万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

地政学を逆さから読む

2022年06月08日 15時21分52秒 | 国際政治
地政学の理論は、今日に至るまで国際社会を徘徊しており、大国の行動を理解するに際して大変役に立ちます。地政学の研究は、地球儀、あるいは、世界地図との睨めっことなりますので、大国が自らの勢力圏を囲い込む、あるいは、拡大する上での指南書ともなり得るのです。しかしながら、大国の世界戦略を理論的に支える一方で、地政学は、国益のみに焦点を絞るものではありませんでした。むしろ、シー・パワーやランド・パワーといった用語が示すように、特定の国家を対象としたものでも、ナショナリストとしての自国の対外政策としての世界戦略を論じたものでもなく、国益とは離れた視点から地球上において展開されている大国間の勢力圏争い、即ち、パワー・ゲームを眺めています。このことは、大国さえも、地政学の視点からしますと’世界戦略’の実行者に過ぎない可能性を示唆しているとも言えましょう。

 仮に、地政学というものが、何れの国のも属さない超国家権力組織の’世界戦略’、あるいは”地球戦略”を背景として登場してきたとするならば、過去のみならず、現代、並びに、未来の国際情勢さえ予測することができるかもしれません。何故ならば、地政学とは、同組織にあって長年温められてきた計画に理論の衣を着せ、各国政府の政策指針としての採用を目的としていた可能性があるからです。既に作成されていたシナリオやスケジュールに従っているだけであるならば、そのスケジュール表を手にすることができれば、’予定された未来’を知ることができるのです(もっとも、現実が、シナリオ、あるいは、スケジュール通りに進むとは限らない…)。

 日本における地政学の研究者であった曾村保信氏は、その著書『地政学入門』(中公新書、1984年)においてハウスホーファーの『太平洋地政学』を「歴史的予言の書」とも評しています。同書の初版は1924年なのですが、自給自足的経済圏の観点から、日本国の満州への勢力拡大を読んでいたからなのでしょう。また、エール大学の国際問題研究所で戦略研究を行っていたニコラス・J・スパイクマンは、第二次世界大戦の最中にあって既に戦後の日米同盟の必要性を予測していたとも記されており、シー・パワーの担い手としてのアメリカの戦後の太平洋戦略は、既に存在していたのかもしれません。そして、二つの超大国が対峙した米ソ冷戦構造の出現も、まさにシー・パワー対ランド・パワーの対立構図を以ってきれいに説明されてしまうのです。

 もっとも、地政学者の主張には違いがあり、必ずしも見解が一致しているわけではありません。とりわけ、ハウスホーファーの説とマッキンダーといった英米系の学者の説とでは顕著な違いがあります。しかしながら、前者がどちらかと申しますとランド・パワー向けの説であり、後者がシー・パワーを対象に政策論を展開しているとしますと、両者が役割を分担しているようにも見えます。あるいは、各国政府がこれらの理論を採用しやすいように、ターゲットとした国の国益を巧妙に織り込んでいたとも考えられましょう。言い換えますと、各国の政府が地政学の理論の実行者であるとすれば、地政学者達は、世界規模で役割を分担しながら各地でその唱導役を担っていたかもしれないのです。

 このように考えますと、地政学の理論を逆さから読んでゆけば、世界支配の工程表とでも言うべき最初の’計画’に辿り着く可能性が見えてきます。地政学の舞台である地球儀や世界地図には国境線はなく、勢力間の対立が世界大戦を経た世界支配への道であるならば、この作業は、人類の未来を左右しかねない程に極めて重要な意味を持つこととなりましょう。ウクライナ危機を機に第三次世界大戦が懸念され、大国間の宇宙開発競争という姿で’宇宙戦略’も姿を見せる中、地政学の逆読みは、決して無駄ではないように思えるのです。

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