万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

医療物資の国産化は人々の命と経済の両者を護る

2020年04月07日 13時01分48秒 | 国際政治

 新型コロナウイルスがパンデミック化したことにより、現在、国際社会では激しいマスク争奪戦が発生しているそうです。ヨーロッパでは、中国からの輸入品をめぐってドイツ、フランス、イタリア、スイスが入り乱れた混戦状態となり、また、売買契約済みのマスクをアメリカが高値で買い取ったとするアメリカ横取り論まで登場しています。各国のマスク不足の深刻化が結果として中国に‘マスク外交’のチャンスを与えているのですが、トランプ大統領の禁輸措置の背景にも、おそらく、中国による戦略物資化した医療物資の輸出規制があるのでしょう。

 マスクの原材料ともなる不織布の販売高ランキングを見ますと(2017年度)、米企業がトップ10の内7社を占め、中国企業は13位にようやく顔を出す程度であり、売上高も米系企業の比ではありません。このデータから読み取れるのは、中国内に製造拠点を有する米ブランドの不織布に対しても中国政府が輸出を規制しているのではないか、という疑いです。完成品であるマスクについては、中国政府は、日本企業を含め、海外企業の現地生産品や委託生産品を接収していますので、医療備品全般の生産を支える不織布についても同様の措置がとられているのでしょう。

 こうした医療備品における‘接収’による‘独り占め’政策が反転攻勢への足掛かりとし、中国政府が自国に有利な展開に味を占めているとしますと、同国の‘独り占め’政策は、マスク以外の幅広い医療品分野にも広がることも予測されます。例えば、医療現場で必要とされる防御服にも不織布は使用されています。東京都は、備蓄してあった防御服の内の30万着余りを中国に寄贈した際に、この数を差し引いてもなお十分な数の備蓄があると説明していました(現在170万着を備蓄…)。しかしながら、本日の日経新聞朝刊の記事によりますと、日本国内では防護服の品薄感が広がっており、その供給にも不安があるそうです。

因みに、同記事によれば、昨今、中国国内では防護服市場への新規参入が活発化しており、日本国内への売り込みも試みられているそうです。中国製品は粗悪品が多いために、日本側の卸事業者は取引を断ったそうですが、中国企業の新規参入を支えているのは中国で生産されている豊富な不織布でしょうから、この現象は、中国政府による不織布輸出規制、すなわち、海外企業からの接収の疑いを裏付けているかもしれません。

 それでは、日本国は、必要な数の医療用防護服を自力で確保できるのでしょうか。メーカーの東レによれば、国内では研究拠点がある程度で、自社の不織布の生産は中国と韓国の工場で生産されており(上記のランキングの18位には、韓国企業としてToray Advanced Materialsの名が見える…)、縫製も中国企業への委託なそうです。国内で生産するには新たな製造設備の導入を要しますし、縫製を請け負うメーカーも少ないため、国内生産には及び腰のようなのです。こうした日本企業の消極的な姿勢は、製薬業界にも見られ、新型コロナウイルスのように一過性と推定される感染病の場合には、終息後の販売が見込めないため、治療薬の開発はビジネス・ベースには乗り難いとのことです(ステルス型であった場合には、一過性ではない可能性もあるのでは?)。

 しかしながら、この状態を放置しますと、中国による医療物資戦略に絡めとられ、結局は、日本国民の生殺与奪の権を中国に握られてしまうことになりましょう。否、中国の医療物資戦略を脇に置くとしても、有事に際しては、全ての諸国は自国民の命を最優先としますので、自国企業が自国内に製造拠点を置いていたとしても、必ずしも十分な供給量を確保できるわけではありません。況や、海外の工場建設地にあって感染が拡大した場合、中国以外の諸国でも命の危機に面した国民からの強い圧力を受けて、禁輸政策、すなわち、現地政府による製品の接収が行われることでしょう。言い換えますと、近い将来、日本国内でも医療物資の不足から医療崩壊が起きかねず、国民の多くが十分な治療を受けることなく命を失いかねないのです。

 こうした事態を回避するためには、政府も民間も、医療物資の分野では、海外依存からの脱却に早急に着手すべきは言うまでもありません。例えば、既存メーカーが静観を決め込むならば、日本国内でも新規参入があって然るべきです。中国にあって同市場への新規参入が盛んである点からしますと、日本国にあっても、原材料となる高品質の不織布と縫製設備さえ確保できれば、防護服市場への参入ハードルは然程には高くはないはずです。幸いにして日本国内でも不織布は製造されているようですし(2018年で年間凡そ2376千トン)、上記のランキングの26位と27位には、三井ケミカルと旭化成の社名が挙がっています(もっとも、中国に製造拠点があるかもしれませんが…)。

今般のコロナショックにより、事業継続が難しく、かつ、ポスト・コロナにあっても回復が見込めない異業種の事業者や景気低迷により売り上げの減少が予測されるアパレル事業者などは、供給不足が予測されている防護服市場への参入はビジネス・チャンスともなりましょう(職を失った人々にも雇用機会を提供できるかもしない…)。この際、政府が、新規参入を希望する事業者が協力相手や取引先を相互に探すことができるサイトを開設すれば、円滑な起業を後押しできます。あるいは、国内に縫製工場がどうしても見つからない場合には、中国以外で感染レベルの低い国があれば、これらの国と契約を結び、完成品の一定量を現地に提供する代わりに委託生産に応じてもらうのも一案かもしれません。

そして、防護服のみならず、その他の医療物資についても、有事に際しての禁輸措置の一般化を考慮すれば、国産化は緊急を要する課題と言えましょう(備蓄や在庫が尽きるまでの間に準備を…)。上述した治療薬の開発につきましても、新型コロナウイルスの治療に他の疾病のために開発された様々な治療薬が試されております。将来的には幅広い病気の治療に効果が期待される可能性もありますし、感染病全般に効果のある医薬品が開発できれば、長期的な収益も見込めることでしょう。政府は、感染症、並びに、生物兵器対策として医薬品の研究・開発を支援すべきですし、こうした官民の積極的な取り組みこそ、人々の命と国民生活の基盤である経済の両者を護ることになるのではないかと思うのです。

コメント (2)
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