分子レベルで解明=神谷北大教授
北大大学院医学研究科の神谷温之教授(神経生物学)のグル-プ は4日、脳の神経細胞内でのカルシウムの増加が記憶形成に関与 する新たなメカニズムを分子レベルで解明したと発表した。カルシウ ムを増やす物質も特定したことで「認知症治療や記憶力が良くなる 新薬開発につながる」(神谷教授)という。論文は、米国科学アカデ ミ-紀要(電子版)に5日、掲載される。脳内の情報伝達は、神経細 胞同士の継ぎ目(シナプス)において、グルタミン酸を受け渡すこと で行われる。脳は強い刺激を受けとると、大脳の下部にある記憶を つかさどる「海馬」内でグルタミン酸を受け取る受容体を増やすことで 情報伝達量を増大させ、これが「記憶」になるとされる。しかし、海馬 の約3分の1を占める「CA3野」と呼ばれる部位に限っては、受容体 を増やす物質がないのに記憶機能はあることが判明しており、別の メカニズムが働いているとされていた。神谷教授らはマウスを用いた 実験で、CA3野では脳が強い刺激を受けると、情報を受け取る側の 受容体ではなく、伝える側のグルタミン酸を増やすことで記憶形成し ており、グルタミン酸の増加はカルシウムの増加が引き起こしたもの であることを解明。そのカルシウムは強い刺激でシナプスに少量提供 された後、CA3野にのみ存在する「2型リアノジン受容体」がカルシウ ムを増やしていることを突き止めた。また、2型リアノジン受容体にカ フェインを与えると、増幅効果が高くなることも確認した。神谷教授は 「カフェインを含むお茶やコ-ヒ-を飲んで勉強すると記憶力が上がる という経験則と合致する」としつつ、カフェインは別の受容体をより刺激 し、興奮作用も引き起こしてしまうため「2型リアノジン受容体のみを刺 激する物質を見つければ、記憶力向上の新薬になりうる」としている。
PTSD解明助ける
柚崎通介・慶応大医学部教授(神経生理学)の話 これまで海馬での 記憶メカニズムは、情報の受けて側の神経細胞の研究が主だったが、 今回は送り手側に着目して解明した点が独創的だ。記憶の仕組みが 分子レベルでほぼ解明されたことで、記憶障害の治療薬開発にちなが るだけでなく、ストレスや心的外傷後ストレス障害(PTSD)、ニコチン 中毒など「病的な記憶」の仕組みを解明する一助にもなる。