万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

尖閣諸島と‘2050年CO2ゼロ目標’

2021年01月25日 11時39分12秒 | 国際政治

 中国による尖閣諸島に対する領有権の主張は、国連により、同諸島近辺の海域における石油や天然ガス埋蔵の可能性が報告されたことに始まります。同国の目的が資源目当てであったことは、日中国交正常化の交渉過程における周恩来氏の発言で確認できるのですが、埋蔵が指摘されている天然資源が石油や天然ガスといった化石燃料の原料である点を考慮しますと、今般、菅首相が表明した2050年までに二酸化炭素の排出量を実質ゼロにするとする目標は、尖閣諸島問題にも影響を及ぼす可能性を秘めています。

 

 二酸化炭素の排出量をゼロとする目標につきましては、習近平国家主席もまた、その達成年を2060年に設定しています。菅政権よりも10年ほど先とはなるものの、かの中国も、カーボン・ニュートラルを国家目標としているのです。アメリカを除き、地球温暖化防止を建前として、ヨーロッパ諸国並びに日中韓もカーボン・ニュートラルで足並みを揃えている、あるいは、グローバリズムを推進してきた超国家権力体からの圧力によって‘揃えさせられて’いるのが、今日の国際社会の現状です。しかしながら、各国とも、実際に‘ゼロ’を達成するかどうかは、怪しいところです。パリ協定に先立つ京都議定書にあっても、合意事項を律義に順守したのは、日本国ぐらいであったと言います。罰則規定があるわけではありませんので、リップ・サービス、あるいは、ポーズであっても構わないのです。

 

 それでは、中国は、本気で2060年までにカーボン・ニュートラルを実現するつもりなのでしょうか。この問いに関しましては、否定的な見方が大半を占めるのでないかと思います。そもそも、中国が国際公約を誠実に遵守した事例は乏しく、同国の‘口約束’は反故にされるケースが後を絶ちません。それ程、中国の約束は当てにはならず、カーボン・ニュートラルの実現を口にするのは、それが中国共産党並びに超国家権力体の利益に叶っているからなのでしょう。国際的に再生エネが主流となれば、他国への再生エネ機材や施設の輸出、並びに、中国系エネルギー企業の他国市場への進出促進できますし、自由主義国の企業は、環境アクティビストの圧力やESG投資等の流れにより、石油開発から手を引きつつあります。つまり、中国にとりましては、エネルギー分野にあって世界覇者となるチャンスの拡大を意味しますし、グローバル金融にとりましても融資のチャンスが広がります。

 

また、現実問題としては、今冬、北京をはじめ中国では大規模停電が発生しており、その原因として、オーストラリアによる石炭の禁輸措置、並びに、三峡ダムといったダムの水力発電能力の低下が挙げられていました。これが事実であれば、自国自身も石炭産出国ではあるもののエネルギー自給率が低下傾向にあり、国内のエネルギー需要を満たすことができない現状を示しています。この点を考慮すれば、中国が‘世界の工場’を維持し、かつ、急速に電化が進む14億人の国民生活を支えるための全エネルギーを(人口規模が大きな分、消費エネルギーも莫大…)、2060年までに全て再生エネ、原子力、並びに、水素エネルギーに置き換えることができるとは思えません。中国のゼロ目標達成は、日本国以上に困難なはずなのです。

 

 そして、尖閣諸島問題を見ましても、中国は、自国の利益のためのカーボン・ニュートラルの問題を利用・悪用しようと考えているのかもしれません。今般、日本国政府は、尖閣諸島に対する日米同盟の適用をアメリカと再確認しましたが、鉱物資源の価値が‘ゼロ’となれば、日本国政府は、同諸島の領有権に対して執着しなくなると読んでいるかもしれないからです。あるいは、親中派の意向を受けた日本国政府が、海警法を制定した中国が尖閣諸島を侵略した場合、カーボン・ニュートラルの方針を国民に対する言い訳にしてこれを許す可能性も否定はできなくなります。なお、東シナ海の天然ガスにつきましては、最近、報道が途絶えていますが、日本国政府は、中間線付近における中国の採掘事業を黙認することで、同海域に埋蔵されている天然ガス資源を中国に譲ってしまったのでしょうか。

 

 その一方で、こうした中国の自己中心的な立場からのシナリオは、逆の立場から見ますと、カーボン・ニュートラルに対する中国の真の方針を見極める判断材料とはなりましょう。上述したように、中国の尖閣諸島に対する領有権主張の目的は、天然資源の簒奪あります。仮に、2060年までに石油や天然ガスを不要とする脱炭素社会を実現するならば、中国こそ、尖閣諸島に対してその領有を主張する動機を失うからです(にも拘わらす尖閣諸島への執着を深めている点は、中国政府は、カーボン・ニュートラルを進めるつもりは毛頭なく、むしろ、逆走している可能性を示唆しているのでは)。

 

尖閣諸島問題は、エネルギー資源に端を発していますので、今般のカーボン・ニュートラルの流れとは無縁ではありません。日本国政府は、カーボン・ニュートラルの呪文に惑わされることなく、この美名に隠された真の意図こそ見抜くべきではないかと思うのです。


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