竹島問題については、紛争発生以来、アメリカ政府の勧めもあって、日本国政府はICJ(国際司法裁判所)による解決の道を模索してきました。しかしながら、日本国側から解決付託を提案する度に韓国側が拒絶してきたため、同案は実現することなく今日に至っております。ICJの規程並びに規則によれば、紛争当事国の合意がなければ訴訟は原則として受理されないからです。このため、単独提訴も検討されていますが、どうしたことか、日本国政府は、その一歩を踏み出せないでいたのです。こうした中、フィリピンの単独提訴を常設仲裁裁判所が受理し、実際に判決も下されるという事例が、単独提訴の先鞭を付けることとなりました。日本国政府にも、国連海洋法条約を活用するという選択肢が現実味を帯びてきたのです。領土問題に直接に踏み込まないまでも、竹島問題を司法解決する道が見えてきてきたのですが、近年の国際司法の動向から、もう一つ、竹島問題の司法解決の道が現れてきているように思えます。
もう一つのアプローチとは、紛争解決の手続きを記したサンフランシスコ講和条約第22条に基づくICJへの解決付託です。尖閣諸島と同様に、竹島問題も、日本国の領土権の放棄を定めた同条約第2条の問題です。同条の(a)には、「日本国は、朝鮮の独立を承認して、済州島、巨文島及び鬱陵島を含む朝鮮に対するすべての権利、権限及び請求権を放棄する。」とあります。同条文は、今日の韓国という国の国際法上の基本的な法的根拠は同条約にあると同時に、領域までをも定めたことを意味しているのです。
さらに、サンフランシスコ講和条約の第21条には、中国と朝鮮が有する受益権が明記されており、「・・・朝鮮は、この条約の第二条、第四条、第九条及び第十二条の利益を受ける権利を有する」と明記されています。このことは、韓国は、同条約において法的権利を有し、同講和条約が定めた日本国の領土権放棄の直接的な利害関係国であることを示しています。戦後にあって、韓国は、自らを連合国の一員と見なすように連合国側に求めながら、この要求は却下されています。しかしながら、締約国ではないものの、上記の条文からしますと、同国が、サンフランシスコ講和条約の‘事実上の当事国’であることは明白です。この点に鑑みますと、日本国政府が、同講和条約第22条を援用してICJに竹島問題、即ち、日本国が放棄した領土に竹島が含まれるのか、否か、という問題に対して判断するように求めることは不可能なことではないのです。
しかも、同講和条約の作成過程にあって、草案の内容を知らされた韓国の李承晩大統領は、アメリカに対して間で竹島等の扱いに対してクレームを付けています。この時の米韓間の往復書簡は既に公開されており、アメリカのダレス国務長官は、韓国の要求を竹島に関する自国の調査の結果として退けています。「ダレス書簡」と呼ばれ、日本国内ではよく知られた書簡なのですが、韓国側が、サンフランシスコ講和条約の草案に意義を申し立てていたことは、決定的な証拠のある疑いようもない事実なのです。
また、1965年に成立した日韓基本関係条約の前文にも、「一千九百五十一年九月八日にサン・フランシスコ市で署名された日本国との平和条約の関係規定及び一千九百四十八年十二月十二日に国際連合総会で採択された決議第百九十五号(Ⅲ)を想起し、・・・」とする下りもあります。日本国と韓国間の国交樹立は同条約を前提としているのであって、韓国側も、この点については承知しているはずなのです(なお、同時に日韓紛争解決交換公文では両国間の紛争の解決には調停に付すとしているものの、この合意も韓国側によって反故にされた・・・)。
以上の諸点を踏まえますと、本来であれば、サンフランシスコ講和条約による領域の決定に意義を申し立てていた韓国側が、ICJに対し提訴すべき立場にあったと言えましょう。上述したように、実際に、草案作成段階にあって、同条約の草案作成に際して主導的な役割を果たしたアメリカに対して竹島に対する領有権を主張しているのですから。そして、その訴訟の相手国は、日本国ではなく、むしろ、アメリカを初めとした連合国諸国であったはずなのです。もっとも、韓国側による提訴は、独立間もなく、しかも、朝鮮戦争が既に始まっていた時期にあっては、非現実的な選択肢であったのでしょう。そして、竹島問題を韓国側の違法行為として認識しながら、サンフランシスコ講和条約に基づくのではなく、日韓二国間の領土問題の解決としてのICJへの共同付託を提案したのも、韓国と共に朝鮮戦争を戦わざるを得なかったアメリカの‘事情’とも考えられましょう(米韓の対立に・・・)。あるいは、仮に、アメリカが竹島問題について韓国の立場を支持する、もしくは、中立的立場を表明するならば、日本国は、アメリカに対して第2条(a)の解釈並びに運用をめぐる問題としてICJに解決を要請するという方法もあったはずなのです(この方法は、今日でも試みることが出来るかも知れない・・・)。
ジェノサイド条約の紛争解決条項に基づいてICJがウクライナの訴えを受理したように、竹島問題についても、日本国政府は、サンフランシスコ講和条約第22条に基づく単独提訴という新たな選択肢を手にしています。韓国は、同講和条約の締約国ではないものの、直接的な利害関係国ですので、ICJが受理する可能性は極めて高いと言えましょう。また、「ダレス書簡」が存在する以上、韓国も、サンフランシスコ講和条約に関する争いであることは否定できないはずです(もちろん、韓国側の応訴の有無に拘わらず、法廷は開かれる・・・)。さらには、韓国側が一方的に竹島を占領している現状にありますので、日本国政府は、ICJに対して退去を命じるように暫定措置を要請することもできるかもしれません。国連海洋法条約に基づく単独提訴と並んで、サンフランシスコ講和条約によるアプローチも、試みるだけの価値は十分にあると思うのです。