万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

対コロナ給付政策に潜むリスク

2020年04月16日 12時41分48秒 | 日本政治

 新型コロナウイルス禍の経済に対するダメージは当初の予測を遥かに超え、IMFをはじめ、エコノミストらも全世界で500兆円を越える巨額損失を被ると予測しているそうです。各国政府は、800兆円を超える財政出動を以ってコロナ禍に対応しようとしており、日本国政府も夏頃にはコロナ禍によって所得が半減した世帯や事業主を対象とした給付を開始するとも報じられていますし、国民一律10万円給付案も浮上しています。生計や事業存続の危機に直面している人々を支援するという意味においては必要とされる政策なのですが、それに潜むリスクに思い至ってみますと、いささか考えてみるべき点もあるように思えます(政府は、リスク面については殆ど語っていない…)。

 世論調査等によりますと、国民の多くが政府に対してより迅速、かつ、十分な額の給付を求めており、国や地方自治体から休業を要請された事業者の方々への補償を要求する声もあります。国民の窮状を前にして政府は冷淡であり、かつ、‘けち’であると…。確かに、国民が危機とあれば、全ての財を投げうって救済するのが善い政府なのかもしれません。その一方で、長期的なマイナス影響を考慮しますと、ことはそう簡単ではないようなのです。

 もとより財務省は、消費税率を引き上げるに際して、世界一とされる国債の巨額残高を示し、日本国の財政が危機的状況にある点を強調してきました。円建てによる国債発行のため、ギリシャやアルゼンチンのようにデフォルトの危機に陥ることはないものの、国債の価格が暴落したり、不安感から投資家等に投げ売りされたりする事態になれば、日本経済は立ち行かなくなるからです。仮にこの説が正しければ、あるいは、一律10万円給付だけで12兆円ともされる巨額の財政出動を行えば、近い将来、日本国は財政破綻の危機に瀕します。コロナ禍では、個人所得の減少に加えて赤字決算となる企業も続出しますので、所得税も法人税も共に激減することでしょう。そして、財源は国債頼りとなりましょうから、コロナ禍収束後の財政破綻の回避を目的とした大規模な増税が実施されることでしょう。紆余曲折の末に10%に上げたばかりの消費税率も、20%あるいは30%とその率を上げてゆくかもしれません。

 こうした従来の財務省の立場からしますと、上記の増税シナリオは必然的な展開ともなるのですが、実のところ、政府には、財政破綻を避ける奥の手があります。それは、中央銀行による公債に引き受けです。独自の給付政策を実施する地方自治体も少なくありませんので、いざとなれば、中央銀行は、直接、あるいは、市中から間接的に国債のみならず地方債をも買い取るかもしれません。今日、中央銀行の独立性は保障されていますが、事態の緊急性に鑑みて、政府は中央銀行に公債引き受けを迫ることでしょう(あるいは、中央銀行が独自に判断するかもしれない…)。中央銀行の公債引き受けはいわば‘打ち出の小槌’であり、無限大にマネーを供給することができます。売戻条件を付さない買い切りオペであれば、事実上の‘政府紙幣’を意味します(この側面は、通貨発行益の是非や配分問題でもある…)。しかしながら、この手法にも重大なデメリットがあります。それは、悪性のインフレを引き起こしかねない点です(なお、コロナ禍の場合、特定の市場に投機マネーが流入したり、海外に緩和マネーが流出する可能性は低い…)。

従来の恐慌や不況とは違う新型コロナウイルスの最大の問題点は、生産やサービス活動を休止せざるを得ず、需要がありながら供給を満たせない点にあります。言い換えますと、今般のコロナ禍は、インフレが起きやすい条件を備えているのです。仮に、失業者が増加の一途を辿る状態で物価のみが上昇してゆく悪性のインフレが発生すれば、‘インフレは隠れた増税’と称されるように、全般的な物価高によって家計が圧迫されるのみならず、国民の金融資産も目減りしてゆきます。預貯金のない若者層は影響を受けない、あるいは、学費等の借り入れ等では有利となりますのでインフレを歓迎するかもしれませんが、退職後に備えて堅実に資金を積み立ててきたシニア以上の世代では老後の生活に不安を感じることでしょう。そしてもちろん、公的年金制度も無傷でいられるはずもありません。

後者を選択すれば、消費税増税は必要がないことにもなるのですが、どちらを採りましても難があり、長期的には国民の大半が苦境に陥ることも予測されます。それでは、今後、事態はどのよう推移してゆくのでしょうか。少なくとも、コロナ禍によって税収の大幅な減少が予測される中、日銀による公債引き受けなしで100兆円を越える新規国債が市中で消化される見込みは薄く(アメリカでは、株式市場からの逃避マネーは国債に流れなかった…)、政府は、財源を否が応でも中央銀行に頼らざるを得なくなると予測されます(GPIFによる購入もあり得るものの、最近、ポートフォリオを外国債の購入割合を拡大させている…)。となりますと、政府の巨額財政出動によってもたらされる最も可能性が高いシナリオとは、中央銀行による公債引き受けによる悪性のインフレ発生となりましょう。通貨価値の低下に加え、コロナ禍による各国の生産停止の影響による輸入の減少や穀物不足も報じられている折、人々は物価上昇にも直面するかもしれないのです。

 ここまで書いてゆきますと八方塞がりのようなのですが、悪性インフレの発生を防ぐための手段が全くないわけではありません。それは、増税あるいは中央銀行の売りオペによる余剰マネーの吸い上げ、並びに、国内における生産と消費の維持です(もっとも、全面的な価格統制という手段もありますが、この方法ですと、社会・共産主義体制に移行してしまう…)。つまり、インフレの原因となる余剰マネーを、官民の何れかが吸収しなければならないのです。もっとも、増税は、それが上述したような財政再建を目的としたものではなくとも、インフレが亢進する不況下にあっては国民の反発を招きますし(あるいは、富裕層を課税ターゲットにする?)、中央銀行の売りオペでも、公債の信頼性が低下している状況下では引き受け手が現れないかもしれません。

となりますと、最後に残された道は、生産と消費の維持となりましょう(もちろん、官による上記の吸収策の併用もあり得ますが…)。厳格な都市封鎖を実施した諸外国では失業者が激増しており、日本国もまた、コロナ禍の長期化により同様の問題に直面する可能性があります。外出や各種サービス業の営業自粛が要請されている状況下にあって、経済活動の維持は困難な課題なのです。それでも官民を挙げて、コロナ経済に合わせた積極的な起業、転職、並びに産業間の移動を促し、生産と消費の両面を支えることができれば、財政出動によるリスクは軽減されます。その際、脱中国をもかねた国産化や内製化、そして、‘バイ・ジャパン’も有効な手段となりましょう。もっとも、仮に悪性のインフレを阻止できない、すなわち、国内での生産と消費を維持できないのであるならば、政府による財政出動は、‘ばらまき政策’よりも、コントロール可能な規模にとどめた方が経済破綻のリスクは低いということにもなります。

経済は生きものとも申します。仮に新型コロナ禍に勝者があるとすれば、それは、生態系に近い柔軟性と多様性を備えた経済であるのかもしれないと思うのです。

 


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