今日は「信貴山」に何度も行かれている友人の案内で
信貴山に向かいました。
JR 王寺駅 10月6日(金)秋晴れ
王寺駅ホームでお迎えです。
阪神が優勝した時に「寅のお寺 信貴山に行こう」と決まったので、優勝が無ければ今回の信貴山行きは無かったのです。
JR王子駅着時間は、バス時間に合わせて10時過ぎでした。
改札口を出ると、王子町の雪丸君の応援姿がありました。
いま開催中の「第19回アジア競技大会」の応援ですね。
開催地杭州(中国)日程9月23日(土) ~ 10月8日(日)
改札口から左の道を通り、バス乗り場へ向かいます。
初めての「JR 王子駅」ですが
数十年前のイメージでは、もっと田舎だったので
友人が「電車が遅れると、バスに乗れないから・・・」と
約束していた一つ前の電車に変更しましたが
時刻表を見ると、バスは1時間に1つしかありませんでした。
「王子駅 北」から奈良交通バスに乗って
大和川に架かる明治川を渡って行きます。
廃線の「東信貴山のケーブルカー」が見えました。
1922(大正11)年に開業した、奈良県側から鋼索鉄道で信貴山に登るルートがありましたが、1930(昭和5)年に西信貴ケーブルが出来たため、東信貴ケーブルは1983(昭和58)年に廃止されたそうです。
バス中から、廃線跡ハイキングの道が数カ所見えました。
仁王門まで、昔の門前道を散策したくて
「信貴大橋バス停」の手前にある「信貴山バス停」で降りました。
現在地から、⑦千体地蔵がある道を歩いていきます。
バスでご一緒だった人たちは、⑩の展望台を通り⑫のバス停へ
名前は分かりませんが
昔の門前道で見ました。
以前は旅館だった建物です。
大門ダムサイトや展望園地に行く階段が
写真左に見えていますが
私たちは、パスして仁王門へ向かいます。
たくさんのお地蔵さんが見えています。
「千体地蔵さん」でした。
室町時代から子宝地蔵として信仰を集めており、子宝に恵まれない人が願をかけ子供を授かるとお礼に新しい地蔵を造って借りた地蔵と一緒に置いていくので、その数は数え切れず、このことから由来して千体地蔵と呼ばれている。 Wikipediaより
道の先に「仁王門」らしきものが見えてきました。
名前は聞いて知っていましたが、初めての信貴山です。(^^♪
長くなりますので、次へと続きます。
信貴山に向かいました。
JR 王寺駅 10月6日(金)秋晴れ
王寺駅ホームでお迎えです。
阪神が優勝した時に「寅のお寺 信貴山に行こう」と決まったので、優勝が無ければ今回の信貴山行きは無かったのです。
JR王子駅着時間は、バス時間に合わせて10時過ぎでした。
改札口を出ると、王子町の雪丸君の応援姿がありました。
いま開催中の「第19回アジア競技大会」の応援ですね。
開催地杭州(中国)日程9月23日(土) ~ 10月8日(日)
改札口から左の道を通り、バス乗り場へ向かいます。
初めての「JR 王子駅」ですが
数十年前のイメージでは、もっと田舎だったので
友人が「電車が遅れると、バスに乗れないから・・・」と
約束していた一つ前の電車に変更しましたが
時刻表を見ると、バスは1時間に1つしかありませんでした。
「王子駅 北」から奈良交通バスに乗って
大和川に架かる明治川を渡って行きます。
廃線の「東信貴山のケーブルカー」が見えました。
1922(大正11)年に開業した、奈良県側から鋼索鉄道で信貴山に登るルートがありましたが、1930(昭和5)年に西信貴ケーブルが出来たため、東信貴ケーブルは1983(昭和58)年に廃止されたそうです。
バス中から、廃線跡ハイキングの道が数カ所見えました。
仁王門まで、昔の門前道を散策したくて
「信貴大橋バス停」の手前にある「信貴山バス停」で降りました。
現在地から、⑦千体地蔵がある道を歩いていきます。
バスでご一緒だった人たちは、⑩の展望台を通り⑫のバス停へ
名前は分かりませんが
昔の門前道で見ました。
以前は旅館だった建物です。
大門ダムサイトや展望園地に行く階段が
写真左に見えていますが
私たちは、パスして仁王門へ向かいます。
たくさんのお地蔵さんが見えています。
「千体地蔵さん」でした。
室町時代から子宝地蔵として信仰を集めており、子宝に恵まれない人が願をかけ子供を授かるとお礼に新しい地蔵を造って借りた地蔵と一緒に置いていくので、その数は数え切れず、このことから由来して千体地蔵と呼ばれている。 Wikipediaより
道の先に「仁王門」らしきものが見えてきました。
名前は聞いて知っていましたが、初めての信貴山です。(^^♪
長くなりますので、次へと続きます。