万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

脆弱にして強固というNPT体制のパラドックス

2022年12月05日 12時54分53秒 | 国際政治
 NPT体制が内包する構造的欠陥は、今や誰の目にも明らかです。否、‘核なき世界’という理想郷へ誘う幻想が隠してきた実像が、核兵器国による核使用の可能性の高まりと共に、明確に姿を見せてきたと言っても過言ではありません。

 核戦争を未然に防止することを目的として成立したNPT体制は、制御システムとしてはあまりにも強度も耐性も不足しており、制度設計における決定的な誤りがあります。国内における法制度に照らしますと、先ずもって制度設計に際して必要となるのは、最低でも中立公平な立場が保障されている立法、執行、司法の三つの機能が必要とされます。そして、各々の機能を担う中立・公平な機関、あるいは、仕組みを設けなければ、法の実効性は殆ど期待できないのです。

 ところが、NPT体制を見ますと、立法段階である条約制定過程を見ますと、核兵器国を既に保有していた米ソ等の軍事大国、あるいは、世界権力の意向が強く働いています。核戦争の脅威を背景に大多数の国が締約国となったことから、多数決の原則からしますと手続き上の正当性を有するように思われがちです(そもそも、国際社会における立法機能は弱い・・・)。しかしながら、その内容は、‘不平等条約’とも称されるように、必ずしも全ての締約国に対して公平ではありません。法の前の平等原則に反しており、このため、一般国際法としての要件を欠いているのです。おそらく、同条約の‘立案者’は、核を独占する超大国による同盟国に対する‘核の傘’の提供により、同条約が冷戦構造をさらに強固にすることを十分に理解していたのでしょう。そして、NPTへの加盟圧力そのものが、核保有国による武力、あるいは、核による威嚇であった可能性をも示唆しているのです。

 加えて、NPT体制には、執行並びに司法の仕組みも欠落しており、査察を担うIAEAを除いて中立・公平な立場が保障されている国際機関はありません。否、IAEAの監視の下で厳しいチェックを受けるのは「非核保有国」のみであり、核使用のリスクが最も高い「核兵器国」に対しては殆ど野放し状態なのです。このため、現在、中国は核兵器の更なる増強に向けてひた走っています。

 また、「核兵器国」は、過去にあってはイラクやリビア、そして、今日では北朝鮮やイランといった核開発を試みた「非核兵器国」に対しては一先ずは拳を振り上げる一方で(もっとも、NPTは、「非核兵器国」が核兵器を保有した場合、核兵器の強制排除を「核保有国」が行なうとは規定していない・・・)、「核兵器国」自身が核軍縮を怠ったとしても罰則がありません。つまり、「核兵器国」は、自らを安全地帯に置きつつ、「非核兵器国」の核保有の動きに対しては厳罰を以て臨んでいるのです。

 加えて、核軍縮については、「核兵器国」による一方的な単独核放棄を促すのではなく、あくまでもライバル国、あるいは、相手国の存在を前提としています。これは、「核保有国」間における‘核の均衡’を強く意識した結果と推測されるのですが、裏を返しますと、核を独占する「核兵器国」間の‘談合’によって国際社会全体がコントロールされる可能性を示唆しています。また、NPTは、核の平和利用、すなわち、原子力活動に対して字数を割いており、このことは、「非核保有国」は、核兵器のみならず原子力発電についても「核保有国」のコントロール下に置かれることを意味しています。NPT体制は、軍事のみならず、締約国のエネルギー政策の権限を縛っており、重要な経済問題でもあるのです。

 なお、同条約が‘不平等条約’であることから、NPTは全ての国家に等しく適用される行動規範を定めた一般国際法ではなく、「核兵器国」と「非核兵器国」との間の合意を記した任意の協定に過ぎないという見方もありましょう。NPT合意文書説に基づけば、核を放棄した「非核兵器国」に対する「核兵器国」側からの条約上の反対給付は、第6条の核軍縮ということになります(核の不拡散については、「非核兵器国」には「核兵器国」に対して譲渡や移転等を要求する権利はないので、反対給付とは言えない・・・)。ここで注意を要することは、同条約は、「核兵器国」による反対給付を‘核兵器の不使用’とは明記していない点です。同条約の目的は核戦争の回避ですので、核の有する絶対的な攻撃力並びに抑止力を考慮すれば、核軍縮交渉という反対給付は、あまりにも「核兵器国」に有利な条件です。もっとも、仮に単なる合意であるならば、一国でも同合意に反する行動をとる義務不履行の国が出現すれば、即、同合意は解消できますので、現時点にあってNPTは既に空文化していることとなりますが、NPTは、第10条において脱退要件を定めていますので、あくまでも一般国際法として自己規定しているのでしょう。

 以上に述べてきましたように、NPT体制の構造的欠陥は疑いようなく、このため、「核兵器国」と「非核兵器国」とが戦争に至った場合には後者には全く勝ち目はありません。今日では、「核兵器国」による‘核の傘’も怪しくなっています。「非核兵器国」の敗戦は、NPTによって予め運命付けられているのです。核の不保持が「核兵器国」に対する「非核兵器国」の戦争における必敗を意味するならば、これは、後者による抑止力並びに正当防衛権の放棄と同義ともなりましょう。もっとも、たとえ「非核兵器国」が「核兵器国」から侵略を受け、通常兵器戦の末であれ、後者の核使用によって国家が滅亡しても、核による報復がない、即ち、核戦争には至らなかったとして同体制を擁護する意見もあるかもしれません。しかしながら、NPTへの加盟が国家滅亡のリスクを高めるのならば、「非核兵器国」に対してこうした過酷で非情な選択を迫る体制こそ間違っているように思えます。

 物事には、ポジとネガのように見方によって評価が正反対となる場合があります。NPT体制には、「非核兵器国」にとりましては極めて‘脆弱’でありながら、「核兵器国」にとりましては不動の核独占の体制固める、即ち、‘強固’となるというパラドックスがあるのです(つづく)。

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