万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

食料も独立性が重要

2025年03月04日 13時08分25秒 | 国際経済
 今日の自民党と公明党から成る日本国政府は、グローバリストにして自由貿易主義原理主義者でもあります。国境の壁をできるだけ低くする作業に邁進しており、遂に、最期の砦とも言えるお米の保護まで放棄するに至っているかのようです。果たして、この方向転換は、日本国民の望むところなのでしょうか。

 戦後、GATT(「関税及び貿易に関する一般協定」)の下でアメリカを中心とした自由貿易体制の構築が始まった時点では、農産物は、自由化の対象には含まれていませんでした。関税引き下げの対象が農産物にまで及んだのは、1964年5月から1967年6月までの足かけ3年を費やして合意に至ったケネディ・ラウンドでのことです。農産物への対象拡大の背景には、小麦やとうもろこし等の大生産国であるアメリカをはじめとした穀物輸出国の後押しがあったことは疑いようもありませんが、この時から、全てのGATT加盟国、即ち、今日のWTOの加盟国の農家は、それが未だに潜在的なものであれ、国際的な競争圧力に晒されることとなるのです。

 もっとも、同ラウンドでの合意によって日本国政府が、即座に関税措置を設けたわけではありませんでした。暫くの間は、お米に対しては‘国境措置’を維持し、事実上の米輸入の禁止措置を続けます。しかしながら、この禁輸措置も、1994年に妥結したウルグアイ・ラウンドの合意で放棄せざるを得なくなります。同合意により、農産物の例外なき関税化が決定されたからです。当然にお米にも関税率を設定しなければならなくなるのですが、同ラウンドの交渉過程で日本国政府が求めたのは、お米に対する高関税率を認めてもらう代わりに、一定量のお米を海外から輸入するというものあったのです。

 その一方で、保護政策を継続したのは、日本国のみではありません。自由化を推進した側の農業政策を見ますと、手段こそ違いがあれ、農家に対して手厚い保護を実施しています。例えば、海外からの安価な穀物輸入による農業危機に直面したEUでは、CAP(共通農業政策)と呼ばれた食管制度に類似する保護政策を長期に亘って行なわれてきており、CAP改革後の今日では、農家に対する直接補償制度が実施されています。また穀物輸出大国であるアメリカを見ますと、農産物の輸出促進のための補助金が給付されてきました(この場合には、ディフェンシブではなくオフェンシブな農業支援・・・)。もっとも、2014年には同補助金制度が廃止されたものの、WTOのルールが緩い輸出信用保証等によって農家の利益を護っています。何れも関税に代替する手段にもって域内や国内の農業を保護・育成しているのであり、農業を重視する姿勢に変わりはないのです。

 ところが、日本国政府の近年の農政を見ますと、頓にちぐはぐさが目立ってきています。2020年3月には、日本国政府は、農林水産物の輸出を10年間で五倍に増やす目標を設定し、輸出志向への転換を図るのです(1兆円から5兆円へ)。今日、日本国内では米価高騰が国民生活を圧迫する中、アメリカをはじめ海外において日本米の安値販売が目撃されているのも、政府の輸出政策の結果でもあるのでしょう。また、今般の米価高騰を追い風にして、日本国政府は、関税率を引き下げ、小麦消費の拡大に伴う小麦の輸入のみならず、お米の輸入量拡大を狙っているとも推測されます。

 しかしながら、食糧自給率が極めて低い状況にありながら、輸出促進政策をとりますと、国内において価格上昇が起きるのは、当然、予測はできたはずです。供給が減少するのですから、需給のバランスからすれば価格は上昇してしまうのです。日本国政府は、農家の増収や新たな販路開拓として輸出推進政策を正当化するのでしょうが、その一方で、マイナス影響を受けるのは、一般の消費者です。食料品価格が上がり、国民の生活は苦しくなるのですから、一部の輸出用農産物を生産している農家等を除いては、マイナス影響の方が深刻なのです。アメリカもEUも、農産物の生産量に余剰があるからこそ、輸出支援政策を実施できるのであって、食料が自給できない日本国が同様の政策を実施しますと、結果として国民が犠牲になるのです。

 日本政府による減反政策、輸出推進政策、流通の自由化、先物市場の開設、そして、JAの巨額損失といった米価高騰の要因が揃っているのですから、価格支配を狙うグローバリストや抜け目のない投機筋から見ますと、これをチャンスと見ないはずはありません。否、グローバリストのマネー・パワーからすれば、背後から日本国政府を同状態に誘導することも不可能ではないのでしょう。かくして、大阪堂島商品取引所での先物市場の開設が欲望に火を付けたかの如く、日本国は‘令和の米騒動’に見舞われることとなったのではないでしょうか。

 政府が備蓄米の放出を行なっても、目下、危機的な状況は続いています。この問題は、日本国政府による輸出拡大政策にも見直しが必要であると共に、農産物の輸出入に関する新たな国際的な合意を要することをも示唆しています。少なくとも、各国とも、基本的には自給自足を可能とする状況を整えた上で、特産物や過剰農産物に関してのみ、通商の対象とすべきように思えます。国際分業を伴うグローバルな農産物市場の形成と、そこにおける価格形成の主導権を握ることで、永続的に利益を吸い上げることがグローバリストの目的であるならば、なお一層、各国ともに自国の食料自給率の向上に努めるべきではないかと思うのです。

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