甘い生活 since2013

俳句や短歌などを書きます! 詩が書けたらいいんですけど……。

写真や絵などを貼り付けて、二次元の旅をしています。

浜坂という街にひとり

2020年03月23日 21時29分07秒 | 山陽道・山陰道への旅!

 今から十年前、ボクは兵庫県の浜坂駅にいました。といっても、ほんの一瞬です。鳥取駅から始発に乗って、浜坂にたどり着いた。目的地の餘部鉄橋は二つ先にあります。でも、そこへすぐに行く電車はなかった。ああ、ディーゼルですけど……。

 仕方なしに、ほんの小一時間、駅周辺をブラブラしました。駅前の売店みたいなところは朝早いのに開いてました。何か食べるものを買おうと思ったけれど、食べられそうなものはなかった、気がします。もっとコンビニ的な、簡便な食べ物、菓子パンとか、オニギリとか、そういうものが欲しかったんでしょう。でも、そういうのはなくて、何も手を出せない感じがした。

 駅前通りを北に歩いてみました。それなりに街にはお店やら、おうちが立ち並んでいます。おそらく駅周辺はにぎやかな時もあったはずです。今でもにぎやかだったのか、とにかく、朝が早いから、それに正月の三日だったと思うので、そんな三が日の朝、ノコノコ目的もなく駅をうろつく人はいませんでした。

 「夢千代日記」の湯村温泉も近いはずなんだけど、そこはバスに乗っていかなきゃいけないみたいで、バスもまだ出ていませんでした。お客も、ほんの少しで、みんな駅を出て、どこかへ消えてしまった。

 そう、ボクよりも少し年上の(?)鉄道のオヤジはいたけど、そのオヤジさんは、まだ駅のところでモタモタしてたかな。

 そう、あのオヤジが駅前の売店にいたから、そんなのと同列にされるのがイヤで、お店を出てきたような気もするな。オタクのくせに、オタク仲間が嫌いだなんて、なんてワガママで、自分勝手なワタシなんでしょう。


 前にも書いたけど、ここはボクの学生のころ、「さゆりちゃん」とあだ名をつけてた子のふるさとでした。そこへ三十何年してやっとたどり着いたボクでした。

 別に彼女を探しているわけではなくて、ただの乗り継ぎで降りただけ、そして、あいにくの雨、そんなに寒くはなかった。鳥取の街は雪まみれだったのに、こちらには雪はなかった。

 ここからもうしばらくいくと、もう一人、吹奏楽団のマドンナだった女の子のふるさとの香住の街もある。

 どうして、こうした日本海の街から、はるか遠い街のガッコーへ彼女たちは旅立ったんだろう。この駅から、どんな思いを抱いて出て行ったのか。それはボクも同じだから、みんな、いろんな夢を抱いて、ふるさとを後にしたはずなんだけど、日本海の街の、冬の風景の中で、今も彼女たちの思いはどこかにあるのか、知りたかったんだと思う。

 もちろん、そんなものはどこにもなくて、ただ、しんみりとした街があるだけです。本当ははなやかなところとか、楽しいお祭りとか、学生たちがあふれてたりとか、そういう時もあるのだろうけど、何しろ1月の3日の朝でしたので、すべては眠っている感じでした。

 ボクは興味本位でフラフラしているだけ、一方的な思い入れで見ているだけでした。

 そう、そんなヤツは早く出て行けばいい。鉄道のオタクには感傷は要らない。さっさと撮影スポットに行き、好きな写真を撮ればいいだけだった。


 そんなボクですから、何も見えるわけがないし、何も感じられるわけはない。ただ、何も見つからず出ていくだけだった。

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