万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

ゼレンスキー提案はミュンヘンの宥和の再来?

2024年12月04日 11時48分24秒 | 国際政治
 アメリカにおける第二次トランプ政権の発足を前にしてウクライナのゼレンスキー大統領が提示した和平案は、既に暗礁に乗り上げているようです。昨日の12月3日からベルギーのブリュッセルにてNATOの外相会議が始まりましたが、この席でも、アメリカやドイツ等の主要国もウクライナのNATO加盟には難色を示していると報じられています。もっとも、アメリカの消極的な姿勢はバイデン現民主党政権によるものですので、来年1月にトランプ政権が発足した以降は、トランプ大統領が自らの選挙公約を果たすためにゼレンスキー提案に乗ってくる展開もあり得ないわけではありません。

 しかしながら、世界大戦というものが、世界権力による誘導であった可能性を考慮しますと、ゼレンスキー提案は大いに警戒すべきです。そして、ここで思い出されますのが、イギリスの痛恨の失策とされる1938年9月29日の‘ミュンヘンの宥和’の前例です。当時、イギリスの首相であったネヴィル・チェンバレンはヒトラーの野望を見誤り、チェコスロバキア領であったズデーデン地方のドイツ併合を認めることで、ナチスとの和平を実現しようとしたとされます。ズデーデン地方はドイツ系住民が多数居住していましたので、ロシア系住民が多く住むウクライナ東部の状況とも類似しています。また、ヒトラーが、同地におけるチェコスロバキア政府によるドイツ系住民の迫害を主張していた点もそっくりです。‘ミュンヘンの宥和’につきましては、平和をもたらしたとして当時は国を挙げてチェンバレン首相の決断を称賛したのですが、その後の歴史を知る今日では、ヒトラーに対して侵略の心理的ハードルを下げるとともに、世界大戦準備のための時間的な猶予を与えたとして、評価が逆転してしまっています。

 この点についてはNATOのルッテ事務総長も同様の懸念を示しており、フィナンシャル・タイムズのインタヴューの中でロシアによる北朝鮮やイランに対する支援強化といったNATOに対する敵対的な行為が助長されるリスクを語っています。加えて、中国による台湾の軍事侵攻を誘発しかねないとして、ゼレンスキー提案に潜む危険性を指摘しています。この発言は、迂闊に和平案に飛びつくべきではない、とするNATOの事務総長としてのトランプ次期大統領に対する警告なのかもしれません。

 かくしてNATO側もゼレンスキー提案に潜む宥和リスクを強く意識していることがわかるのですが、同事務総長は、‘ミュンヘンの宥和’になぞらえてはいません。もちろん、今日のウクライナのケースでは戦争の未然回避ではなく既に交戦状態にありますので、状況の違いを認識してのことかもしれませんが、もう一つ上げるとすれば、ゼレンスキー大統領の‘怪しげな姿’が浮かび上がってしまうからとも考えられます。何故ならば、宥和策を言い出したのは、他でもない、ゼレンスキー大統領自身であるからです。これまで、‘ミュンヘンの宥和’の事例をもって国際社会に対して対ロ徹底抗戦を訴え、NATOの参戦まで主張してきたにも拘わらず…。

 和平案の発案者としては、戦争当事国のトップであるゼレンスキー大統領こそ、ミュンヘン会談におけるチェンバレン首相の立場となるのですが、ゼレンスキー大統領の宥和策、即ち停戦提案は、NATOの加盟という条件まで付いています。第二次世界大戦以上に明確なる第三次世界大戦への導火線までセットになっているのです(戦争と平和のセット…)。この点に注目しますと、同提案は、いかにも‘トリッキー’です。ゼレンスキー大統領は、これまでもNATOを参戦させるべく八方手を尽くしてきましたので、今般の停戦案も、トランプ大統領の早期停戦の公約を逆手にとった、巧妙な第三次世界大戦誘導策にも見えてくるのです(この点、韓国大統領による戒厳令の宣言もシナリオ通りに行動しただけである可能性も…)。

 そして、その指南役が存在するとすれば、それはおそらく過去の二度の世界大戦をも背後から操った世界権力なのでしょう。ミュンヘンの宥和につきましても、近年では、第二次世界大戦への準備期間が必要としたのはむしろイギリスではなかったのか、という説も唱えられています。戦争回避は表向きの時間稼ぎのための口実であり、1938年当時、敵味方を演じながら、主要各国は、それとは気が付かれぬように第二次世界大戦に向けて足並みを揃えていたこととなりましょう(つづく)。

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