万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

大国の勢力拡大願望が‘幻想’である理由

2022年06月14日 14時10分09秒 | 国際政治
 現代における戦争をつぶさに観察してみると、その多くが、大国間の勢力圏をめぐる角逐に起因しております。表面的には二国間や多国間の地域的紛争に見えても、その背後には大国間の勢力圏争い、そしてそのさらに奥では、超国家的な経済利権が潜んでいるケースが少なくないのです。ウクライナ危機も、エネルギーや穀物等の問題が絡みつつ、地政学的にはまさしくランド・パワー対シー・パワーの激突として理解されましょう。それ故に、世界大戦への導火線となるリスクが極めて高いのですが、本記事では、勢力範囲の拡大追求というものが、幻想である可能性について述べてみたいと思います。

 大国による勢力囲い込み政策、即ち、ブロック政策が平和をもたらすとすれば、それは、複数の大国、あるいは、ブロック間において勢力均衡が成立する場合のみに限定されます。ヨーロッパにあってスペイン戦争後に成立したユトレヒト体制は、まさに列強間の勢力均衡を意図したものでした。國際聯盟における常任理事国の設置は、ドイツ等を排除する形での5大国による世界分割構想、あるいは、均衡維持構想であったのかもしれません(第二次世界大戦後に設立された国際連盟は、現実には米ソの超大国間の勢力均衡となったため、機能不全に…)。

しかしながら、勢力均衡とは、良くて列強間の’世界の山分け’となりますし、最悪の場合には、ヘーゲルの弁証法的なプロセスとして解され、世界大戦を経て’世界統一’に向かうステップに過ぎなくなります。何れにしましても、大国ではないその他大多数の中小国は勢力圏争いの’蚊帳の外’どころか、常に大国間の戦争に巻き込まれたり、盟主国の事実上の属国や植民地となるのみならず、主戦場ともなりかねないリスクを背負わされ続けるのです。

 世界大戦に至りかねない国際社会の忌々しき現状の少なくとも直接的な原因が、大国による勢力拡大、並びに、勢力維持政策にあるならば、この思考傾向を変えないことには、戦争を地球上からなくしてゆくことは難しいということになりましょう。そして、その際に問われるべきは、大国による勢力争いは必要なのか、という基本的な問題となりましょう。

 古代や前近代において出現した帝国の多くは、アレキサンダー大王の帝国であれ、ローマ帝国であれ、モンゴル帝国であれ、どちらかと申しますと一つの軍事的な強国が周辺諸国を併呑してゆく形で版図を拡大させており、近現代に見られる勢力間の抗争とは様相が異なっています。近現代の特徴となる勢力間の対立は、大航海時代から続く経済勢力と結びついたグローバル化の結果でもあり、地政学上のシー・パワーの概念も世界大での貿易網と不可分の関係にあります。そして、国境を越えた経済活動を介した政治と経済との結びつきこそ、近現代の戦争が’見えない経済勢力’との三次元戦争となる要因とも言えましょう。

 その一方で、ランド・パワーについても、勢力圏の範囲は国家の領域とは一致しません。例えば、ハウスホーファーが述べるように、勢力圏とは自由自足が可能となる範囲とするならば(経済上の自給自足を以って政治的枠組みを形成する基準とする考え方は、既にプラントン哲学にも見られる…)、今日では、一民族一国家の基本原則を以って国境線を引くことは殆ど不可能となります。今日、グローバリズムを支える理論として国家間の相互依存関係の成立による平和の実現が唱えられていますが、自給自足が勢力圏を確定するならば、むしろ’世界は一つ’という結論に至ってしまうのです。また、防衛という意味での安全の確保を以って勢力圏を確定しようとしますと、これも際限がなくなります。自らの勢力範囲に取り込んだ地域は自勢力の最前線となり、この地域を護るためにはさらにその隣接地域に自らの勢力を広げる必要性が生じてしまうからです(そのうち地球を一周して世界支配に…)。

 かくしてシー・パワーにせよ、ランド・パワーにせよ、複数の大国による勢力圏争いは、唯一の世界の覇者を決定する最終戦争へと向かってしまうのですが、何れの理論にあってもその根拠は、必ずしも絶対的なものではありません。否、今日の国民国家体系、あるいは、それを基盤とする国際法秩序に照らしてみれば、’幻想’であることに気が付かされるかもしれないのです。

 何故ならば、シー・パワーがその根拠としている通商上の自由航行は、国連海洋法条約をはじめとした国際法によって航行の自由の原則として確立していますし、ランド・パワーが主張する自給自足の要件も、国家の枠組みを維持した形で満たすことができます。自国で産しない、あるいは、不足する資源等は海外から輸入すればよく、また、今日の科学技術のレベルからすれば、代替技術やイノベーティブな技術等の開発により、国産化や内製化を以って不足問題を解決することもできます。現代という時代にあっては、大国を中心とした勢力圏の形成は、百害あって一利なしかもしれないのです。特に、一般の中小諸国にとりましては。

 国内における法秩序が社会全体の安定を支えているように、国際社会にありましても、たとえ、それが将来のあるべき姿であれ、国際法秩序における各国の安全の保障こそ望ましい国際安全保障体制と言えましょう。刷り込まれた固定概念に囚われず、地政学的な思考回路から抜け出すことこそ、大国間の勢力圏争いに終止符を打つと共に、世界大戦への道からの離脱を意味するのではないかと思うのです。

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