万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

日本国もジェノサイド条約に加わるべき

2021年01月31日 12時54分12秒 | 国際政治

 先日、日本国内では、アメリカが中国によるウイグル人弾圧をジェノサイドと認定した件に関連して、日本国政府がジェノサイド認定を否定したとするニュースが報じられました。日本国政府による公式見解ではなく、政府高官の一人による発言に過ぎなかったものの、中国が言質を取ったと言わんばかりに歓迎の意を表明したことから、日本国政府の人権問題に関する意識の低さが改めて問われることともなったのです。

 

 これを機に、ジェノサイドという言葉にも関心が寄せられることにもなったのですが、同高官がジェノサイドとして認定を避けた理由として、日本国が、ジェノサイド条約に署名もしていなければ、批准もしていない現状があったとされています。ジェノサイド条約とは、人種、民族、宗教、国籍といった人的集団に対する大量殺戮や抹殺を防止し、かつ罰することを目的として制定された条約であり、第二次世界大戦後の1948年12月9日に国連総会において決議として採択されました。成立の背景には、ナチスドイツによるユダヤ人迫害があったとされますが、同条約は1951年1月20日に発効し、現在、152か国が締約国となっています。因みに中国も、中華民国として1949年7月20日に署名し、中華人民共和国としては1983年4月18日に批准していますので、同国も、一先ずはジェノサイド条が定める法的な義務を負っています(もっとも、同国が、締約国として同条約を誠実に遵守していれば、チベット問題やウイグル問題等は起きるはずもない…)。

 

 それでは、何故、日本国政府は、ジェノサイド条約に対して背を向けているのでしょうか。日本国は、ジェノサイドを容認するような非人道的な国家なのでしょうか。その阻害要因として挙げられているのは、日本国憲法第9条です。日本国憲法は平和主義のイメージが強いのですが、同イメージの根源とも言える第9条が、その実、ジェノサイド条約への参加の最大障壁となっているのですから皮肉なことです。

 

 憲法第9条が、何故、ジェノサイド条約加盟への道を塞いでいるのかと申しますと、同条約の第1条には、「締約国は、集団殺害が、平時に行われるか戦時に行われるかを問わず、国際法上の犯罪であることを確認し、かつ、これを防止し処罰することを約束する」とあるからです。つまり、締約国は、ジェノサイドが発生した場合、防止と責任者の処罰の義務が生じますので、仮に、海外において発生したジェノサイドを防止、あるいは、責任者を捕縛して処罰しようとする場合、軍隊の派遣が必要になる場合も想定されるからです。憲法第9条は、海外派兵を禁じているとも解されますので、違憲行為ともなりかねないジェノサイド条約には加盟できないというのです。しかしながら、以下の点において、憲法第9条は、もはや同条約への参加を拒む障壁とはならないのではないかと思うのです。

 

 第一に、第9条に対する日本国政府の公式の見解を要約すれば‘自衛を目的とした実力行使であれば、憲法の禁じるところではない’とするものです。言い換えますと、憲法は、侵略戦争のみを禁じており、他国に対する侵略を目的としない軍事力の行使は許されることとなります。上述したジェノサイド条約に対する政府の解釈は、ジェノサイドの防止・処罰のために行使される軍事力も憲法の禁じる‘侵略戦争’に含まれるということになるのでしょうが、同軍事力は、国際犯罪の取り締まり行為を意味しますので、あくまでも被害者を救い、犯罪を排除するための警察力、あるいは、国際法上の強制執行力です。

 

この点に鑑みますと、国際平和、あるいは、人道のための軍事力の行使が、即、憲法に違反するとは言い難く、国際秩序の維持の観点からしますと、広義には、防衛の一環としても解されましょう(因みに、国際法の父とされるグロチウスも、人道的介入としての戦争を正戦と見なしていた…)。国際社会の治安が乱れることは、即、自国の安全も脅かされることを意味するからです(とりわけ、中国による異民族弾圧は、周辺諸国にとりましては他人事ではない…)。仮に、あらゆる軍事力の行使を違憲としますと、国連等を枠組みとした従来の自衛隊による平和維持活動への参加も憲法違反ともなりましょう。

 

 第二に、ジェノサイド条約の第9条には、紛争の解決に関する規定が置かれています。この条文には、同条約に基づいて締約国間で紛争が発生した場合、紛争当事国の要請により、国際司法裁判所に解決が付託されるとあります。つまり、紛争化した場合には、平和的な司法解決の道も準備されているのです。このため、たとえ条約上の義務履行のために日本国が軍事力を行使したとしても、国際社会にあって‘侵略戦争’として見なされるわけではありません。日本国政府は、過度に‘戦犯’となる事態を恐れる必要もないのです。

 

 以上に主要な2点を述べましたが、ウイグル人に対する中国による非人道的行為は目を覆うばかりです。それにも拘わらず、中国には反省の色は見えないのですが、日本国政府がジェノサイド条約への加盟に転じますと、それは、中国に対する強い牽制ともなりますし、自衛隊の派遣に至らずとも、虐待を受けているウイグル人を救う圧力ともなりましょう。また、異民族に対するジェノサイドを平然と実行する中国という国は、近い将来において、日本人に対しても同様の抹殺計画を実行に移すことも予測されます。日本国が、全締約国に対して防止と処罰の義務を課すジェノサイド条約の枠組みに加われば、日本人がジェノサイドの標的となった場合、それが僅かな希望の灯に過ぎないにしても、外部による救済の道を残すことともなりましょう(集団的人権安全保障体制…)。自民党外交部では、人権外交プロジェクトチームを発足させるそうですが、是非とも、ジェノサイドへの加盟に向けた積極的な議論をお願いしたいと思うのです。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする