万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

無視できない地政学的な視点-ウクライナ危機に潜むもの

2022年06月06日 15時24分10秒 | 国際政治
これまで、戦争とは、大半の教科書では国家間の武力衝突として平面的に描かれてきました。戦争名の多くは、当事国、あるいは、当事国双方の国名として表現されています。例えば、日清戦争は日本国と清国との間の戦争であり、日露戦争は日本国とロシア帝国との戦いでした。しかしながら、近代日本の輝かしい戦勝の歴史として記憶されつつも、両戦争の背景をつぶさに観察しますと、幾つかの疑問が湧いてきます。

日本国の二つの近代戦争に関する疑問は、何故、この時代、日清戦争や日露戦争が闘われ、さらには二度の世界大戦にまで至ったのか、即ち、全世界的なパワー・ポリティクスの時代となったのか、という問いかけにも行き着きます。そして、そこには、地政学の強い影響が見て取れるのです。地政学と申しますと、アルフレッド・セイヤー・ハマンの海軍戦略論やハルフォード・マッキンダーのハートランド論などが知られていますが、日本国との関係においてはドイツ駐日武官として日本国に滞在していた経歴を持つカール・ハウスホーファーの名を挙げることができます(大東亜共栄圏構想に影響を与えたとする指摘もある…)。
 
 それでは、これらの地政学の祖とされる人々は、どのような視座から世界規模で展開されるパワー・ポリティクスを眺めていたのでしょうか。アメリカ人であったハマンはアメリカの、そして、イギリス人であったマッキンダーはイギリスの世界戦略に多大な影響を与えたとされ、ハウスホーファーの理論も、ナチス・ドイツの生存圏構想の発想と通じるところがあります。このため、何れの地政学者も特定の国との結びつきで語られる場合が多いのですが、これらの人々の個人的なプロフィールを見ますと、出身国の枠には収まらない’超国家的’なネットワークとの繋がりを見出すことができます。

例えば、ハマンの父親であり、軍事理論家かつシビル・エンジニアでもあったデニス・ハート・ハマンは、アイルランド系カトリック移民の子孫としてニューヨークに生まれています。ナポレオン戦争等を研究するナポレオン・クラブなども主催したのですが、同氏の写真には、フリーメーソンのポーズとされる右手を懐に入れた姿で撮影されたものが残されています。なお、ハマンの子女の一人は’クーン’という姓名の家に嫁いでおり、日露戦争時の日本国債引き受けで巨額の利益を得たシフと親族関係にあるユダヤ系金融財閥のクーン・ローブ商会を思い起こさせます(全く関係ないかもしれませんが…)。

マーキンダーもまた、頑固な愛国者、あるいは、ナショナリストとは言い難い人物です。同氏は、先進的?な社会主義者の集まりであったフェビアン協会の創始者、かのウェッブ夫妻が1902年に創設したクラブ(The Coefficients)のメンバーでもありました。同クラブのメンバーには、三国協商を推進した自由党のグレイ外相、哲学者のバートランド・ラッセルやSF小説家のH.G.ウェルズの名も見出すことができます。

一方、バイエルン生まれのハウスホーファーについては、その妻であるマーサ・メイヤー・ドスは、ユダヤ系タバコ業者の娘でしたので、ユダヤネットワークとの関係はより明らかです。ナチスの幹部であったルドルフ・ヘスがハウスホーファーの教え子であったため、ニュルンベルク法の下にあっても、妻と3人の子供たちは、全員特別に’ゲルマン血統証明書’を発行してもらえたそうです。

こうした経歴からしますと、地政学者の多くは、全世界を’わが庭’とする視点からパワー・ポリティクスを論じていたのでしょう。そして、その背景には、国益の追求とは異なる行動原理が働いていたとも考えられ、日本国の近代における二つの戦争も、必ずしも日本国の’勢力拡大’を目的としたものとしてみるのは浅薄のようにも思えてくるのです(パワー・ポリティクスを演出する超国家権力体の’駒’とされたのかもしれない…)。ウクライナ危機にあっても、ロシア、並びに、NATOを含むウクライナ側の行動に地政学的な思考が伺える時期だけに、表面的には国家間のパワー・ポリティクスと見える勢力争いにおいて、一体誰が最も利益を得るのか、より慎重な分析が必要なように思えるのです。

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