いろいろ書きたいことが溜まっているが、時の流れに従い古い順から追っていくのがいいのだろうか。いや、既に時の流れから外れてしまっているので、思い立った順でいいのかもしれない。
先日、新国立劇場で観た舞台『雨』のことを書こうと思っているうちに、既に次の作品『おどくみ』の上演が始まった。こちらは7月8日に観に行く予定で、小野武彦さん(鹿浜橋高校の校長!)も出演される。
先月観た『鳥瞰図』と、『おどくみ』と3作品のセット券を購入した。中でもこの作品をもっとも楽しみにしていたのは、以前この劇場の演劇部門芸術監督も務め、様々な作品の演出を手掛ける栗山民也さんが、原作の井上ひさしさん直々に指名を受け演出を担ったということと、市川亀治郎さんと永作博美さんを中心としたキャストが魅力的だったことが理由だろうか。
劇場入口から正面に伸びる階段を上がりきると、紅花が迎えてくれた。この芝居の舞台は、山形の紅花問屋となっている。開演まで時間があったので、ロビーで「ビオッジャ」という名前のスイーツをいただいた。イタリア語で「雨」というそのスイーツは、山形の「つや姫」というお米のムースに、ラ・フランスのムースが重なり、さらにさくらんぼがあしらわれた、大人の味わいだった。
普段見慣れた小劇場に比べ、中劇場はいささか大きすぎるように感じる。今年初めに観た『わが町』でもそんな印象を受けたが、今回は席が前から3列目だったことと、大胆なセットのおかげで距離を感じなかった。賑やかな歌と踊りで幕を開けた芝居は、軽妙さを前面に出しながら進んでいく。
亀治郎さん演じる江戸で屑鉄拾いをして生計を立てる徳という男が、「行方知らずとなった山形の紅花問屋の主人に似ている」という言葉に動かされ、山形や平畠という地に向かう。
思ったよりも簡単に紅花主人の喜左衛門になりすまし、永作さん演じる器量良しの妻、おたかと仲睦まじく暮らし始める。多少の疑問を持たなくはなかったろうが、自分自身も喜左衛門になり済まそうと紅花栽培に関する勉強を重ねたりと努力をしていたこともあり、自分の芯の部分にある徳を消し去った。
だが、徳の過去を知る昔の仲間が登場したり、彼が喜左衛門ではないと強く疑う者があらわれ、彼の存在を脅かすが、一線を越えながら切り抜けた。そして、ようやく自分が喜左衛門であると確信できるかと思った時に、全てがひっくり返ってしまう。
井上さんの作品を観たことはほとんどないが、その世界の面白さに魅せられた。そして、亀治郎さんのテンポの良さと永作さんの柔らかさ、さらに、脇を固める役者さんたちの魅力を存分に引き出した栗山民也さんの演出に魅せられ、満足して劇場を後にした。出口では、旅行のパンフレットと共に、山形産のラスクをいただいた。
昔も今も、地方が表立って中央の国に抗うことは難しい。だが、井上さんが描いた平畠の人々はたくましく、そしてしなやかにそれを実行した。東日本大震災を受けた東北からも声が上がっているが、表向きはその力は強く感じられない。「怒れ!」という人もいるようだが、それほど単純ではない。いや、もしかしたら僕らに見えないだけで、あれほどの被害を受けても彼らはしなやかに、したたかに歩き始めているのかもしれない。おっとりとした東北弁を操るおたかの、そのやわらかなしぐさを、東北の人たちが一日も早く取り戻すことを祈る。
そうそう、幕間の日本酒「樽平」は、ワイングラスに注がれ、さくらんぼが添えられていた。すっきりした味わいがさわやかだった。だが、行列を追ってしまったため幕が上がる時間が迫り、慌てて飲み干したら酔っぱらってしまった。今度酒屋で見つけたらリベンジしよう。