異次元緩和に踏み出したことで、アベノミクスの象徴ともなってきた黒田日銀総裁。今般、同総裁の後任として政府から選任されたのが、経済学者の植田和夫氏です。同氏の就任に先立って議論されているのが、現在、日銀が掲げている物価上昇率2%の目標です。
正式な日銀総裁就任には国会の承認を経るものの、植田次期総裁は、過去の発言などから金融緩和政策を維持するものと推測されています。金融緩和策の維持と2%目標がどのように関連するのか、と申しますと、現在、円安等に起因した輸入インフレ状態にあり、既に同目標値を超えてしまっているからです。一般的には、2%を超えるとインフレ抑制策として政策金利を上げるところなのですが、植田氏は、量的緩和維持の立場から、金融引き締めへの政策転換に否定的なのです。そこで、2%目標が修正されるのではないか、とする憶測が飛び交っているのです。
こうした理由から、植田新総裁の下ではインフレ率2%目標が取り払われる可能性が指摘されているのですが、そもそも、インフレ率2%目標は、妥当なのでしょうか。不思議なことに、2%という目標率については深く議論されてこなかったように思えます。そこで、何故、2%なのか、という理由を探ってみますと、実のところ、合理的な根拠は見当たらないようなのです。
国民の立場からすれば、物価上昇率2%が過酷であることは言うまでもありません。賃金上昇率が2%以下の現状では、物の値段が毎年2%上昇することは、年々、生活が苦しくなることを意味します。預金者にとりましても、預金額の目減りとなり、生涯設計が狂うことにもなります(もっとも、政府を含めて債務のある人には有利・・・)。今般、デフレから一気にインフレに転じたため、電気料金の高騰を含む物価高に国民が悲鳴を上げることとなりましたが、物価上昇は、たとえそれが2%であったとしても、大半の国民にとりましてはマイナス影響となりましょう。
それでは、何故、2%なのかと申しますと、この2%という数値は、中央銀行による国債引き受けにより10%台といった高インフレ率に苦しんできた諸国の経験から、インフレ率の上限として設定されたものです。単一通貨であるユーロ導入に際して、欧州中央銀行が、南欧諸国の放漫財政によるインフレの抑制を目的にこの数値を定めたのが始まりと言えるかもしれません。その一方で、日本国の場合には、デフレ脱却のための目標値として2%目標が導入されましたので、その始まりからして目的が逆です。このことは、必ずしも2%という数値に拘る必要はないことを示していると言えましょう。
2%が絶対的な数値ではないないとしますと、何%が最も妥当な物価上昇率なのでしょうか。敢えて設定するならば、貨幣の機能、並びに、中央銀行の役割に照らしますと、その数値は0%なのではないかと思うのです(2%目標とは、金本位制であれば、毎年、2%金貨が改悪されることに・・・)。貨幣の三大機能は、支払手段、価値尺度、価値貯蔵手段ですが、特に価値尺度は安定していたに越したことはありません。このため、中央銀行の主要な役割も通貨価値の維持とされています。国民にとりましては、日々、物の値段が上がってゆくよりも、一定に保たれていた方が暮らしやすいのです。
そして、金融政策において目標値を設定するならば、インフレには輸入インフレのように外因性のタイプもありますので、要因が多方面にわたる物価上昇率ではなく、国民の豊かさを示す指標のほうが望ましいと言えましょう。例えば、経済成長率や賃金上昇率などが考えられますが、日銀は、消費活動指数を作成していますので、こうした数字でも構わないのかもしれません。
植田次期総裁において予測されている量的緩和維持をめぐっては、その真の意図を、国際金融勢力の意向やFRBの動向にまで踏み込んで見極める必要があるのでしょうが、少なくとも、物価上昇率2%の目標については、金融政策の基本に帰るような見直しを要するのではないかと思うのです。