く~にゃん雑記帳

音楽やスポーツの感動、愉快なお話などを綴ります。旅や花の写真、お祭り、ピーターラビットの「く~にゃん物語」などもあるよ。

<BOOK> 「クラシックの愉しみ」 (横溝亮一著、角川書店発行)

2013年07月29日 | BOOK

【副題「アナログ主義者が選んだ名指揮者・名歌手・名演奏家」】

 著者の横溝亮一氏は作家・横溝正史の長男。1931年生まれで、東京新聞の音楽担当記者を経て、77年から音楽評論家。本書「はじめに」の冒頭に自ら記したように「音楽鑑賞歴は非常に長い。半世紀はおろか、70年をこえているのではなかろうか」。渡航回数も優に100回を超える。

   

 「私の好む名演奏家は、みな半世紀も昔の人に集中している」という。「クラシック音楽を『再現芸術』としての『演奏』という行為によって、高い次元で『解釈、表現、伝達』できている人は、新しい世代には少ないと思う」からだ。本書では演奏家やオーケストラなど合わせて約60人・団体を取り上げているが、その大半が〝旧世代〟に属する。いずれも著者が生演奏を聴き、あるいは本人に直接会った人の中から選んだ。

 分野別などではなく順不同の構成のため、目次を参照にアトランダムに目を通した。まず「20世紀後半を担ったピアニスト」として挙げたマルタ・アルゲリッチ。「血の噴き出るような激情的な演奏を聴いて何度興奮したことか」と振り返り「彼女のロマン派を聴くと、ほかのピアニストのショパン、シューマンがつまらなく思える」とまで言い切る。

 「不世出のソプラノ歌手」マリア・カラス。著者は1974年の東京公演でのマスカーニ「カヴァレリア・ルスティカーナ」に「カラスの真骨頂を見た」という。「入魂の演技に驚倒し、感動して、思わず涙を流してしまった」。カラスはその3年後に亡くなる。享年53。著者は訃報を聴いてバイオリニスト佐藤陽子さんに電話をかけた。歌が好きな佐藤さんはなんとカラスに歌を習っていて、亡くなる直前、カラスから「眠れないのよ。何か不安で……」と電話が受けたという。

 2人のチェリスト、パブロ・カザルスとロストロポーヴィチを「権力と戦う熱き情熱」として取り上げた。2人は随分個性の違う演奏家だが、2人とも「世界の平和を願うヒューマニストとして大きな貢献をなした」。スペイン内戦のためフランスに亡命したカザルスは1971年、国連本部で「私の故郷カタルーニャの鳥はピース、ピースと鳴く」と演説し、カタルーニャ民謡「鳥の歌」を演奏した。シュヴァイツァー博士と共同で「核兵器の廃絶」を求める声明を発表したこともある。ロストロポーヴィチは作家ソルジェニーツィンを擁護し、旧ソ連政府から演奏活動停止を命じられ74年米国亡命を余儀なくされた。

 小澤征爾については師のレナード・バーンスタインと共に「ニューヨーク・フィルと若き日のオザワ」として取り上げた。小澤は1961年NYフィル副指揮者として故国の土を踏むが、体を激しく動かす小澤の指揮は「アメリカの軽薄文化の象徴」といった否定的な形でとらえる人も少なからずいたという。

 同様に指揮台で飛び跳ねるバーススタインの指揮スタイルも「これはクラシックではなくポップス」と一部批評家の不評を買った。バースタインは1970年、2度目の来日でマーラー「第9交響曲」を演奏した。その名演は初回の評価と全く違って音楽ファンの心を震撼させた。「この瞬間に、日本におけるマーラー・ブームが始まった」。小澤はその後、シカゴ、トロント、ボストン各交響楽団で音楽監督を歴任する。著者は米国で最もよく知られている日本人としてイチローとともに小澤を挙げる。

 この他、「スマートなカリスマ指揮者」としてカラヤン、「指揮者兼ピアニスト」としてウラディーミル・アシュケナージとダニエル・バレンボイム、「天性のユダヤ人バイオリニスト」としてアイザック・スターンとダヴィッド・オイストラフを取り上げている。また「言葉を大事にしたソプラノ歌手」としてエリーザベト・シュヴァルツコップ、「訪日した一流作曲家」としてストラヴィンスキーとブリテンを紹介している。

 欧米には「ユダヤ人はバイオリンを弾きながら生まれてくる」という言葉があるそうだ。ユダヤ系はバイオリニストだけでなく指揮者やピアニストなどにも多く、本書にもユダヤ系演奏家が多数取り上げられている。通読していかにユダヤ系が世界のクラシック界を席巻してきたかを改めて痛感させられた。

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