万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

アメリカの医療用製品禁輸措置を考える

2020年04月05日 13時17分36秒 | 国際政治

 パンデミックと化した新型コロナウイルス禍は、いたるところで人類に対して、できることならば避けて通りたい重い課題を突き付けているように思えます。救う命に優先順位を付けなければならないという…。

本日も、トランプ政権による、医薬用製品の禁輸措置に対して反発が起きているとする記事が報じられております。アメリカ国内では高性能マスクをはじめとした医療用製品が全般的に不足しており、特に感染被害が著しいニューヨーク州では医療崩壊の一因ともなっているようです。死者数が増え続ける危機的な状況を前にしては、トランプ大統領の禁輸措置も理解に難くなく、同措置が「国防生産法」に基づく発令であったのも、今や危機は戦時に近いとする認識があったからなのでしょう。同大統領は、3月27日にはGMに対して人工呼吸器の増産も命じています。

因みに、かの中国も感染拡大期にあってはマスクの輸出を禁止しており、中国企業に委託生産してきた日本国の企画・販売事業者も、中国国内への提供に切り替えざるを得ませんでした。つまり、委託生産であれ、現地生産であれ、中国国内で製造された外国企業のマスクも含め、全ての製品が輸出禁止の対象になったのです。このことは、中国に生産拠点を移転した場合、有事に際して自国への輸出向けに製造されてきた外国企業の製品は強制的に中国政府に拠出させられる、あるいは、製造設備を含む資産が事実上‘接収’されることを示唆しています。

米中共に既に有事を意識しているとしますと、医療用製品や医薬品の意味は格段に重みを増してきます。何故ならば、全ての国民の命と直結してしまうからです。とりわけ今日の戦争は戦闘が戦場に限定されるわけではなく、サイバー攻撃のみならず、相手国の民間人一般を対象とした生物・化学兵器のテロ的な使用も想定されています(特に中国は国際法を順守するとは思えない…)。今般の新型コロナウイルスも中国側が生物兵器用に開発した人工ウイルスとの見方が有力ですが、治療法や予防法がなく、かつ、一度に患者数が爆発的に増加するタイプのウイルスの出現は、平時の医療体制における対応能力を超えますので、明らかに非常事態、即ち、有事と言えるのです。

医療用製品がいわば戦争の勝敗にさえ影響を与える‘戦略物資’としての意味を持つとしますと、今般のアメリカ政府の禁輸措置に対する批判は、いささか的外れのように思えます。同盟国であるカナダのトルドー首相も同措置に反発していると伝わりますが、平時と有事とでは貿易関係も自ずと違ってきます。平時、並びに、国内において余剰がある場合には、一国による一方的な禁輸措置は批判を受けることでしょう。しかしながら、通常の体制では対応不能な危機的な状況に直面した場合には、どの国であれ、自国民の保護を優先せざるを得ません。隣家の家族が瀕死の状態にあるにもかかわらず、自分の家族を救けよ、とは言えないはずです。むしろ、この種の要求は、相手方に犠牲を要求する行為であり、相手の利己主義を糾弾しながら自らの利己主義に思い至らない悪しきケースの一つとも言えましょう。こうした場合には、相手国の禁輸措置をなじるよりも、相手国の国民の命を尊重し、自国での生産や代替製品の開発に尽力すべきです。たとえ同盟国であっても、条約等によって医療用製品の提供が義務付けられていない限り、自国民優先は致し方ないのではないでしょうか。

もっとも、医薬品を輸出しているメーカーにとりましては、禁輸措置は収益機会の喪失を意味しますので、政府の禁輸措置への抗議も予測されます。実際に、高性能マスク『N95』などを製造する3M社は、「輸出を止めれば、他の国から報復を受ける可能性がある。結果として、アメリカ国内のマスクの量も減ることになる」として批判しているそうです。ここで言う‘他の国’とはおそらく中国が想定されるのでしょうが、アメリカ自身が中国依存から脱却すれば、もはや‘報復’を恐れる必要はなくなります。また、米国のメーカー自身がマスクを増産して自国民に提供すれば、‘報復’のチャンスを消滅させることもできましょう(米国のメーカー側が自発的にマスク増産に踏み切らない場合には、トランプ大統領は、大統領令によってそれを命じるかもしれない…)。各国が国産化に乗り出せば、製造機器メーカーにとりましてはビジネス・チャンスともなりますので、必ずしもマイナス面ばかりではありません。

救う命に優先順位を付けなければならない状況は、誰かの命が失われる可能性を含みますので、良心が痛むものです。誰もがこうした耐え難い選択を迫られる状況には置かれたくないはずです。しかしながら、現実には、こうした局面に否が応でも直面することがあり、今、まさにその状況に至っているのですから、ここは相互に自国民優先主義を認め合い、各国とも自給体制を整えることで、批判合戦による同盟国間の不和を回避すると共に、逆恨みとも言える復讐の連鎖を断つべきなのではないかと思うのです。


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