喜久家プロジェクト

日本一細長い半島、四国最西端「佐田岬半島」。 国内外からのボランティアとともに郷づくり「喜久家(きくや)プロジェクト」。

喜久家ボランティア  ~帰って来た愛ちゃん~

2014-01-23 | 喜久家の情報
 昨年の4月下旬から5月下旬までの1ヶ月間、喜久家ボランティアとして活動してくれた早川愛ちゃん。
テレビ番組ふるさと絶賛バラエティー「いーよ」に出演するなど大活躍。

 愛ちゃんは、将来教員をめざしている大学3回生。
もっとさまざまな経験を積み、幅広い人間性を育てたいということで1年間の休学を行った。
その始まりが喜久家プロジェクトだった。
 その後、栃木県、福岡県でのワークキャンプを終え、
昨年末からはタイへ渡り、多くの学びを手にして帰国。
 そして千葉へ帰る途中に、原点となった愛媛県伊方町平礒へ寄ってくれたのだ。
本当に、うれしくて、うれしくて。

 19日から今日23日までいて、柑橘の選果作業の手伝いをしてくれた。
その後の話を聞きたくて、多くの質問をした。
 なかでも聞きたかったことは、
「この1年間でどんなことが変わった?」
ということ。

 すると愛ちゃんは、素直に答えてくれた。
「たくさんのいろいろな出会いがありました。
それが私の1番の宝物。自分の知らなかった新しい自分に出会えるきっかけになりました。」

 年末のタイからのレポートで次のようなことを感じていた。
「去年の今はまだ、まさか自分がこんな1年を過ごすことになろうとは思ってもみなくて、ただもやもやしていて漠然と不安でしたが。

 居心地のいい場所を飛び出してよかったなって思います。
嬉しいことに、帰れる場所が増えたんだもの。

そして、私はなんにも知らないんだなーって実感。

 いろんな場所でいろんな人がいろんな問題に向き合っていて、全部が同時にすっきり解決することなんてないんだろうけど。
それを考えると果てしないんだけど。
それでも自分にできることをやるしかないし、実際やってる人たちがいる。
 私に何ができるかはわからないけど、その気づきは大切にしたいなと思います。
出会った人たち、支えてくれた人たち、みんなに感謝です。

 全部の出来事を忘れないなんて無理だけど、きっと私のなかに蓄積されてるはず。」


 これほど変われるものなのか。
田舎には、農業には、ボランティアには、たくさんの可能性が秘められている。

 昨晩は、最後の夜。
娘たちもお世話になった愛姉ちゃんにあいさつ。
その姿をしっかりと脳裏に焼きつけたことだろう。
この子たちにも未来への種をまいてくれた。

 

 弟にも。



 そして私にも。



 今日の昼1時。
三崎発の伊予鉄バスに乗り千葉へ向けて帰って行った。
もしかしたら新しい旅立ちかもしれない。

 バスの中から笑顔で手を振る愛ちゃんを弟いっしょに見送った。
やはり寂しさがこみ上げてきたが、ぐっとこらえて手を振った。
「行ってらっしゃい。」


                  岬人(はなんちゅう)