高松塚古墳へ行く前に、チョッと寄り道してきました。(^^ゞ
この周辺は霧ヶ峰と呼ばれ、鬼が住み、通行人に霧を降らせ迷ったところをとらえて、俎の上で料理し、雪隠で用を足したという伝説があります。
「鬼の俎(まないた)」
畑の中を通る遊歩道の脇の高台に上がると
鬼が旅人を捕らえて料理した爼があります。
元は1つの古墳の石槨だったものが
二つに分かれてしまったもので
俎は、古墳の床石と考えられています。
底石(俎):長さ約4.5m、幅約2.7m、厚さ約1m。
「鬼の雪隠(せっちん)」
花崗岩をくり抜き、中央が空洞になった石造物は
鬼が満腹になったあとに、雪隠で用を足したという言い伝えがあります。
鬼の俎と鬼の雪隠は
蓋石(雪隠):内幅約1.5m、高さ約1.3m。
数十年前「石舞台古墳」に行ったことがありましたが
久しぶりの明日香でした。
元の道に戻っていると、自転車に乗った子供たちが
次々と私たちを追い越していくので振り返ると・・・
鬼の雪隠の所に、たくさんの子供たちがいます。
あとで分かったのですが、池田市の方から来ていた小学生でした。
自転車に乗って、この後は高松塚古墳へ行くようです。
鬼の俎・鬼の雪隠は
飛鳥時代の7世紀後半における、終末期古墳の石室の一部とされ、明治31年より宮内庁が欽明陵の陪冢(ばいちょう)として管理しています。
鬼の俎の東側で、明治10年代に二つ目の俎石が出土しており、一墳丘二石槨の合葬墓とも考えられています。
鬼の雪隠
さすがに大きいですね。
でも旅人が食べられてしまうなんて恐ろしいです。
山姥のお話なんかが残っているので大昔は頻繁にあったのかな?
飛鳥時代の石室の一部で・・・
現在は、欽明天皇陵の石室の底石と
蓋と説明されていますが
色んな所に、色んな伝説がありますね。
山姥も、色んな土地に出没しますが
人を襲う山姥もおれば、優しい山姥もいるようですね。
夜遅い時間に山へは行かないことですね。
コメントありがとうございます。