さてさて、主人も義母もいない朝(同居して以来初めてのことです!)、
物音に煩わされることなくぐっすり眠れて前日の疲れもとれました。
いつもなら平日の朝はご飯にお味噌汁だけど、久しぶりにのんびりと紅茶とトーストを味わって・・・
と言いたいのですが、義母の留守の間にしておきたいことがたくさんありまして。
とりあえず、用事を済ませて病院へ向かいます。
それにしても気になるのは主人からのメール。
朝一番のメールが、「おはよう。やっと血が止まった」。
手術後6時間の安静で、出血は止まるはずじゃなかったの?
・・・イヤな予感。
心電図をつけているため病棟から出られない主人に、自販機でコーヒーを買って病室へ。
早速、昨夜の話を聞きました。
ようやく身動きのとれない6時間が過ぎ、真夜中に看護師さんが来られて
両足の固定器具をはずしてもらったそうです。
これでやっと自由の身になれた!と起きあがったとたん、傷口から血がどばっ
看護師さんはすでに出て行ってしまった後。
血だらけになって慌ててティッシュやタオルで抑え、なんとかナースコールをしたとのこと。
そのまま出血はとまらず、結局また朝まで固定されたって・・・
ほんまに、苦難の1日やったね
で、私はというと、主人から畑の水やりまで頼まれていたので(しかたなく)畑へ。
赤く色づいたイチゴがちらほら、ジャガイモも大きくなっていたので、畑の様子を
写メに撮って送ります↓
初なりのイチゴ
大きくなりつつある絹さや
それを見て主人は、
「アスパラ収穫して。あっ、ジャガイモ芽かきせなあかん。やってくれる?」
「めかき?何それ???」
普段はめったに畑の手伝いはしないのに(私は昔からミミズが大嫌い)、
義母の留守中、自由に動ける間にあれこれしたいことはたくさんあるのに、、
そんなこと言ってられません・・・よね
はいはい、何でもやらしていただきますよ~
ところが、すっかり元気になった主人は3日後には外出許可が下りたので、慣れない私が
芽かきとやらをせずにすみました。やれやれ。
(なんでもfacebookで先生と友達になり、畑へ行っていいよとコメントがあったとか・笑)
その後、義母がショートステイから帰宅。
その日は少し記憶が混乱してたぐらいで、機嫌はわるくなくほっとしたのだけれど、
翌日ショートの話を聞くとちょっと不機嫌に・・・
でも、「よっぽどデイの方がまし」と、その日のデイは素直に行ってくれました。ほっ。
しかし、そのデイサービスも5月の連休はお休み。
4日間義母が家にいることに不安を感じていましたが、大阪で研修中の次女が
帰ってきてくれたおかげで、なんとか主人の留守をごまかしながら
こっそり病院へ行くこともできました。
ただ、4日も家にいると義母の言動はだんだんおかしくなってきます。
やはり普段はデイへ行くことで、脳が活性化されているのでしょうね。
連休最後の日、私の疲れがピークに達してるところへ、義母の様子が朝からおかしくて。
次女も大阪に戻ってしまい、さすがにずっと一緒にいることが苦痛になって、
病院、買物、畑へと出かけて家を空けてしまったのです。
それがわるかったのか、夕方になって大変な目に遭うことに・・・
ストレスは心臓病によくないとわかっていても、早く主人に退院してもらわないと
こっちの身ががもたないと、泣き言を言いたくなるような1日でした
この最悪の1日がなんとか過ぎ、翌日義母はデイへ(ほっ・・・)。
そして待ちに待った退院のメールが!
手術後また不整脈が出て心配させられましたが、予定通り退院の許可がおりたのです。
退院が確定したことで、休みをとってた長女も退院祝いに帰ってくることになりました。
掃除して、布団を干して、買物に行って、病院へ迎えに行って、退院祝いの準備をして・・・
またまた忙しい1日となりましたが、家族がいるから忙しくなるわけで、
それは大変なことだけどとても幸せなことなのだと、今回の主人の入院を機に
あらためて感じたのでした。
一度の手術で治る確率は60~70%ということだけど、できればもう再発しませんように。
それと、もうひとつ。
認知症の親がいて家族が入院という事態に陥ると、いかに大変かということも
身をもって知りました。
まさに、大変の上にもひとつ大変!なのです。
夫婦そろって健康でいることがどんなに大切か・・・
ひとりが倒れると、家族共倒れになりかねませんからね。
義母と同居して半年が過ぎました。
今まで以上に自由がなくなり、毎日理不尽なことに頭を抱え、
まるでシーシュポスの神話だなあ、と思う日々。
こちらは今日も暑かったので、リビングとキッチンの窓を開けておきました。
と、いつのまにか閉まってる。
また開ける、とまた閉まってる・・・
「暑いから開けておいて」と言っても、結局また閉まっていました~
こんな調子で、この夏どうやって乗り切ろう・・・
物音に煩わされることなくぐっすり眠れて前日の疲れもとれました。
いつもなら平日の朝はご飯にお味噌汁だけど、久しぶりにのんびりと紅茶とトーストを味わって・・・
と言いたいのですが、義母の留守の間にしておきたいことがたくさんありまして。
とりあえず、用事を済ませて病院へ向かいます。
それにしても気になるのは主人からのメール。
朝一番のメールが、「おはよう。やっと血が止まった」。
手術後6時間の安静で、出血は止まるはずじゃなかったの?
・・・イヤな予感。
心電図をつけているため病棟から出られない主人に、自販機でコーヒーを買って病室へ。
早速、昨夜の話を聞きました。
ようやく身動きのとれない6時間が過ぎ、真夜中に看護師さんが来られて
両足の固定器具をはずしてもらったそうです。
これでやっと自由の身になれた!と起きあがったとたん、傷口から血がどばっ
看護師さんはすでに出て行ってしまった後。
血だらけになって慌ててティッシュやタオルで抑え、なんとかナースコールをしたとのこと。
そのまま出血はとまらず、結局また朝まで固定されたって・・・
ほんまに、苦難の1日やったね
で、私はというと、主人から畑の水やりまで頼まれていたので(しかたなく)畑へ。
赤く色づいたイチゴがちらほら、ジャガイモも大きくなっていたので、畑の様子を
写メに撮って送ります↓
初なりのイチゴ
大きくなりつつある絹さや
それを見て主人は、
「アスパラ収穫して。あっ、ジャガイモ芽かきせなあかん。やってくれる?」
「めかき?何それ???」
普段はめったに畑の手伝いはしないのに(私は昔からミミズが大嫌い)、
義母の留守中、自由に動ける間にあれこれしたいことはたくさんあるのに、、
そんなこと言ってられません・・・よね
はいはい、何でもやらしていただきますよ~
ところが、すっかり元気になった主人は3日後には外出許可が下りたので、慣れない私が
芽かきとやらをせずにすみました。やれやれ。
(なんでもfacebookで先生と友達になり、畑へ行っていいよとコメントがあったとか・笑)
その後、義母がショートステイから帰宅。
その日は少し記憶が混乱してたぐらいで、機嫌はわるくなくほっとしたのだけれど、
翌日ショートの話を聞くとちょっと不機嫌に・・・
でも、「よっぽどデイの方がまし」と、その日のデイは素直に行ってくれました。ほっ。
しかし、そのデイサービスも5月の連休はお休み。
4日間義母が家にいることに不安を感じていましたが、大阪で研修中の次女が
帰ってきてくれたおかげで、なんとか主人の留守をごまかしながら
こっそり病院へ行くこともできました。
ただ、4日も家にいると義母の言動はだんだんおかしくなってきます。
やはり普段はデイへ行くことで、脳が活性化されているのでしょうね。
連休最後の日、私の疲れがピークに達してるところへ、義母の様子が朝からおかしくて。
次女も大阪に戻ってしまい、さすがにずっと一緒にいることが苦痛になって、
病院、買物、畑へと出かけて家を空けてしまったのです。
それがわるかったのか、夕方になって大変な目に遭うことに・・・
ストレスは心臓病によくないとわかっていても、早く主人に退院してもらわないと
こっちの身ががもたないと、泣き言を言いたくなるような1日でした
この最悪の1日がなんとか過ぎ、翌日義母はデイへ(ほっ・・・)。
そして待ちに待った退院のメールが!
手術後また不整脈が出て心配させられましたが、予定通り退院の許可がおりたのです。
退院が確定したことで、休みをとってた長女も退院祝いに帰ってくることになりました。
掃除して、布団を干して、買物に行って、病院へ迎えに行って、退院祝いの準備をして・・・
またまた忙しい1日となりましたが、家族がいるから忙しくなるわけで、
それは大変なことだけどとても幸せなことなのだと、今回の主人の入院を機に
あらためて感じたのでした。
一度の手術で治る確率は60~70%ということだけど、できればもう再発しませんように。
それと、もうひとつ。
認知症の親がいて家族が入院という事態に陥ると、いかに大変かということも
身をもって知りました。
まさに、大変の上にもひとつ大変!なのです。
夫婦そろって健康でいることがどんなに大切か・・・
ひとりが倒れると、家族共倒れになりかねませんからね。
義母と同居して半年が過ぎました。
今まで以上に自由がなくなり、毎日理不尽なことに頭を抱え、
まるでシーシュポスの神話だなあ、と思う日々。
こちらは今日も暑かったので、リビングとキッチンの窓を開けておきました。
と、いつのまにか閉まってる。
また開ける、とまた閉まってる・・・
「暑いから開けておいて」と言っても、結局また閉まっていました~
こんな調子で、この夏どうやって乗り切ろう・・・
そうなんですね~
うちの父は痴呆はないのですが、ずっと家にいるので、気持ちが落ち込むと、自分ではアップすることができず、家族にあたってしまいます。
ディとかに行ってくれるといいのですが、絶対嫌がって、行ってくれません。
>それは大変なことだけどとても幸せなことなのだと、今回の主人の入院を機に
あらためて感じたのでした。
普段の幸せがわかるというのは、病気の良いところかもしれませんね。
> 一度の手術で治る確率は60~70%ということだけど、できればもう再発しませんように。
ご主人のご回復をこころよりお祈りしております。
そして、くっちゃ寝さんも、どうぞ無理なさらず、お体にお気をつけて!
脳血栓になった義父も、デイをすごく嫌がって大変でした。
年配の男性はああいう場所に馴染めないのでしょうね。
お茶を飲むにしても、家なら「お茶!」ですむけど、デイでは頼むのを遠慮するみたいで
不自由だったのでしょう。
でも、ずっと家におられると家族は大変ですよね。
当時はヘルパーさんにきてもらったり、訪問看護を頼んだり、
義母の負担が少しでも軽くなるよう私も協力しました。
でも、今ではその義母が・・・
しばらくはシャーロックを楽しみに頑張れそうです♪
でも、終わっちゃったらどうしよう。
次の楽しみ、見つけなくては。
ただ、ブログの中で気になる一節が。
<普段はめったに畑の手伝いはしないのに(私は昔からミミズが大嫌い)>
えっ、くっちゃ寝さんは、大学時代に「畑作分科会」のメンバーでしたよね。それがどうして?
幼いころ夏に父方の田舎へ行くと、じゃり道に大量の干からびたミミズの死骸が。
それが嫌で嫌で・・・そのときのトラウマですかね?
当時から、ミミズが出ると大騒ぎしてたのですよ。
なので、こっそりボックスでさぼっていたかも
でも、畑作のあとのコンパでは存在感あったでしょ?(笑)