万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

NPT再検討会議が人類の未来を変える?

2022年06月17日 09時06分50秒 | 国際政治
 コロナ禍の影響を受けて延期となっていたNPT(核兵器不拡散条約)の再検討会議は、今年8月にアメリカで開催される予定なそうです。ウクライナ危機により核戦争のリスクが高まっている中での開催となりますと、否が応でも関心が高まります。

NPT体制が地政学的思考を強化すると共に大国による寡頭支配体制を固定化し、さらには核戦争に直結しかねない第三次世界体制へのレールを敷いているとするならば、早急に同体制の見直しに着手する必要がありましょう。もとより不平等条約とされたNPTを敢えて成立させた根拠とは、”危険極まりない核兵器が全世界に拡散すれば、人類滅亡をも招きかねない大惨事になる”という説明であったはずです。ところが、考えてみますと、その危険極まりない兵器を、’横暴な大国’、並びに、’抜け駆け国家’のみが保有し、かつ、一旦、核保有国となれば、凡そ無制限に増強し得る現状こそ、誠実に国際法を順守している中小の非核保有国にとりましては’危険極まりない’と言わざるを得ません。悪名高き軍事独裁国家である北朝鮮でさえ核を保有しているのですから。それでは、NPT体制を変えることはできるのでしょうか。おそらく、NPT体制を変えるには凡そ三つの合法的な選択肢があるようです。

 第1の選択肢は、締約国が同時に同条約から脱退するというものです。NPTの第10条は、締約国が脱退できる条件を記しており、「各締約国は、この条約の対象である事項に関連する異常な事態が自国の至高の利益を危うくしていると認める場合には、その主権を行使してこの条約から脱退する権利を有する」とあります。この条項からしますと、何れの締約国も、他国から核攻撃を受けるリスクを理由として同条約から脱退することは可能です。とくに、核保有国が保有する長距離弾道弾ミサイルの射程距離の範囲、並びに、SLBMによる攻撃範囲に含まれていれば、何れの国も同条約から抜けることができることとなります。

 第2の選択肢は、NPTを改正するというものです。同条約の第8条には、条約の改正及び再検討について「いずれの締約国も、この条約の改正を提案することができる。改正案は、寄託国政府(アメリカ、ロシア、イギリス)に提出するものとし、寄託国政府は、これを全ての締約国に配布する。その後、締約国の三分の一以上の要請があったときは、寄託国政府は、その改正を審議するために、すべての締約国を招請して会議を開催する。」とあります。同改正が効力を生じるには、その後、同会議において全ての締約国の過半数の賛成票を得、かつ、改正の批准書の寄託を要するのですが、過半数の賛成票には、核保有国等の票が含まれなければならず(安保理常任理事国の拒否権と同様…)、同改正が成立する見込みは薄いと言わざるを得ません。しかも、条約の具体的改正案は、非核保有国に核保有を認めるものという、いわば自己否定の内容となりますので、この方法は非現実的であるかもしれません。

 そして、NPTそのものを終了、あるいは、運用を停止させるのが、第3の選択肢です(錯誤を根拠とした無効もあり得るかもしれない…)。同選択肢については、条約に関する国際法とでも称すべき「条約法に関するウィーン条約」では、条約の終了・運用停止に関する正当な根拠について記しています。この正当な根拠とは、条約違反の結果、後発的履行不能、事情の根本的変化などです。これらの基準に照らせば、ウクライナ危機のみならず、核保有国である中国による核の威嚇と核戦力の急速な増強、並びに、北朝鮮やイランによる核保有・開発という事態の発生も、条約の終了・運用停止を可能とする国際法上の正当な根拠となりましょう(この他にも、非締約国であるイスラエル、インド、パキスタンによる核保有も問題視し得る…)。

 最も簡易な手段は第一に述べた締約諸国による集団脱退なのでしょうが、何れにしても、NPT体制を見直さないことには、不条理な現状、並びに、人類に迫りくる危機から脱することはできないように思えます。ローマ法王が述べるように既に三次元戦争としての’三つ目の世界戦争’が始まっているならば、NPTの再検討会議こそ戦場です。この場でディストピアへの流れを変えないことには、主権国家並列体制を維持したい国家・国民の側が世界支配を狙う超国家勢力に対する三次元戦争に勝利することは極めて難しくなりましょう。何もしない、何も言わないでは、既に敗北を認めているに等しいのです。

このように考えますと、何れの締約国の政府であれ、NPTの再検討会議においては、最低限、非核保有国が強いられている理不尽な現状の改善を最重要議題として提起すべきなのではないでしょうか。国際社会において名誉の名に相応しい国家とは、核のリスクに晒され続けてきた不遇な中小国のために、核保有国からの有形無形の脅迫、あるいは、嫌がらせにも屈せず、世界を変える提案を行う勇気ある国家なのではないかと思うのです(願わくは、その国が、日本国であればよいのですが…)。

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