花の詩山の詩

花の詩(うた)山の詩(うた)へようこそ
このブログは「花と山とを友として」の続編です

昨夜の豪雨の名残の筑波山梅林

2020年01月29日 18時58分50秒 | 自然観察
10時近くに筑波山梅林に行ったら、昨夜の豪雨の名残で、梅林の中央を流れる小川が
ゴウゴウと音を響かせる激流となっていた。

紅梅と激流


展望四阿の下から見下ろす紅梅と激流


同上


遊歩道を流れる水


同上


青空の紅梅


四阿の下の紅梅が比較的に良い


梅林最下部のロウバイ林から山頂を見上げる


ロウバイ林西から東方向を撮る


フォレスト・アドベンチャーでも復旧作業をしているようだった。


白滝神社よこの白滝全景


白滝の修験用のうたれ滝も水があふれて


白滝神社前にて、見上げると青空に映えて緑がすがすがしい。

庭の花に訪問者


先日植えたフキタンポポの花に、ハナアブのような昆虫が来ていた。

福寿草が4輪開花していた




再開・Kさんの習慣高尾山の花・2020年初回は鬼女ラン

2020年01月27日 08時39分59秒 | 自然観察
Kさんから1ヶ月ぶりに「習慣高尾山の花」の写真が送られてきました。
2020年度の初回は、1月25日に行ってきたそうです。
Kさんのメールで紹介します
25日に習慣高尾山(笑)の山始め行って来ました!
なんとなんとキジョラン大爆発(o≧▽≦)ノ

この時期の高尾山で目立つ緑は、
常に青々しているアオキ、
何だか巨大化している気がするサネカズラの葉、
そしてちょっと丸まって細長くなったキジョランの葉。

あれだけ探し回ったサネカズラがあることあること!(笑)

キジョランは逆に細長くなった葉で見付け難くくなっていましたが、
緑が減ったお陰で葉が分かり易くなり爆発現場も探し易くなってました!
キジョラン大爆発!!(笑)
今回の現場は二ヶ所。
一つは5個も爆発していました。

今年は幸先が良いです!(笑)
 」

1ヶ所目のキジョラン


鬼女ランの名前の由来が判る写真
袋果が割れて、種子についている白毛を「髪を振り乱した鬼女」に
例えられて名前がつけられたという鬼女ランの白毛の様子。
確かに爆発と言いたくなる写真ですね


こちらは袋果と白毛の様子が分かる写真






2ヶ所目のキジョラン


種子が風で飛ばされたか、袋果のカラだけが残っている写真



ついに鬼女ランの名前の由来までたどり着いたKさんの力作でしたね。
39(サンキュウ) 
蟻、蟻、蟻、蟻、蟻、蟻、蟻、蟻、蟻、蟻 (蟻が10個でアリガトウ(^0^))



我が家の春一番は福寿草

2020年01月24日 21時21分04秒 | 自然観察
今日は朝から日差しが有り、昨日の寒さが嘘のようです。
庭に出てみると、先日蕾を確認していた福寿草が1輪、見事に花開いてました。
パラボラ型の花は、光を中心に集め、花の中の温度を上げて、昆虫の訪花を
助けると言いますが、さすがにこの時期に来る昆虫は見かけませんね。


開花した福寿草、日差しを浴びて黄色が鮮やかです。
葉っぱが伸びた時より、開花直後の福寿草が、私は一番綺麗だと思います。


周りにも芽出しが10本近くあり、いつの間にかこんなに増えました。
まあ本来なら年末に株分けしてあげれば良かったのですが、芽出しが無いと
忘れてしまって、福寿草に恨まれそうです。

我が家から車で5分ぐらいの所に、今春、巨大なホームセンターが開店するらしい
そのせいなのか、山新というホームセンターが、園芸館の改築工事を始めて
今月は、園芸用品を買うのが難しい。
なので産直の店に行って、開花しているフキタンポポのポット苗を
買い込んだ。



最近撮影した霞ヶ浦の日の出の写真から

2020年01月22日 08時09分47秒 | 自然観察
昨日の足慣らしで疲れたし、寒くて天気も悪いので、本日は手抜きで
最近撮影した霞ヶ浦の日の出の写真を公開。
朝は朝星(あさぼし) 夜は夜星(よぼし) 昼は梅干し頂いてと痴楽さんが言ってましたよね
朝星をみながら出かけましょう(笑)


20日有河付近にて


霞ヶ浦大橋の全景を入れて日の出前、暗すぎて橋の全景が後ろの陸地と重なり失敗
左端のふれあいランドの 虹の塔のみが判る
(撮影場所はかすみがうら市柏崎の先端、柏崎には富士見塚古墳公園がある)


しょうが無いので月を入れてごまかす(^0^)
しかしこの場所にはトイレが無いので歩崎公園まで避難


歩崎公園の日の出前、UFO型の雲が浮かぶ


歩崎公園の日の出の始まり、太陽が顔をのぞかせた


歩崎公園の日の出、初日の出は雲でダメだったがこの日は快晴





宝篋山小田城コースで足慣らし

2020年01月21日 21時34分47秒 | スポーツ・トレッキング
朝から天気も良いし、歩いてないので腰痛が起きているので、足慣らしに宝篋山の
小田城コースを歩こうと、バナナやミカンとサンドイッチを持って、にんたまラーメンの
向かいの臨時駐車場に車を止めて、小田城コースを往復した。
最新の宝篋山マップによると、小田休憩所の駐車場か、小田城跡側の市営無料駐車場を
使うように書かれているので、私の利用した臨時駐車場は無効かも知れないので注意
以前は、ここが指定の駐車場だった。

私が出発準備していると、後からもう一台がやってきて登山の準備をして出かけていった
登山口で追いついて、話を聞くと、小田休憩所の駐車場が満車で止められず、こちらに
回ってきたのだという。
絶好の登山日和りなので、大勢登っているのだろう。
私が登り始めたのが、11時近い事もあったが、七曲がりに行く前に、下山してくる人達と
ずいぶんすれ違った

ほとんど休まず下浅間神社の展望休憩所まで、ゆっくりのんびりと歩いて行ったら
ちょうど昼時だった。
先客の男性が一人、食事中だった。
この人から面白い話を聞いた。
「宝篋山は、年金をもらっているような年配者が多いので別名年金山と呼ばれるとか」
まあ確かに年配者が多いかも知れないが、年配者でも登れる山が有るって言うことは
素晴らしい事だと私は思う。

山頂にたどり着くと、大勢の人が休んでいた。
気温が上がりカスミがかかって、筑波山以外の山はほとんど見えなかった。
朝早くは富士山も綺麗に見えていたという。
まあ私は足慣らしなので、山頂を一周してすぐに下山することにした。

下浅間神社を過ぎると、誰にも会わず、冬の午後の日差しは夕方のようで
そよぐ風で木漏れ日がきらめいている。
どこかで小鳥がチッチツとさえずっていた。
さみしさに追われるように坂道を下り、崖下のシダの青々とした光に安らいだ

昔、お堂が建っていた平地があったという堂平までくると、やはり足に来た
足が重く感じて、上がらないのだ。
木の根に躓かないように意識して歩いた。
登山口の愛宕神社に着いたときは、本当にほっとしたのである。
往復5.8キロの私の足慣らしは、こうして終わった。


本日の歩いた軌跡図


山頂の宝篋印塔


山頂からの筑波山を見る


山頂から霞ヶ浦方面


下浅間神社の祠


下浅間神社の展望休憩所


展望休憩所からの小田休憩所方面







霞ヶ浦・希望の光の中へ飛ぶ

2020年01月20日 09時11分44秒 | 自然観察
昨日、朝9時頃、筑波実験植物園に行ったら、ゲートで警備員の方が「満車で
入れません」という。
うそー! こんなこと初めてだよ。
と言う訳で、ショクダイオオコンニャクの花を見ずに、すごすご帰ってきた。
植物園の駐車場が満車になるなんて、想像もしなかったよ。

ならばと今日(20日)霞ヶ浦に朝焼けを撮りに行った。
思ったほど焼けず、日の出を撮っていたら、思いがけない現象に当たった







これは序の口で











圧倒的な数の鳥が西に向かって飛んでいった。


筑波実験植物園で世界最大のショクダイオオコンニャクの開花が始まりました

2020年01月18日 20時23分45秒 | 自然観察
筑波実験植物園で、世界最大級のショクダイオオコンニャクの
開花が始まりました。
ライブ配信してますので、是非ご覧ください。

花は2日間ぐらいしか咲いて無いらしいのですが、明日なら植物園で
実物を見られるかも知れません。
ただし、開花時はものすごい悪臭がするそうですので、マスクが必要かも

65歳以上は無料で入れますので、免許証などの証明書を持参しましょう


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小町山に雪が舞う

小町山の登山は、小野の小町の郷から登るのだが、今日は寒いので、スカイラインから
アンテナ塔の脇をすり抜けて、小町山の山頂に行った。

昨年、小町の郷から登った時とは大きく様変わりしていて、山頂はヤブを刈り払って
ベンチやテーブルが置かれていた。


小町山の山頂表示、361メートルと書いてある


周囲の篠竹のヤブが刈られて、見通しが良くなっていた


簡易な椅子やベンチもおかれて休むにはちょうど良いのだが
今日は風が冷たく、粉雪がチラチラと舞っているので、長居はできない


山頂から東奥のパラグライダーの飛行台に行ってみると


目の前の朝日峠の公園と奥にパラボラ山が見えていた。


霞ヶ浦方面はかすんでいる。
冷たい風と粉雪に追われる様にして車に戻った
アンテナ塔の手前に、ガードレールに囲まれた非常駐車帯が有るので助かる



仙郷林道通行止め現場

2020年01月17日 19時45分16秒 | アウトドアー
仙郷林道の通行止現場を確認してきました。
国民宿舎側から入って、土俵場林道入り口から4~5百メートル手前で
山側の土砂崩れで、林道が完全に土砂に埋まってました。


通行止めの黄色いテープが貼られてます


山側の斜面が崩れて、完全に林道を埋め尽くしています


崩れた土砂には太い立木が含まれていました


土砂崩れの位置は、土俵場林道入り口の手前4~5百メートル手前です

黄色いテープの手前に車を止めて、土俵場林道の入口まで歩いて
確かめました。
国民宿舎の脇から入ると、水に流されて数百メートルに渡り、石がゴロゴロ
したり、溝ができていたりでかなり荒れてます。
修復工事が済むまでは、車は走れませんのでご注意くださいね。

補足、先日仙郷林道の通行不能なぬかるみの事を書きましたが、原因となった
斜面の崩落は、東筑波ハイキングコースの林道の土手下から始まってました。
ハイキングコースを歩いたときに気がつきました。

東筑波ハイキングコースの土手下崩落現場、ここから下の仙郷林道に
崩落していた。



イギリスにお住まいのN・Nさんから届いた写真

2020年01月16日 18時20分40秒 | スポーツ・トレッキング
以前、高尾山などにご一緒したことのあるN・Nさんから写真が届きましたので
公開します。
N・Nさんは現在イギリスにお住まいですが、年末にニカラグアのお友達を
訪ねて、登山を楽しんできたとかで「ニカラグアは活火山と湖の多い、
熱帯の国でした。例によって登山をしてきましたので、写真を数枚お送りします」
と書いてありました。


「中央アメリカ最大の湖、ニカラグア湖にて」と説明にはあったのですが
彼女の興味は「サル」にあったようですね。


「活火山の頂上から湖を臨む」と書いてあったので、右奥の広大な湖が
ニカラグア湖なのでしょう


「活火山への登山道」と書いてあったので、登山道の途中で見た植物
だと思います。

短い文章から、彼女の意図を読み解くのはなかなか難解です(笑)

訂正 イニュシャルにをN・N二訂正しました。ゴメン

今夜は歴史秘話ヒストリア

2020年01月15日 08時16分22秒 | スポーツ・トレッキング

霞ヶ浦の夜明け・光の道

故前畑秀子さんがベルリン・オリンピックで金メダルを取ったのは
昭和11年である。
オリンピック平泳ぎ200メートル決勝でNHKのアナウンサーが
「前畑がんばれ 前畑がんばれ」と絶叫したのは今でも語り草である

その時、まだ生まれてなかった私が知っていると言うのも変だが
おそらく戦後のオリンピック年に再放送されたのを見たのが記憶に
すり込まれたのだ。

その故前畑秀子さんの物語が、今夜NHKテレビ10時30分から放送される
一人の女性が国中を熱狂させたオリンピック、スポーツが人を感動させる
という事を証明した歴史の一コマである
同時間帯にサッカーがあるから録画してみようかな。

追記、前畑さんは、水泳の盛んな和歌山県の紀ノ川で育ち、幼少から才能を発揮して
若くして代表に選ばれ、最初のオリンピックでは2位になり、本人はそれてやめる
つもりだったのに、10分の1秒差の2位なんて何だ、次回は1位になれと周りから
言われて、悩み泣きながら人の何倍も練習して、ベルリンオリンピックに出場したのですね。
彼女のノートには「胸が苦しい」とか「死んでも勝ちたい」とかかかれているのを見ると
4年間の重圧がどれほどだったか思い知らされます。
ベルリンオリンピックの有名な「前畑がんばれ」のNHKのアナウンスがレコード化され
11万枚も売れたというのには驚かされましたね。
それほど国民が熱狂した日本女性第一号の金メダルだったのですね。
その後の彼女人生は、彼女の夢だった結婚をして、二人の子供に恵まれ、50歳を過ぎてから
水泳の指導者になり、脳梗塞を克服して80歳過ぎまで指導を続け、教え子は数万人に
なったと言いますから、彼女の功績は計り知れないと思いますね。


私の密かな楽しみ

2020年01月14日 09時58分24秒 | 自然観察
ここ数年、空き地に野草の花を植えて、楽しんでいるが、今年は茨城県の
レッドデーターブックに出ていた危急種の「カザグルマ」を育ててみようと
面白い実験をしている。
幸い宮城県産の野生のカザグルマのタネが手に入ったので、そのうちの
数個を、ヒニールのチャック付き袋に水を入れて、その中にタネをいれて
水中で発根させるという実験だ。

カザグルマは、そのまま植えても発芽まで長い期間がかかると言われている
ネットで調べたら、この水中栽培の方法で、数か月で発根するという記事を
見つけた。
さっそく水中栽培の実験を始めたのは、昨年の手術前だった。
常温で保管するというので、私の部屋の壁にピンでとめてぶら下げてある。


チャック袋の水の中に入れたカザグルマのタネ

根が出たら、土に植え替えてやれば良いという。
チャック袋が小さすぎたのか、水の色が少し濁ってきたので入れ替えた
こんな方法で栽培するというアイデアを思い付いた野草愛好家には驚く
残りのタネは普通に土に植えてみるつもりだ。

レッドデーターブックを見てみると、ヒメフタバランが絶滅種になっている
野生のヒメフタバランは茨城県では絶滅したのだ。

野生のヤグルマソウも茨城県では危急種に指定されている
そういえば植えてあるヤグルマソウは見ても、野生のヤグルマソウは
見たことが無い。
サラサドウダンもヒカゲツツジも茨城県では絶滅危惧種である。




石岡・フラワーパークのイルミネーション最終日

2020年01月13日 22時40分48秒 | アウトドアー
昼は茨城県立博物館に行って、特別企画展「宮沢賢治の世界」だけを見てきた。
岩手の生まれの私には、郷土の産んだ偉人の特別企画展とあれば、見に行かない
訳にはいかない。

博物館の企画展なので、宮沢賢治の作品に当てる見方が面白い。
賢治の作品の中に出てくる岩石やら鉱石の実物を展示して解説してあるし
動物やら植物も、作品に登場するものはすべて剥製やら見本を展示している
雨にも負けずの作品が壁面一杯に書かれていて、3.11の時、東北の人たちは
どれほどこれで勇気を与えられたかを思い出した。
追記  この「雨ニモマケズ」の原文は、賢治の愛用していた手帳に書かれて
いたもので、冒頭に11.3の日付と思われる文字が書き込まれていて、昭和6年
11月3日に書かれたものと推定されている
なので壁面一杯に書かれているものは、それを再現したものではないかと
私は思っている。

直筆の原稿も展示されていたが、彼が37歳の若さで亡くなるまでに、自分で
出版したのは2冊だけで、賢治の全集などを出版したのは、8歳年下の弟
清六さんで、彼がすべての原稿を保存していたそうである。
後にすべての原稿は、ゆかりのある花巻市に寄贈されたという。

私の田舎の学校で、教科書に載っていたのは「風の又三郎」だった。
賢治の作風は、彼の心象風景が元になっているから、童話と言いながら
なかなか難解である。

賢治の作品が読めるコーナーもあって、何人かが一生懸命本を読んでいた
特別企画展の部屋を出ると、連休でたくさんの親子連れが来ていて
その歩く速度が遅すぎてうんざりしたのだった。
(一部不適切な表現があった部分を削除しました)


夕方、石岡市の八郷のフラワーパークにイルミネーションを見に行った
イルミも今日が最終回と言うことで、来園者の車が道路の反対側の
臨時駐車場まであふれていた。

ここのイルミは、音に共鳴して変化していくので、写真ではその
美しさが判らない。
なので、ほとんど動画で撮影したが、何枚か写真も撮影したので
掲載します。




スモークを焚いてレーザー光線で照らすショウもずっとやっていた


















筑波山の通行止め情報

湯袋峠から真壁の田の交差点付近まで通行止めです(150号線月岡真壁線)
風返峠から下ったら、湯袋峠の丁字路の真壁側にバリケードが設置
されて、完全に通行止めになってました。
湯袋峠から八郷方面には通れますが、工事中の区間がありますので
スリップなどにはご注意ください。

先日、真壁の田の交差点から湯袋峠に抜けようとしたら、数百メートル
入ったところで通行止めでした。
警備員が立ってましたので、その先の住民だけが通れるようですが
湯袋峠がバリケードで完全に封鎖されているので、峠越しはできません








つくば市手子生(てごまる)の手子生城跡

2020年01月10日 22時35分29秒 | アウトドアー
かって小田城の支城として立てられたという「手子生城(てごまるじょう)」の城跡を訪ねてみた
城跡は、つくば市の手子生(てごまる)に残っている。

そもそも「でごまる」という地名の由来が面白い。
「つくば新聞」のつくば市の神社(http://www.tsukubapress.com/jinja.html)
には、手子神社の由来が記載されていて、

鹿島神社(手子生)かしまじんじゃ
 手子神社。創建不詳。旧村社。1603(慶長8)年、時の手子生城主・菅谷範政が祭神不詳だったため、武甕槌神を祀ったとされる。 地元では、手の子明神として親しまれている。御神体は木彫りの手首。

その昔、手子生村に住んでいた若い夫婦は、夫の留守中、その妻が村の若い衆のいたずらに遭わないように、 夫婦の隣に住む爺さんが、毎晩妻の身体に手を当てて守ってやったら、いつしか妻は妊娠。 生まれた男の子は、稀に見る秀才で、成人して立派な功績を残したことから、後世その徳を慕って一社を建立して末代までの守り神とした。 「手を当てて子が生まれた」ということから手子神社といわれているという。
 つくば市手子生985。鹿島神社・手子生の地図

と書かれているので、女性の身体に手を当てていたら、子供が生まれたので
「手子生(てごまる)」になったらしい。
なんともムフフな由来で、思わず想像をたくましくするが、それはさておいて

城跡に行ってみると、畑の中の平地に、城址碑と大地震で倒れたモニュメントの
台座だけが残っていた。


左が倒れたモニュメントの台座、右が城址碑で手子生城址と刻まれている。
以前はモニュメントに歴史や由来が書かれていたらしいが、今は何も残っていない


城址碑の裏面に、由来の様なものが刻まれているようだが、老眼では
読めなかったのが残念だ


城址碑の北側は、平地の草原でその右側に水堀の跡のようなものが
北に延びている


水が少したまって掘跡と判る

手持ちの「茨城の城郭」という本に、この手子生城址の記事が
出て無かったので、ネットで検索すると 「手子生城址」という記事が
有ったので、それを紹介する。
「 手子生城 }




椎尾林道は大雨で崩落、仙郷林道は土砂崩れのぬかるみで通行不能

2020年01月09日 21時24分44秒 | 自然観察
足慣らしで椎尾林道に行ったら、全国緑化行事発祥の森を過ぎた先で
多分大雨で流されて崩落したのか、林道が完全に崩落して立ち入り禁止に
なっていました。


椎尾林道の立ち入り禁止場所位置図


立ち入り禁止の黄色いテープが張られている


崩落現場1


崩落現場2


崩落現場3


崩落現場4

林道が完全に崩落して、人も歩ける場所が無い


これが原因になったのか判らないが、林道中央に、水の
流れた溝が崩落地まで続いていた

鬼ヶ作林道に行ったら、通行止めの案内が無かったので、そのまま走って
酒寄線との接続部に抜けたら、やっぱり酒寄線は工事中通行止めのバリケード
が出ていた


鬼ヶ作線の出口の酒寄線に「工事中通行止め」の柵が出ていた


鬼ヶ作線のコースと酒寄線の通行止め位置図

鬼ヶ作線を引き返し、仙郷林道をキャンプ場方面に走ると
キャンプ場の駐車場の下の仙郷林道に柵が建ててある
どこか通行不能な場所があるのか、確かめてみようと、駐車場に
車を止めて仙郷林道を歩いて行った。
まあこれが今日の足慣らしである。

土俵場コースの直前に、50センチもありそうな雨で流された溝が
できていたが、溝を避けて走れそうなので大丈夫だろう

土俵場や東筑波ハイキングコースまでは、いつもの水たまりが
できているが、これはいつもの事なので問題ない

東筑波ハイキングコースを過ぎて、一つカーブを曲がると右の斜面が
崩れて林道に土砂が少しはみ出していたが、車の通りには問題ない

だがその先は、右の斜面がかなり上から土砂崩れがあったようで
いったん修復されたようだが、年末の豪雨でぬかるみになったのだろう
誰かが走ったタイヤの跡があったが、タイヤが埋まりそうな穴だった

ここは普通車や軽ではおそらく通行不能である


ぬかるみで通行不能の現場


ぬかるみの現場


ぬかるみの原因となった山の斜面の土砂崩れ、かなり上から
崩れている
追記**後日、東筑波ハイキングコースを歩いたら、崩落の始まりは
東筑波ハイキングコースの土手下だった。
大雨が降ったら東筑波ハイキングコースも危ないかも


仙郷林道のコースとぬかるみの位置図

今回走った全体図


いずれにしろ、筑波山もまもなく車道が凍結する寒さになる
寒い朝は、十分注意が必要だ。







足慣らしで広根場林道を歩く

2020年01月07日 18時56分29秒 | 自然観察
先日は足慣らしで宝篋山の林道を3.2キロを歩いたので、今日はそれよりは
少し距離を伸ばして広根場林道を歩くことにした。
天気はうす寒い曇り空であったが、昼近くには薄日も差した。


広根場林道を歩いた軌跡図、片道2キロの地点で引き返し、4キロを歩いた
つもりだったが、出発地点に戻って距離を見ると、3.5キロしかない。
なんだこれ、GPSで2キロ地点まで行って戻ってきたのに、判らんは??

コースの途中にある「minoさんの腰掛け石」は、私がいつも休むときに
座る石なので、勝手につけた名前である(笑)
入り口から、この石までの距離はおよそ1キロである。

そこから600メートルほど進むと、東筑波ハイキングコースとの分岐
なので、分岐までの距離は1.6キロである。
なのでここから引き返せば、宝篋山の林道歩きの距離と同じ3.2キロ
となる

後400メートル歩けば、片道2キロである
GPSの距離計を見ながら歩いて、2キロの地点で一休みして引き返した
この時後から来た年配の男性が挨拶して追い越していった。


風返峠から湯袋に下る途中にある広根場林道の入り口


入るとすぐに左の崖崩れが有った


足元に無数にある冬苺に赤い実ができかかっていた


冬苺の葉


花も終わり葉っぱだけのマツカゼソウがさみしい


モミの巨木を見上げたり


植林地に入る作業道を眺めながら歩くと


林道の最初の分岐につく、この分岐の道は、次の分岐に続く支線である


静かな林道を歩くと、時折間の抜けたカラスが鳴く


少し開けた草原に残雪があった


前方に「minoさんの腰掛け石」が見えた。
林道入り口からここまで1キロの距離である。


さらに進むと林道にも残雪が残っている場所があった


イノシシに荒らされて穴が開いている路肩


サラシナショウマの実が残っていた


ミヤマウズラの葉はすぐに判る


東筑波ハイキングコースの分岐についた
ここまでの距離は1.6キロ、ここから「つつじヶ丘」までは0.7キロ
なので広根場林道の全長は2.3キロと言うことになる。
が私の目標は2キロなので、後400メートル歩けば良い


その先は左に大きく曲がり、すぐに右に曲がって「つつじヶ丘」に
続いてる道になる。


GPSで2キロと表示された場所、ここで一休みして引き返した。


帰りはのんびりアオキの実を眺めたり


サンショウの木肌のゴツゴツした瘤を眺めたり


林道に落ちていた「テイカカズラ」のタネを眺めたりして
帰ってきた。


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庭の芽出しは、山芍薬と福寿草


山芍薬の芽出し


福寿草の芽出し