今、生きているということ。
病に苦しむ人もいる。
自分を受け入れることができない人もいる。
自信がない人もいる。
誰かを憎んでいる人もいる。
いらいらして何かにあたりたい人もいる。
誰かのせいでこうなった、と思っている人もいる。
信頼を裏切る人がいる。
信頼を裏切られた人もいる。
何も信用できない、と思っている人もいる。
お金だけが頼りという人もいる。
孤独で孤独でたまらない人もいる。
世界なんて壊れてしまえばいい、と思っている人もいる。
傷つけられたので傷つけ返す人もいる。
そんなふうに、いろいろな時間を、生きている。
そういう理由を「生きたい」ならばそれも仕方ないのだろう。
けれど、今この瞬間を生きていること。
そこまで生き延びていることは
奇跡に近いものだ、と思う。
生まれ損ねた赤ちゃん。
重篤な病を抱えて生まれてくる赤ちゃん。
病や事故でその短い人生を終える子供。
戦争の犠牲者。
殺されてしまう人。
今も、この時に、世界中で何人の人が亡くなっているのだろうか。
そして、人間の欲望の犠牲となっている動物や植物。
いろいろ考え始めると、
世界は決して明るいものでも希望に満ちているものでもない。
けれども。
こうして生き延びている我々がいる。
そうしたいならば、
世界のために想いを馳せ、祈り、
生かされていることへの感謝を持つことができる。
わたしたちはさまざまなものの恩恵を受けて生きてきたし、生きている。
自分につながる祖先たち。
お世話をしてくれたひとたち。名前も知らなかったり、覚えていない人たち。
見えない存在たち。
いやなことをしてくる相手は何事かを教えてくれている存在でもある。
見方を変えれば。
そういうものに支えられて、教えられて、
かろうじて生きて(生かされて)いるのではないだろうか、
と思うことがふえた。
今まで生きてきたことは偶然ではない。
そして、何よりも
勝手な想いで一喜一憂して毎日をしのいできたわたしたちのベースとなってくれているのは
身体そのものであると思う。
今いちど、身体に感謝を。
そして生き延びさせてくれた全ての存在に感謝を。
という気持ちに、自ずとなれることがいちばんいいのだと思います。
そういうきっかけになるWSができたら、といつも思う。
病に苦しむ人もいる。
自分を受け入れることができない人もいる。
自信がない人もいる。
誰かを憎んでいる人もいる。
いらいらして何かにあたりたい人もいる。
誰かのせいでこうなった、と思っている人もいる。
信頼を裏切る人がいる。
信頼を裏切られた人もいる。
何も信用できない、と思っている人もいる。
お金だけが頼りという人もいる。
孤独で孤独でたまらない人もいる。
世界なんて壊れてしまえばいい、と思っている人もいる。
傷つけられたので傷つけ返す人もいる。
そんなふうに、いろいろな時間を、生きている。
そういう理由を「生きたい」ならばそれも仕方ないのだろう。
けれど、今この瞬間を生きていること。
そこまで生き延びていることは
奇跡に近いものだ、と思う。
生まれ損ねた赤ちゃん。
重篤な病を抱えて生まれてくる赤ちゃん。
病や事故でその短い人生を終える子供。
戦争の犠牲者。
殺されてしまう人。
今も、この時に、世界中で何人の人が亡くなっているのだろうか。
そして、人間の欲望の犠牲となっている動物や植物。
いろいろ考え始めると、
世界は決して明るいものでも希望に満ちているものでもない。
けれども。
こうして生き延びている我々がいる。
そうしたいならば、
世界のために想いを馳せ、祈り、
生かされていることへの感謝を持つことができる。
わたしたちはさまざまなものの恩恵を受けて生きてきたし、生きている。
自分につながる祖先たち。
お世話をしてくれたひとたち。名前も知らなかったり、覚えていない人たち。
見えない存在たち。
いやなことをしてくる相手は何事かを教えてくれている存在でもある。
見方を変えれば。
そういうものに支えられて、教えられて、
かろうじて生きて(生かされて)いるのではないだろうか、
と思うことがふえた。
今まで生きてきたことは偶然ではない。
そして、何よりも
勝手な想いで一喜一憂して毎日をしのいできたわたしたちのベースとなってくれているのは
身体そのものであると思う。
今いちど、身体に感謝を。
そして生き延びさせてくれた全ての存在に感謝を。
という気持ちに、自ずとなれることがいちばんいいのだと思います。
そういうきっかけになるWSができたら、といつも思う。
ワークショップの時間は、自分のありのままの身体や心を感じられるありがたい時間だと思っています。
これからも、どうぞよろしくお願いします。