万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

相互主義関税は保護主義の相互承認への道?

2025年02月14日 12時07分31秒 | 国際経済
 江戸時代も末期となる1858年、徳川幕府は「安政五カ国条約」を結び、アメリカ、オランダ、ロシア、イギリスそしてフランスとの間の通商を開始します。これらの条約によって輸出入に関する関税も定められたのですが、その内容が不平等であったため、その後、条約改正が明治政府の重大なる政治課題となったことは、教科書の記述等でもよく知られるところです。関税自主権の回復は、1905年の日露戦争での勝利を待たねばならず、日本国の悲願の達成には凡そ半世紀を要したことになります。

 輸出関税率を5%、輸入関税率を20%とする「安政五カ国条約」で定められた関税率は、アロー号事件後に清国と間で締結された天津条約における輸入関税率が輸出関税率と等しく5%であったことを踏まえますと、自国産業の保護という意味においては、確かに「安政五カ国条約」の方が有利であったかも知れません。また、低率の輸出関税率が、日本製品の海外輸出を後押ししたことも確かなのでしょう。しかしながら、喩え日本国側に有利な側面があったとしても、この時、日本国側が強く意識したのが、独立国家としての主権の確立であったことは疑いようもありません。西欧列強の砲艦外交の結果として締結された条約でしたので、日本国にとりましては、半ば‘強制された’条約であったからです。今日の「条約法条約」第52条では、‘武力による威嚇、または、武力の行使による国に対する強制は、条約の無効事由となりますので、日本国側の不服は当然の反応とも言えましょう。日本国の近代史を振り返りましても、関税に関する権限、すなわち、通商に関する政策権限が、現代人が想像する以上に重大問題であったことが分かります。

 さて、前置きが長くなりましたが、第二次世界大戦が、ブロック経済、すなわち、列強による経済圏の‘囲い込み’を要因として発生したとする共通認識から、戦後は、アメリカを中心とした自由貿易体制が構築されることになります。この流れの中で、自由貿易主義=正義とするイメージが浸透し、完全なる関税の撤廃こそ世界の諸国が共に目指すべき究極の目的地とされたのです。かくして、関税を設けること、即ち、保護主義が、あたかも悪事のような後ろめたさや罪悪感を抱かせる程まで、自由貿易主義は‘絶対善’の地位を得てしまうのです。今日の自由貿易体制、延いてはグローバリズムの出発点が第二次世界大戦にあったとしますと、GATTの枠組みにおける交渉ラウンドを経たとはいえ、各国の市場開放にはやはり武力が用いられたとする見方も成り立つようにも思えます。

 しかしながら、誰かを護る、あるいは、何かを保護するという役割を考えた場合、それを‘壁’や‘囲い’を設けることなくできるのでしょうか。自然界でも、放置すれば外来種が在来種を駆逐してしまうケースは珍しくはありません。勢力圏の囲い込みが世界大戦を招いたとする説に一理があったとしても、関税壁そのものを否定するのは、‘羮に懲りて膾を吹く’という諺どおりの過剰反応のように思えます。そもそも、各国が独立的な‘関税自主権’を有していれば、自国の産業構成や生産量等に鑑みて、自由に貿易相手国を選ぶことができるのですから、ブロック化は起きるはずもないのです。この側面からしますと、EUであれ、CPTPPであれ、RCEPであれ、今日、さらなる自由化を目指して世界各地で誕生している地域的経済枠組みの方が、余程、ブロック化の要素が強いとも言えましょう(多角貿易の阻害要因に・・・)。

 今般、アメリカのドナルド・トランプ大統領は、相互関税の方針の下で関税を復活させております。その具体的な内容についての詳細は不明なものの、今後、アメリカは、自国の関税率と同率の関税を相手国に課すという相互主義を、通商の原則に据えたものと推測されます。この方針は、貿易相手国によって関税率を変えることを意味しており、関税の完全撤廃という、戦後に敷かれた‘一本道’からの離脱を示したことにもなりましょう。

 関税の復活については、自由貿易主義やグローバリズムの流れに反するとする批判もありますが、アメリカの方針転換は、他の諸国にとりまして決して悲劇ではないように思えます。例えば、日本国につきましても、相互主義に基づけば、中国等からの安価な輸入品の一方的な流入を防ぐことができるようになります。現状は、中国側が、自らの都合に合わせて一方的に高い関税を設定する一方で、日本国政府は、グローバリズム原理主義の下でさらなる市場開放を進めているからです。相互主義への転換は、全世界の諸国にとりまして保護主義の相互容認への第一歩であり、やがては各国共に自国の産業を護りながら、相手国にも恩恵となる最適な通商網を選択的に世界大に構築する道を開くことになるのではないかと思うのです。

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