万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

英女王国葬に見る国家間序列の問題

2022年09月12日 15時24分01秒 | 統治制度論
国際社会における重要な原則の一つは主権平等であり、表向きは、各国の立場は平等です。国際法における法人格としても、日本国と英国の関係も対応なはずなのです。しかしながら、現実の国家間には序列なるものが存在するようであり、とりわけ、歴史的経緯があったり、王室や皇室を維持している国の間では、おぼろげながら上下関係が浮かび上がってくるのです。

アメリカのバイデン大統領の故エリザベス女王の国葬への出席は、アメリカにはWASP(ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント)とも称されてきたイギリス系の市民が多く、かつ、独立を勝ち取ったとはいえ、かつてイギリスの植民地であった州も少なくないという事情もあるのでしょう。あるいは、英国からの招待状が届いた以上、米英同盟の歴史的な絆からして断るという外交的な選択肢はなかったのかもしれません。英国ではなく、他のアジア・アフリカの途上国において元首が亡くなったとしても、全ての国葬にアメリカ大統領が出席するわけでありませんので、米大統領の出席は、イギリスがアメリカにとりまして特別な国であることを内外に示しています。

それでは、日本国はどうでしょうか。日本国の場合には、アメリカとはかなり様子が違っているように思えます。メディアでは、英王室と日本の皇室との親交や交流に焦点を当てて、その親密ぶりを積極的に報じています。家族同然のお付き合いであったことを強調するために、平成時代には、天皇がエリザベス女王宛ての手紙に‘ディア・シスター’と呼びかけたとする逸話を披露し、お互いに‘シスター’、‘ブラザー’と呼び合っていたのではないかと推測する記事も見られます(もっとも、この呼び方には、どこか修道会あるいは秘密結社的な響きがある・・・)。また、今上天皇夫妻をはじめ日本の皇族の多くが英国に留学し、同地で過ごした経験があることも、両者が親交を温める機会となったのかもしれません。

こうした王族と皇族との‘家族ぐるみのお付き合い’が、今般の英国国葬への天皇夫妻出席の理由としたいところなのでしょうが、相手国が常々二面性を併せ持つイギリスなだけに、日英関係にも表と裏があるようにも思えます。とりわけ、明治維新の経緯、並びに、明治天皇から上皇までの歴代天皇が英国王からガーター勲章を授与されている点からしましても、イギリスの王室と日本国の皇室との間が対等であるのか、極めて疑わしい限りなのです(仲良しのふりをした‘虐め’や‘手下化’も世の中には多々ある・・・)。因みに、イギリスは、かつて、植民地に対して現地の有力者の子弟を自国の学校や大学に留学させるという政策を推進していました。

そもそも死は穢れとされるために神道を司る天皇の葬儀出席は憚られることであり、これまで、日本国の歴代天皇が、君主の逝去といえども海外の葬儀に参列したことはなかったはずです。今般の今上天皇国葬参列は、それが実現するとすれば異例中の異例であり、イギリスは、皇室にとりまして‘特別の国’であることを示すこととなります。

天皇の国葬参列は、国際社会における日英間の‘序列’というものを意識しますと、いささか考えさせられてしまいます。昭和天皇の大喪の礼におけるイギリス側の出席者は王配のフィリップエディンバラ公であり、女王自らが出席することはありませんでした(先の大喪の礼では、欧州の君主としてはベルギー国王、スペイン国王、スウェーデン国王、ルクセンブルク大公が出席・・・)。この非対称性は、英国が日本国より格上であることを意味します。そして、今上天皇の即位直後に予定されていた訪英は立ち消えとなりましたが、同天皇が未だにガーター勲章を授与されていない状況にありますので、今般の国葬出席は、同時にチャールズ新国王からガーター騎士団の一員に叙される機会となるのかもしれません。

加えて、さらに深刻な問題は出席諸国同士の席次問題です。現代においては相当薄まっているとは言え、儀式には、否が応でも、席次における‘序列’というものを意識せざるを得ません。古来、国際的な外交儀礼では、上座や下座の位置などが厳格に定められており、様々なマナーを守るよう求められます。日本国でもそうあったように、位階秩序を基本形とする封建制、あるいは、冊封体制にあってはとりわけ上下への拘りが強く、その場に並ぶ人たちの立ち位置を見れば序列がすぐに分かるとも言います。席順については、必ずや不満を抱く参列者が現れますので、紛争の種を蒔くようなものなのです(国名のアルファベット順にするという方法もありますが、それでも、不満が残るかもしれない・・・)。

以上に、日本の皇室とイギリスの王室との関係から国家間の序列問題について見てきましたが、今般の天皇夫妻の国葬参列は、日本国は英国の下位、もしくは、席次によっては特定の外国の下位にあるとするイメージを国際社会に与えてしまうリスクがあります(席次が中国の下位に置かれる可能性も・・・)。‘世界’の王族や皇族から成る‘ロイヤル・ソサエティー’における序列が国家間の序列にも影響を与える現状は、下位に置かれる側の国、並びに、一般の国民にとりましては決して望ましい状況とは言えないように思います。

また、たとえ将来の大喪の礼にあってチャールズ新国王が参列し、日英間の対等性が実現したとしても、王族や皇族のメンバー間のパーソナルな関係が国家間の関係にも波及するとなりますと、これもまた政治問題となりましょう(天皇の対外的公平性の喪失、二重外交、並びに民主主義の否定に・・・)。仲の良い対等なお友達であればまだしも、長老の序や相性によっては外交関係にもひびが入りかねない事態となるからです。かくして国際社会における王室・皇室の序列問題は、位階制度を引き継いでいる君主制あるいは権威主義的位階秩序と、対等性や独立性を重んじる現代という時代との間の齟齬をも問いかけているように思えるのです。

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