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2005年8月にスタートしました。
私が観た(見た)、感じた、覚書き、気になることを書いてます。(^^ゞ

ガウディとサグラダ・ファミリア展 ④「 第2章 ガウディの創造の源泉」

2023年11月30日 | ガウディとサグラダ・ファミリア展
③「 第1章 ガウディとその時代」 の続きです。
図録の写真が、思うように撮れないので苦戦しています。(^^ゞ

第2章では、「歴史」「自然」「幾何学」から
ガウディ独自の建築様式の源泉とその展開です。

●第2章 ガウディの創造の源泉
 歴史:建築のオリエンタリズム
    多彩色(ポリクロミー)建築の源泉

ガウディ:カサ・ビセンス  1883-1885年

株式仲介人マヌエル・ビセンスの郊外の別宅。

修道院の汚れた巨壁が隣接して建っていたため、それを覆うつる草をイメージして計画しました。つる草が垂れ下がるように白と緑の無地タイルが建物の上部を覆い敷地に咲いていたマリーゴールドの花柄を描いたタイル被覆で建物の下半分を鮮やかに装飾しました。

このような多彩色(ポリクロミー)の建築を構想していたガウディは、カサ・ビセンスなどの初期作品で、スペイン・イスラム建築を起源とするムデハル様式に着想を得た斬新なタイル装飾を試みる。


《グエル公園、破砕タイル被覆ピース》1904年頃

ガウディの独創は
タイル破片を素材としたモザイク装飾の手法「破砕タイル」の表現の可能性を徹底的に追求したことにあります。


 歴史:リバイバル建築
    ゴシックを現代に継承し、乗り越える

《バルセロナ大聖堂正面計画案》1882年

ジュアン・マルトゥレイ
ガウディと、リュイス・ドゥメナクによる製作図

19世紀の欧米では、ゴシック建築の復興を推進するゴシック・リバイバルの動きが流行しました。ガウディはフランスの修復建築家・建築理論家でありゴシック・リバイバルの論客であったヴィオレ・ル・デュクの著作を愛読し、ゴシック建築を深く研究しました。

1882年、バルセロナ大聖堂大正面のコンペが開催された際、ガウディは建築家の師ジュアン・マルトゥレイのもとでネオ・ゴシック様式の設計案を描いています。

しかし、翌1883年にサグラダ・ファミリア聖堂の二代目建築家に就任したガウディは、ネオ・ゴシック様式のオリジナル案から脱却することを目指し合理的な建築を追求したのです。


 自然:生命のフォルム
    ガウディの造形と通じる植物 

《プラタナスの木》

ガウディは樹木の幹を再現するように


柱を傾斜させ、ラセン形に回転させました。

上部から下部へ伝達される力の流れを樹木に習い
柱を一本一本デザインしました。
バットレスによって生まれていた陰がなくなり、森の中にいるような光溢れる内部空間が誕生したのです。


《植物スケッチ》    1878年頃

サボテン、スイレン、ヤシの木

ガウディは、過去の建築装飾を参照するだけでなく、実際に目にした動植物をつぶさに観察
し、しばしば自然を直接石膏でかたどることで装飾を造形しました


《カサ・ビセンス  鉄柵の棕櫚の模型》

1886年頃  サグラダ・ファミリア聖堂


《カサ・ビセンス   棕櫚の鉄扉》

カサ・ビセンスでは、敷地内によく茂った棕櫚の樹があったことから、その葉をかたどって鋳型を作り、連続するパターンをもとに門扉をデザインしています。


有機的なフォルムと内部空間
《エレベーターホールの保護鉄柵》

バルセロナ カサ・カルベート  1898-1900年

写真左
カサ・カルベートのエレベーターの保護鉄柵にはじまり、カサ・バッリョの階段手摺には、木工とガラスが添えられています。

写真右 サクラダ・ファミリア聖堂 (複製)
上 :カサ・カルベート  扉ののぞき窓
中 :カサ・カルベート  扉の握り金具
下左:カサ・ミラ     扉の取っ手
 右:カサ・ミラ     扉の握り金具


家 具
《ベンチ》 複製    1984~85年

ガウディは、家具のデザインも手掛けていました。

樫材で作られた椅子は
人間の姿勢を受け止める軟らかい造形で、端部はバイオリンの渦巻のようになっています。


「ガウディとサクラダ・ファミリア展」の一部ですが
長くなりますので、次へと続きます。

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