棟を原寸大で復元するなど歴史公園としての整備を計画している。

 「斎王は天皇1代に1人が原則で、天皇の譲位や崩御、斎王の親の不幸などで交代した。確認できる斎王は約660年間に60人余り」という。斎王は遷宮の儀式にも天皇の代理として出席した。旧殿に最後の拝礼を行う役目を担っていたという。「遷宮祭への斎王の参加は朝廷による遷宮重視の表れ」。だが、斎宮の制度は南北朝時代の14世紀前半に廃止された。

 遷宮自体も南北朝時代になると20年に1度という定例が守られなくなった。外宮の定期遷宮は1434年を最後に、内宮は1462年を最後に長い中断期に入った。その後、16世紀に入って内宮そばにあった尼寺・慶光院(明治の神仏分離で廃絶)の勧進活動や後奈良天皇の後援で1563年、外宮の遷宮が129年ぶりに行われ、さらに1585年には織田信長・豊臣秀吉の後援によって内宮遷宮が123年ぶりに行われた。神領民が参加する「御木曳」などの行事も中世以降に始まった。

 伊勢神宮は〝外宮先祭〟が原則だが、遷宮だけは室町時代に中断するまで内宮が外宮より2年早く行われていた。しかし、遷宮の再開はまず外宮から始まった。なぜか。榎村氏は「中世には外宮が(高天原に最初に出現した)天御中主命(アメノミナカヌシノミコト)だと考える〝伊勢神道〟が一般的だったからではないか」と指摘する。外宮は内宮より同等以上の存在であるという考えに基づくというわけだ。

 今年は出雲大社でも60年ぶりに本殿の屋根を葺き替える「平成の大遷宮」が完了し、5月に「本殿遷座祭」が行われた。ただ伊勢神宮のように建物自体を定期的に造り替える神社は他にない。しかし「平安時代には定期造替する神社は伊勢神宮だけではなかった」。延喜式には「凡そ諸国神社は破るるに随いて修理せよ。但し摂津国住吉、下総国香取、常陸国鹿島等神社の正殿は、廿年(20年)に一度改造せよ」と記されていた。ちなみに「式年遷宮」という表現が文献に初めて登場したのは南北朝時代の康安元年(1361年)という。

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