万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

米先物取引の中国対抗論への疑問

2025年02月20日 10時40分51秒 | 国際経済
 昨年の2024年8月から大阪堂島商品取引所で始まったお米の先物取引については、今日、報道が規制されているためか、国民の多くはその存在を知りません。しかしながら、その影響力を考慮しますと、先物取引の問題は、‘グローバリストの視点’を想定しますと看過できないように思えます。

 農産物の先物取引市場での相場は、価格形成のみならず、将来の作付面積や生産量に対しても多大な影響を与えます。仮に、先物相場での価格が上昇すれば、農家は、当該作物を作付する面積を増やしたり、生産量を拡大するなど、増産の方向に動きます。逆に、先物相場が下落しますと、農家は、その反対の行動を採るからです。もっとも、農家が一斉に同じ方向で作付け期に生産量を調整しますと、数ヶ月から1年後の収穫期には過剰生産による暴落が起きたり、供給不足によって価格暴騰となる事態もあり得るわけですから、必ずしも農家のリスクがヘッジされるとも限りません(この需給調整の側面からも、先物取引の存在意義はますます怪しくなる・・・)。その一方で、この側面は、先物市場に資金を投じる‘投機家’や金融筋にも、自己利益拡大のために需給調整を行なう動機があることを説明するのですが、先物市場の相場が、当該作物を生産する全ての農家や原材料として調達する食品会社、延いては消費者にまで広く影響を与えている現状は、事実としてあることはあるのです。

 実際に、穀物各種の国際価格については、小麦やトウモロコシ等の大生産国であるアメリカでは、農業地帯を背景に中西部のイリノイ州のシカゴ市に、逸早く農産物の先物市場が開設されています(最初の商品は、1898年に始まったバターと卵の先物取引・・・)。今日、シカゴ・マーカンタイル取引所での相場は、将来的な穀物市場の国際的な価格指標として用いられており、アメリカ国内のみならず、その他の諸国の農産物価格や生産量等にも影響を与えているのです。

 シカゴの先物市場の先物価格が国際価格指標と見なされるのは、その取引量の多さに寄ります。この側面に注目して主張されているのが、日本国内での米先物取引の推進論です。実のところ、2019年8月に、中国大連において既にジャポニカ米の先物市場が堂島に先駆けて開設されています。未だに共産主義体制を維持している中国にあって、主食穀物の先物市場が開設されていること自体が驚きの事実でもあるのですが、このままでは、アジアの米市場の価格形成において、中国に主導権を握られてしまうとする危機感から、先物取引推進論が唱えられているのです。

 しかしながら、この見解は、日本産米の輸出入を前提としたものです。国際指標価格とは、当該作物が貿易商品であってこそ意味があるからです。そして、仮に、この説が正しければ、大阪堂島商品取引所の米先物取引の再開には、日本国政府による‘日本米の輸出作物化計画’が隠されていたことにもなりましょう。

 現実には、中国は、お米の生産量も消費量も世界第一位です。2015年前後の生産量が凡そ1億4,450万トンであったところ、2021年には、1億4900万トンまで増加しており、近年、増産が続いてきたことを示しています。しかも、日本米と同種のジャポニカ米の生産量が伸びています。その一方で、日本国のお米の生産量は、2024年で凡そ683万トンに過ぎず、中国で生産されたお米の30%がジャポニカ米としても、日中間では、圧倒的に生産量に差があります。この状態で、先物市場を日本国が開設したとしても、国際価格指標の形成でリードする可能性は殆どないに等しいこととなりましょう。

 以上に述べてきましたように、大阪堂島商品取引所での先物取引については、中国対抗論には無理があるように思えます。むしろ、日本国政府が米価の高騰を放置している理由は、グローバリストの意向にも沿った日本国の先物市場の開放であり、かつ、さらなる米輸入への道を開くことにあるのかも知れません。仮に、中国がジャポニカ米の生産量を今後とも増やしてゆくともなりますと(現状でも、中国からのお米が輸入されている・・・)、将来的には、中国からのさらなる輸入拡大をも視野に入れているとも推測されましょう(日本米は中国人富裕層向けに生産?)。

 そして、先物取引に注目しますと、この問題は、お米に限らないことにも気がつかされます。日本国の電力につきましても、上述したシカゴ・マーカンタイル取引所グループに属するニューヨーク・マーカンタイル取引所やドイツのフランクフルトに拠点を置くEUREX傘下の欧州エネルギ-取引所において先物市場が開設されているのですから。日本国内にも、電力の先物取引所として東京商品取引所が開設されていますが、電力自由化によって電力価格が下がるどころか、今日、上昇を続けている一因も、内外の先物取引市場の開設あるのかもしれません。しかも、近年、米欧では取引所のM&Aが活発化し、大手への集中が進んでいますので、大阪堂島商品取引所や東京商品取引所自体が欧米系に買収される未来も想定される事態なのではないかと思うのです。

この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 米先物取引は先買いによる‘買... | トップ | 先物取引と‘未来操作’ »
最新の画像もっと見る

国際経済」カテゴリの最新記事