タイトル写真は「九鬼山」(970m)山頂少し手前から撮った物で10時59分時点の画像です。朝車窓から見ると曇っていましたが、近づくに従い雲が取れてきてスッキリとした富士山の写真が撮れました。
今回の山行は富士吉田線「禾生駅」から杉山新道を登り「九鬼山」をへて「馬立山」(またてやま)(797m)を往復し「田野倉駅」へ下山するコースにしました。「九鬼山」はリニアー新幹線の発進基地そばでリニア線用トンネルの真上にある山です。
今回登ったコースです。九鬼山から先、急激に下り標高を下げます。札金峠で630m近くまで標高を下げた後、馬立山(またてやま)への登りは可成りキツイ、標高差167m程登り返す間大きいアップダウンが2度程有ります。コース全体に倒木が多く荒れた感じがします。ルートが沢山有る割に案内標識や分岐標識が分かりにくく注意が必要と思いました。特に馬立山に連なる尾根から田野倉駅へ下るコースは昭文社の「山と高原地図」に実線で書かれていますが破線ルートの様な感じです。大月市と都留市の国境に有るせいでしょうか、管理が甘い感じです。
「禾生駅」(かせいえき)を出てから国道20号線を大月方面へ戻る様に歩きます。途中コンビニへ寄って少しの食べ物とトイレを済ませ15分程歩くと「九鬼山」への登山口の案内板が出て来ます。写真はその途中の朝日川に掛かる「落合橋」が見える所、電光表示板には気温がマイナス3度と出ている。
写真は登山道入り口の標識、小さく見にくいがその先の大きな看板に概念図が出ています。
案内表示に従って右に折れ歩いて行くと、水道橋が正面に見えます。「多連式アーチで川床を越える煉瓦造りの落合水路橋は、大月市駒橋の駒橋発電所に桂川の水を引くための送水路として、東京電燈(東京電力の前身)が駒橋発電所の建設工事とともに明治40年に建設したたもの煉瓦造りの落合水路橋は、長さ56m、幅8.5m、高さ5.6mを有し、上部の水路幅5.7mの水路は現在も毎秒最大25㎥の水が流れているという」。
この下をくぐり左折すると突き当たりに愛宕神社方面と杉山新道方面へ左右に分岐します。今回は杉山新道方面進路を取ります。
すると写真の様な登山道入り口が出て来ます。何となく荒れ気味の道で不安ですが大丈夫です。この時点で9時11分。
最初は緩やかに登って行きます。次第に尾根筋の植林帯と広葉樹林帯の境を巻気味にジグザグに登り始めるときつくなり始めます。やがて樹林の切れ目から三つ峠などの山々が見え出します。
初めの方は割と写真の様に「登山道」と書いた看板が所々に設置してあり、落ち葉で隠れた道ですが何となく安心感があります。写真は弥生峠でこの辺りから尾根歩きの感じになります。
所々北西方面の展望があります。写真は手前「高川山」後方右手が「滝子山」でどちらも以前登っています。
途中「倉岳山」方面からの主稜線の尾根を左に折れ、一登りで「九鬼山」(970m)の山頂です。11時02分着。
小休止した後「札金沢」方面へ向けて下ります。初めは結構急な道で気を付けながら歩きます。
写真の様に虎ロープが張ってありザレて滑りやすい急傾斜の道を虎ロープに頼りながら降りました。
暫くザレた急傾斜の道を慎重に下り傾斜が緩やかになると、そこは紺場休場(こんばやすんば)と思われます。
写真は振り向いて後方を撮った所ですが時間的に12時少し前となり次第に遠景が霞んできました、気温も少し上がってきましたが稜線では冷たい風が吹いていて、休むと途端に身体が冷えてきます。先へ進み登山道にはイノシシが餌を探し掘り返したと思われる場所が幾つも出て来ます。
写真は分岐標識がありますが、表示が分かりにくく猿橋方面という表示が目立ちすぎですが。反対側の田野倉方面へここから札金沢に向けて降りるようです。更に数分進むと下の写真の「札金峠」へ下ります。
写真は「札金峠」で標高630m位、「九鬼山」(970m)から可成り下がった。ここからこの先「馬立山」へ行くには167m程登り返す。前にも書きましたがこれが可成りキツイ大きなアップダウンを2回も繰り返す。ここから左方向へ札金沢から田野倉へ下る分岐があるのですが不鮮明で手前上の写真の場所から下った方が良さそうです。
「馬立山」への登りの途中で振り向いて「九鬼山」を撮る。逆光ですが一気に下った事が判る。
この後次のピークの登り手前でお腹が空いたので昼食にして短い休憩としました。
写真は「馬立山」へ通じる主稜線へ出た所ですが、後から判ったのですが、ここは田野倉方面との分岐になっています。しかし田野倉方面への案内が無く、一方的に「馬立山」と「九鬼山」だけの表示板です。写真を撮ったこの位置真後ろが田野倉方面の道なのですが・・・・・
漸く「馬立山」山頂(797m)です。この標識でも右方向田野倉方面の案内はありません。この標識の設置者はどう言うつもりなのでしょうか?
此処まで来て田野倉方面へ下る事が出来無いと判り、タブレットのナビと紙の地図を見比べて慎重にナビの画面を見ながら上の写真の所まで戻る事にしました。
写真が先程の所へ戻った所です。黄色矢印で示しましたが手前向きの矢印は登り、真っ直ぐへ行く矢印は田野倉方面、コナラの木に赤いペンキで二重線が描かれています。後は赤テープも朽ち果てた道でバリエーションルートのような感じです。これでは、ここから田野倉方面へ下る人は居ないのでは無かろうか?春から夏にかけて草刈りをしなければ登山道は廃道の様な感じに成り判らなくなると思います。
田野倉方面へ向けて急激に下り、次に平坦な所へ出て道は落ち葉で隠され非常に分かりにくくなっています。写真は前方右側が667mのピークへ出る道、左はトラバースルートと思えるので、左の道を行きました。
道は非常に荒れています。途中熊かイノシシの物と思える糞の跡も沢山有り用心しながら歩きます。
途中振り返って撮った物ですが、可成りの藪漕ぎを強いられました。足下をしっかり見て歩けば落ち葉で隠されていますが良く見れば判ります。
写真は上の分岐から1時間弱程の悪戦苦闘の後、漸く田野倉駅のすぐ側の登山口に出た所です。これではこちら側から登る人も殆ど居なさそうです。左端にホンのお印程度の私設案内標識があるだけです。ここから田野倉駅迄は6~7分で到着です。14時16分下山完了。
田野倉駅で20分程待ち15:46分発大月行きの電車に乗りました。駅で登山者のおばさま2人が居ましたので話を聞いた所、矢張り禾生駅から九鬼山に登り愛宕神社方面から降りたようでした。私が途中遭った登山者は九鬼山山頂で夫婦ずれ2人だけでした。朝禾生駅で電車から降りた登山者は私一人でした。
富士吉田沿線には温泉が近くに無いようで、今回は時間も早めなので真っ直ぐ自宅へ帰ります。
今回の山行は富士吉田線「禾生駅」から杉山新道を登り「九鬼山」をへて「馬立山」(またてやま)(797m)を往復し「田野倉駅」へ下山するコースにしました。「九鬼山」はリニアー新幹線の発進基地そばでリニア線用トンネルの真上にある山です。
今回登ったコースです。九鬼山から先、急激に下り標高を下げます。札金峠で630m近くまで標高を下げた後、馬立山(またてやま)への登りは可成りキツイ、標高差167m程登り返す間大きいアップダウンが2度程有ります。コース全体に倒木が多く荒れた感じがします。ルートが沢山有る割に案内標識や分岐標識が分かりにくく注意が必要と思いました。特に馬立山に連なる尾根から田野倉駅へ下るコースは昭文社の「山と高原地図」に実線で書かれていますが破線ルートの様な感じです。大月市と都留市の国境に有るせいでしょうか、管理が甘い感じです。
「禾生駅」(かせいえき)を出てから国道20号線を大月方面へ戻る様に歩きます。途中コンビニへ寄って少しの食べ物とトイレを済ませ15分程歩くと「九鬼山」への登山口の案内板が出て来ます。写真はその途中の朝日川に掛かる「落合橋」が見える所、電光表示板には気温がマイナス3度と出ている。
写真は登山道入り口の標識、小さく見にくいがその先の大きな看板に概念図が出ています。
案内表示に従って右に折れ歩いて行くと、水道橋が正面に見えます。「多連式アーチで川床を越える煉瓦造りの落合水路橋は、大月市駒橋の駒橋発電所に桂川の水を引くための送水路として、東京電燈(東京電力の前身)が駒橋発電所の建設工事とともに明治40年に建設したたもの煉瓦造りの落合水路橋は、長さ56m、幅8.5m、高さ5.6mを有し、上部の水路幅5.7mの水路は現在も毎秒最大25㎥の水が流れているという」。
この下をくぐり左折すると突き当たりに愛宕神社方面と杉山新道方面へ左右に分岐します。今回は杉山新道方面進路を取ります。
すると写真の様な登山道入り口が出て来ます。何となく荒れ気味の道で不安ですが大丈夫です。この時点で9時11分。
写真の様に荒れていますが、歩くに従って道がハッキリしてきます。
最初は緩やかに登って行きます。次第に尾根筋の植林帯と広葉樹林帯の境を巻気味にジグザグに登り始めるときつくなり始めます。やがて樹林の切れ目から三つ峠などの山々が見え出します。
南西方向に富士山の頭が顔を出しました。
初めの方は割と写真の様に「登山道」と書いた看板が所々に設置してあり、落ち葉で隠れた道ですが何となく安心感があります。写真は弥生峠でこの辺りから尾根歩きの感じになります。
所々北西方面の展望があります。写真は手前「高川山」後方右手が「滝子山」でどちらも以前登っています。
標高が上がるにつれて富士山が大きく見える様に成りました。タイトルと同じ。
途中「倉岳山」方面からの主稜線の尾根を左に折れ、一登りで「九鬼山」(970m)の山頂です。11時02分着。
小休止した後「札金沢」方面へ向けて下ります。初めは結構急な道で気を付けながら歩きます。
写真の様に虎ロープが張ってありザレて滑りやすい急傾斜の道を虎ロープに頼りながら降りました。
一気に標高を下げます。谷間から大月の町が見えます。
暫くザレた急傾斜の道を慎重に下り傾斜が緩やかになると、そこは紺場休場(こんばやすんば)と思われます。
更に数分進むと何やら人工物で古い送電線の跡らしい。
写真は振り向いて後方を撮った所ですが時間的に12時少し前となり次第に遠景が霞んできました、気温も少し上がってきましたが稜線では冷たい風が吹いていて、休むと途端に身体が冷えてきます。先へ進み登山道にはイノシシが餌を探し掘り返したと思われる場所が幾つも出て来ます。
写真は分岐標識がありますが、表示が分かりにくく猿橋方面という表示が目立ちすぎですが。反対側の田野倉方面へここから札金沢に向けて降りるようです。更に数分進むと下の写真の「札金峠」へ下ります。
写真は「札金峠」で標高630m位、「九鬼山」(970m)から可成り下がった。ここからこの先「馬立山」へ行くには167m程登り返す。前にも書きましたがこれが可成りキツイ大きなアップダウンを2回も繰り返す。ここから左方向へ札金沢から田野倉へ下る分岐があるのですが不鮮明で手前上の写真の場所から下った方が良さそうです。
「馬立山」への登りの途中で振り向いて「九鬼山」を撮る。逆光ですが一気に下った事が判る。
この後次のピークの登り手前でお腹が空いたので昼食にして短い休憩としました。
写真は「馬立山」へ通じる主稜線へ出た所ですが、後から判ったのですが、ここは田野倉方面との分岐になっています。しかし田野倉方面への案内が無く、一方的に「馬立山」と「九鬼山」だけの表示板です。写真を撮ったこの位置真後ろが田野倉方面の道なのですが・・・・・
漸く「馬立山」山頂(797m)です。この標識でも右方向田野倉方面の案内はありません。この標識の設置者はどう言うつもりなのでしょうか?
此処まで来て田野倉方面へ下る事が出来無いと判り、タブレットのナビと紙の地図を見比べて慎重にナビの画面を見ながら上の写真の所まで戻る事にしました。
写真が先程の所へ戻った所です。黄色矢印で示しましたが手前向きの矢印は登り、真っ直ぐへ行く矢印は田野倉方面、コナラの木に赤いペンキで二重線が描かれています。後は赤テープも朽ち果てた道でバリエーションルートのような感じです。これでは、ここから田野倉方面へ下る人は居ないのでは無かろうか?春から夏にかけて草刈りをしなければ登山道は廃道の様な感じに成り判らなくなると思います。
田野倉方面へ向けて急激に下り、次に平坦な所へ出て道は落ち葉で隠され非常に分かりにくくなっています。写真は前方右側が667mのピークへ出る道、左はトラバースルートと思えるので、左の道を行きました。
道は非常に荒れています。途中熊かイノシシの物と思える糞の跡も沢山有り用心しながら歩きます。
途中振り返って撮った物ですが、可成りの藪漕ぎを強いられました。足下をしっかり見て歩けば落ち葉で隠されていますが良く見れば判ります。
写真は上の分岐から1時間弱程の悪戦苦闘の後、漸く田野倉駅のすぐ側の登山口に出た所です。これではこちら側から登る人も殆ど居なさそうです。左端にホンのお印程度の私設案内標識があるだけです。ここから田野倉駅迄は6~7分で到着です。14時16分下山完了。
田野倉駅で20分程待ち15:46分発大月行きの電車に乗りました。駅で登山者のおばさま2人が居ましたので話を聞いた所、矢張り禾生駅から九鬼山に登り愛宕神社方面から降りたようでした。私が途中遭った登山者は九鬼山山頂で夫婦ずれ2人だけでした。朝禾生駅で電車から降りた登山者は私一人でした。
富士吉田沿線には温泉が近くに無いようで、今回は時間も早めなので真っ直ぐ自宅へ帰ります。