錦帯橋は延宝元年(1673年)3代藩主、吉川広嘉の時代に作られその後幾度も
架け替えられていますが戦後昭和25年台風に寄る流失が有り、3年後に再建さ
れ、その後平成3年に本格的に架け替えられました。
そうして、架け替える事により江戸時代の技術が伝承され当時の姿を今に残して
います。
材料なども全て国産材を使用している様で、本体の木組みは独創的で日本三名橋
の筆頭になっている様です。
橋の下から眺めるとその木組みは芸術的で美しい。この橋を渡るには料金が必要
で橋の両側には管理人が常駐し朝8時から夕方まで通行可能になっています。
もちろん自動車などは通れませんが、歩いて居ても段差が有り、景色に見とれて
歩くと少し危ないかも!
川の向こう岸に見える町並みは「岩国城」の城下町で武家屋敷が連なっています。
山の上に山城「岩国城」が有ります。この城は慶長13年(1608年)旧岩国藩主
吉川広家の築城ですが、7年後に徳川幕府の命令で取り壊され、現在の物は昭和
37年に再建された物です。
ここへはロープウェーで行けるのですが、この日は時間が無く、手前に有る「吉香
公園」内を散歩してその日は終わりにしました。
架け替えられていますが戦後昭和25年台風に寄る流失が有り、3年後に再建さ
れ、その後平成3年に本格的に架け替えられました。
そうして、架け替える事により江戸時代の技術が伝承され当時の姿を今に残して
います。
材料なども全て国産材を使用している様で、本体の木組みは独創的で日本三名橋
の筆頭になっている様です。
橋の下から眺めるとその木組みは芸術的で美しい。この橋を渡るには料金が必要
で橋の両側には管理人が常駐し朝8時から夕方まで通行可能になっています。
もちろん自動車などは通れませんが、歩いて居ても段差が有り、景色に見とれて
歩くと少し危ないかも!
川の向こう岸に見える町並みは「岩国城」の城下町で武家屋敷が連なっています。
山の上に山城「岩国城」が有ります。この城は慶長13年(1608年)旧岩国藩主
吉川広家の築城ですが、7年後に徳川幕府の命令で取り壊され、現在の物は昭和
37年に再建された物です。
ここへはロープウェーで行けるのですが、この日は時間が無く、手前に有る「吉香
公園」内を散歩してその日は終わりにしました。

アーカイブ・シリーズ(No7)「広島県鞆の浦・尾道・厳島神社・山口県岩国」