今日の国際社会ではNPT体制が成立しております。このため、現在、核を保有している国は、国連安保理の常任理事国をはじめとしたごく少数に過ぎません。このNPT体制下における核兵器保有国と非保有国との間の非対称性が、今日、国際の平和と安全を脅かす様々なリスクをもたらしているのですが、核保有国による同兵器の使用はあり得るだけに事態は深刻です。ところが、昨日の11月30日、ウクライナのゼレンスキー大統領は、ロシアの核兵器使用について否定的な見解を示しています。同大統領の楽観的な発言は、一体、何を意味しているのでしょうか。
ロシアの核戦略を見ますと、2020年6月2日にプーチン大統領は「核抑止の分野におけるロシア連邦国家政策の基礎について」を公表し、核使用条件を明らかにしています。回使用の条件とは、(1)ロシア及びその同盟国の領域を攻撃対象とする大陸弾道弾ミサイル発射に関する信頼し得る情報を得たとき(武装解除打撃)、(2)ロシア及び同盟国の領域に対して核兵器その他大量破壊兵器を使用したとき(反撃報復)、(3)核による反撃報復を凡そ不可能とするような政府施設や軍事施設に対する干渉があったとき、そして、(4)通常兵器によるロシアへの侵略により存立危機に瀕したときの4者となります。
(4)の条件だけを取り上げましても、ロシアは既に自らが武力で占領した4州を国内法によって併合していますので、同国が核兵器を自国に対して使用する可能性は否定できないはずです。戦争当事国の大統領である以上、ゼレンスキー大統領もロシアの核兵器使用の条件については熟知しているはずですので、仮にロシアの核不使用を確信しているとすれば、同大統領の発言には、以下のような推測が成り立つように思えます。
第1の推測は、同大統領がウクライナ東・南部の4州の完全奪還は諦めたというものです。この推測が正しければ、ロシアがウクライナ軍による占領地奪還作戦を‘侵略’とみなし、かつ、存立危機事態と認定しない程度において紛争を収める準備があることを暗に示したことになります。いわば、停戦交渉、あるいは、領土交渉に向けたロシアへのメッセージということになりましょう(核兵器使用を決断するまでロシアを追い詰めるつもりはない・・・)。なお、ウクライナ紛争は局地的なものであり、ロシア全土を脅かす程ではないとの反論もありましょうが、敗戦が確実となれば、ウクライナ側から巨額の賠償金を請求される可能性が高く、比較的経済規模が小さいロシアにとりましては、死活的な存立危機となりましょう。
第2に推測されるゼレンスキー大統領の意図とは、ウクライナ紛争を通常兵器の使用に留めることで、敢えて紛争を長期化させようというものです。核兵器の使用は戦争の勝敗を決しますので、この推測に基づけば、同大統領の真の戦争目的は、戦時体制維持の必要性を国民に納得させつつ、ウクライナに長期的な‘ゼレンスキー体制’を敷くことにあるのかもしれません。
そして、第3の推測は、ゼレンスキー大統領がNATOを巻き込む方針を放棄した、というものです。これまで、同大統領は、ロシアの脅威を煽りつつ、事あるごとにNATO参戦の必要性を訴え、同方向に誘導しようとしてきました。しかしながら、上述した(1)から(3)までのロシアの核兵器使用の条件を知りながらロシアの核使用がないとみなしているとすれば、‘NATO参戦の可能性は最早ない’と判断したことになりましょう。
もっとも、NATOにつきましては、ゼレンスキー大統領は、ロシアの核不使用に言及することで同紛争へのNATO参戦のハードルを下げようとした、とする見方もありましょう。しかしながら、高度な情報分析能力を備えたNATOが同大統領の楽観的憶測とも言える発言を鵜呑みにするはずもなく、仮に、NATOの好意的な反応を期待していたとすれば、同大統領の戦時下の指導者としての資質が問われることにもなりましょう。
以上に、ゼレンスキー大統領の発言について推測してみましたが、これとほぼ同時に、ロシアのラブロフ外相も、核保有国同士の間では、核兵器のみならず通常兵器による軍事衝突も回避すべきと述べています。同発言には、アメリカをはじめとするNATOによるウクライナ支援が紛争を長引かせているとの批判が込められているのですが、両者の発言は、偶然の一致でもないのかもしれません。同外相の抑制的な態度からしますと、既にロシアとアメリカ及びNATOとの間で何らかの‘手打ち’が済んでいるようにも思えるのです。あるいは、背後で世界権力がコントロールしているとすれば、今般のウクライナ紛争についてはこの程度で事態を収め、核保有国が絶対的に有利となるNPT体制の維持、即ち、安全保障理事会常任理事国の5カ国のみならず、イスラエル、インド、パキスタン並びに北朝鮮をも含めた核保有国の特権維持を優先したとも推測されましょう(つづく)。