万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

NPT体制の致命的欠陥-何故ロシアの核使用問題が発生したのか

2022年12月02日 17時29分51秒 | 国際政治
 NPT体制とは、人類史上にあって最も破壊的で非人道的兵器とされる核兵器による戦争、即ち、核戦争を未然に防ぐための国際システムとして一般的には理解されています。同目的を実現するために、NPTでは、核兵器の保有のみならず、使用の前段階となるテクノロジーの開発並びに核ミサイルの運搬手段(ミサイル等・・・)をも規制の対象としております。核戦争の回避という目的は正しいのですが、今日の状況は理想からほど遠いばかりか、逆に安全保障上のリスクを高める方向に作用しているかのようです。それでは、同体制の逆機能の原因は、一体、どこにあるのでしょうか。

第一に、NPTには、違反国を取り締まる仕組みが設けられていない点を挙げることができます。刑法がそうあるように、法律だけが存在していても、違反者がいなくなるわけではありません。警察という物理的な強制力を有する法の執行機関があってこそ、違法行為や犯罪を取り締まることができるのです。法に基づいてある特定の有害行為を封じようとすれば、執行機関は不可欠となるのですが、NPTは、執行レベルにあっては極めて不十分な仕組みしか設けていません。締約国の条約遵守状況を査察する国際機関としてIAEAが設立されてはいるものの、その役割は査察等の作業に限定されており、違反国が出現してもそれを確実に取り締まることができないのです。また、制裁や下罰等に関する罰則規定や訴訟手続き関する条項もありませんので、司法機能も欠落しています。

第二の問題点は、「核兵器国」という存在が、あまりにも曖昧な点です。言わずもがな、NPTは、核兵器国の存在を認めています。同条約の名称が‘不拡散’と表現されているのも、「核兵器国」の存在を前提としているからに他なりません。それでは、合法的に核を保有できる国、即ち、「核兵器国」はどのような国かと申しますと、NPT第9条3項によれば、「核兵器国」は「1967年1月1日以前に核兵器を爆発させた国」と定義されています。多くの人々が、NPT体制の維持について国連安保理の常任理事国が責任を負っているものと信じがちですが、NPTでは、国連安保理常任理事国の五カ国=「核兵器国」ではないのです。つまり、条文をよく読みますと、国連が同体制の維持に必要となる執行機能を担い、それを保障するわけではないことが分かります。NPTは、「核兵器国」のみに同兵器の保有を許されるのか、その理由を明確には語っていないどころか、これらの‘特権国’に対して責任さえ負わせてはいないのです。

第三に、「核兵器国」の攻撃力が問題となります。核戦争をなくすためには、核兵器の不使用が不可欠となるのですが、NPTは、核軍縮交渉の実施を「核兵器国」に誓わせつつも、核使用の禁止については全く言及していません。条約の主たる内容は、あくまでも、核兵器並びに運搬手段等の非核兵器国への‘拡散防止’であって、「核兵器国」の核兵器の不行使ではないのです。NPTが掲げる目的は核戦争の防止ですので、この‘沈黙’は、同体制が抱えている致命的な矛盾と言っても過言ではありません。核戦争の制御を訴えながら、核兵器を独占し、その当事国となる可能性が最も高い「核兵器国」に対しては全く制御装置を設けていないのですから。これでは、NPT体制が健全な制御システムとして機能しないのは当然のことです。

このため、実際に、ロシアは、その使用の可能性を織り込んだ上で、既に戦略核並びに戦術核を自国の防衛・安全保障政策に組み込んでいます。このことが、ウクライナ紛争におけるロシアによる核兵器使用の可能性を高めており、核戦争の危機を招いていると言えましょう。ロシアのみならず、NPTに加盟していない、あるいは非合法的に核を保有しているイスラエル、インド、パキスタン、北朝鮮などを含めた全ての「核兵器国」も、公表の如何に拘わらず、核戦略の自国の軍事政策の基盤となっているものと推測されます。結局、NPT体制下では、「核兵器国」のみが抜きん出た攻撃力を有することで、特権的地位を自国のために利用しているのです。

そして、第4に挙げるべき欠点は、抑止面に見られます。先ずもって指摘されるのが、「核兵器国」相互おける奇妙な核の抑止力です。NPTは「核兵器国」の存在を認めているために、これらの諸国間で核戦争が起きる可能性を残しているのですが、現実あって核戦争が起きていない理由は、「核兵器国」相互に抑止力が働いているからです。核兵器は危険として「非核兵器国」からは核の抑止力を取り上げる一方で、「核兵器国」自身は、その抑止力を積極的に肯定しているのです。なお、相互確証破壊の論理は、「核兵器国」間の‘核の均衡’をもって説明されますが、同論理に従えば、「核兵器国」にあって一方的に核を放棄する国が現れた場合、同均衡が崩壊することを意味します。このため、一国でも核兵器国が存在していれば、均衡の維持を正当な根拠として「核兵器国」は核放棄を拒否できるのです。そして、この均衡論の主張は、本来、「核兵器国」と「非核兵器国」との間にあっても正当性をもつはずです。

 また、抑止力の面に関しては、‘核の傘’も問題点となりましょう。何故ならば、NPT体制にあっては、‘核の傘’という抑止力は、「核兵器国」の軍事同盟国のみにしか提供されないからです。言い換えますと、NPT体制は、全ての「非核兵器国」の安全を守ってはいないのです。2度の世界大戦が諸国を2分化するような2大陣営が築かれたことにも原因があるにもかかわらず、“核の傘”の理論は、再び諸国の陣営化を促しているとも言えましょう(世界の大多数となる「非核兵器国」は、「核兵器国」の何れかと同盟を結ばなければ、核の抑止力を得られない)。

その一方で、「核兵器国」は、NPTを根拠として「非核兵器国」の核保有を核兵器をもって阻止しようとするかもしれません。実際に、ロシアが2020年6月2日に公表した核抑止の分野におけるロシア連邦国家政策の基礎について」では、核使用の基準が示されると共に、同国の核の抑止戦略の対象をも明らかにしています。その中には、NPTの内容と重なる要件も多く、この場合には、たとえNPTから合法的に脱退したとしても、「核兵器国」は、「核兵器国」の侵略を未然に防ぐために核武装を試みた国に対して核攻撃を加えるという本末転倒の事態も想定されるのです(つづく)。

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