万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

‘平壌裁判’を北朝鮮は拒絶できないのでは?

2018年07月27日 16時02分12秒 | 国際政治
朝鮮戦争で戦死の米兵遺骨 北朝鮮が一部を米に返還
朝鮮戦争の法的処理のために特別国際軍事裁判所を設けるとする‘平壌裁判案’は、当時国間の終戦合意による解決とは異なる、司法解決という平和的解決手段の一つです。しかしながら、国家犯罪の廉で訴追され、被告席に座ることになるのですから、北朝鮮側が同裁判所の設置に賛同するはずもありません。とは申しますものの、この解決方法、北朝鮮側にとりましてもメリットがないわけではないのです。

 それでは、‘平壌裁判案’を受け入れる動機となるような北朝鮮側のメリットとは、どのようなものなのでしょうか。それは、一先ずは、1950年6月25日に始まる北朝鮮による対韓侵略行為について、弁明する機会を得ることができることです。この時、国連安保理は、北朝鮮人民軍が宣戦布告もなく米ソの同意の下で法的に設けられていた38度線を越えて韓国に侵攻したため、北朝鮮の行為を‘侵略’と認定しました(「国連安保理決議82」)。同決議は北朝鮮の後ろ盾であったソ連邦が欠席したために成立したものの、同国の侵略行為を排除すべく、これを機に米軍を中心とした‘国連軍’が結成されたのです。この経緯を見ますと、朝鮮戦争とは、国際社会の平和を侵略国家から護るための、国連による正義の戦いとなります。

 一方、北朝鮮側は、国際社会において凡そ一致している同見解を決して受け入れようとはしていません。同国の朝鮮戦争に対する見方とは、一民族一国家の原則に従い、朝鮮半島全域において統一国家を建設すべく始まった、南北両陣営による‘内戦’なのです。果たして、この言い分、国際社会において通用するのでしょうか。因みに、ベトナム戦争では、北ベトナムのホーチミンが、1954年のジュネーヴ協定で定められた北緯17度線を越えて南ベトナム側に対して武力解放戦争を仕掛けましたが(「第一五号決議」)、この際、同戦争を正当化するために、むしろ北ベトナム側がアメリカによるジュネーヴ協定違反を主張しています(もっとも、アメリカと南ベトナムは同協定に調印していない…)。同戦争は、北ベトナム側の勝利に終わったため、国際法上の違法性に関する議論はフェードアウトしてしまいましたが、朝鮮戦争は、現在、停戦状態にありますので、武力解決ではない司法解決の道も残されています(この際、ソ連邦の黙認や中国人民志願軍の介入の合法性も問われるかもしれない…)。

 裁判とは、中立・公平性を旨とします。ニュルンベルク裁判や東京裁判は‘勝者の裁き’が問題視されましたが、過去の国際軍事裁判の不備や欠陥に対する反省から、今般、仮に‘平壌裁判’を設置するならば、偏りのないよう判事が選任され、北朝鮮の主張にも中立・公平な立場から耳を貸すことでしょう。北朝鮮が、あくまでも自国の戦争犯罪を問われ、罰せられたくないのであれば、侵略を認定した「安保理決議82」を不服として国際裁判の法廷において争うべきです(特別に国際軍事裁判を設けなくとも、ICJや常設仲裁裁判所でも可能…)。

この意味において、‘平壌裁判’は、北朝鮮にも弁明のチャンスを平等に与えるのですから、金正恩委員長には、この提案を拒絶する理由は無いのではないでしょうか。時計の針を戻すことはできませんが、少なくとも、停戦中の朝鮮戦争に限っては、今日あっても凡そ70年前の戦争を平和裏、かつ、最も正当なる手続きを以って解決できるのではないかと思うのです。

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